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竜のつばさの眠り姫  作者: 門戸
第二部 眠り姫のマロニエ農家のんびりライフ
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35/68

35. シールみたいには剝がれませんわ

 

「気持ちの悪さは、壮絶におんなしでしたわ。特に始まる時」


 竜への変身は二段階だった。ベイトリーシュはまず、そんなに背丈のたがわない≪竜人間≫になり、次に巨大な竜になったのだ。


「六十年前、母は雇っていた魔術師を呼びませんでしたの。本当は、その魔術師なしに呪文を発動させてはいけないはずでしたのに……」


 ベイトリーシュの母妃は、弟が亡くなった直後に我を失って魔術発動の呪文を叫んだと言う。わたしが見た情景と一致するが、あれはやはりベイトリーシュ自身の経験した過去なのだ。信じにくいけれど、竜の呪いが見せたのかもしれない。


「その際わたくしは竜人になってから、すぐに大きくなりました」


「あのリオネス魔術士は、その段階でベイトリーシュを支配するとか何とか言うてたけど?」


「ですわね。……あら」


 ベイトリーシュの背中が、ぴくりとした。


「どうしたん?」


 くるり、とベイトリーシュは顔を振り向けてわたしを見上げた。丸い瞳が、ちょっと驚いているように見える。


「そう言えば……。わたくし、二回目の時はウーニャさんのとこへ飛べましたわ」


「せやね。わたしの手錠、ぶっちぎってくれたんやな」


 そうだった。完全に獣のような大怪獣になってしまう直前、ベイトリーシュは竜人の姿になってはいたけれど、わたしを助けてくれたのだ。


「最初の時は、あの感覚はなかったんですの」


 変身した途端に身体の自由が一切きかなくなり、あとは竜の本能の前に抗えなくなったと言う。若かりし頃の祖父に時間逆行巻き戻しの術をかけられるまで、ベイトリーシュの自我は竜の巨躯の奥底に閉じ込められていたのだ。


「いや、でも。ベイトリーシュはでっかく変身した後も、わたしの目の前で、竜の自分の身体に炎をあてようとしててんな? あれは、あんた自身の意志でやったことやろ?」


 ふかふか金髪をゆらし、ベイトリーシュはこくりとうなづいた。


「ええ。逃げたり飛んだり、は竜が勝手にやりましたけど……。胸に向けて炎を吐こうとしたのは、わたくしです」


 あれ(・・)は、自滅の試みは、ベイトリーシュが破壊再来に抵抗して行ったのだ。わたしの胸に、ひらめくものがあった。


「それじゃあ。六十年の時間をかけて、ベイトリーシュ自身が竜を、呪いを自分のものにしかけてるっちゅうことでないの?」


 つまり希望だ。抗えないはずのものに、ベイトリーシュは抗うことができるようになってきた! 部分的であっても、だ。わたしはお姫様の横にしゃがみ込む。


「呪いの文様が背中にびったし貼りついて痛いのは、そういうことでないの? ベイトリーシュが、自分で自分の呪いを制御できるようになってるんよ! きっと」


「そ、そんな。まさか……」


「でなかったら。わたしを助けるとか、できひんはずやろう?」


「あれは……。もう本当に無我夢中で、あの時は……。ウーニャさんに逃げてもらわなくっちゃ、とそればっかりで――」


 ベイトリーシュはふいと前に顔を戻し、深くうつむく。


「……嫌ですわ。思い出しちゃった」


「え?」


「あんなみにくいかっこう……恐ろしい姿を。ウーニャさんに見られちゃったのですわ、わたくし」


「――――あのね、」


 低い囁きに反論しようとしたら、へっ……ぶひっっ! とベイトリーシュは勢いよくくしゃみをした。わたしはお姫様の背中から右手を離す。


「あー、あかんね。もうパジャマ着よして」


「むひ」


 もそっと、お姫様はこうし柄パジャマの上をかぶった。裾を引っぱって、無数の仔牛もようの上によっていたしわをのばす。そう、格子柄(チェック)ではなく仔牛プリントのパジャマだ……。誰が考案したんだろう、このデザイン。のどかに牧歌的な意匠の上で、ベイトリーシュの丸顔はきまり悪そうにうつむいていた。


「もうね、……あの姿は二度と、お目にかけたくないんですの。ウーニャさんも、どうか忘れて下さいまし」


 わたしの手から軟膏チューブを取ると、そそくさとふたを閉めて壁の棚にしまう。ベイトリーシュは苦笑のような照れ笑いで、わたしにお休みなさいと言い、逃げるように浴室を出て行った。


 わたしは唇をひん曲げる。確かに変身前、引き攣れながら苦しんでいたベイトリーシュの姿は痛まし過ぎて、見ているのがつらかったけど。竜人の姿は……。


 ――あれは、≪みにくい≫言うのとは。全然ちがうと思うけどなあ。


 黒い竜の呪いの文様だって、その意味の恐ろしさを知らなければ≪うつくしい≫と思えるデザインだと思う。それがのっている、ベイトリーシュの広い背中と同様。


 ……いや。彼女はそのせいで苦しんでいる。そんな風に思うのはやめないといけない、……わたしは自分に言い聞かせた。

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