34. 呪い引っぺがし大作戦ですわ
日が流れ週がゆき、月が過ぎる。
読書量はわたしも伯母も増えていったが、肝心の求める情報には全く出会えなかった。ベイトリーシュの≪竜の呪い≫を解く方法は見つからない。わたしは飛翔機専門店に通い、ベイトリーシュとマロニエ森の下草を刈り、伯母は執筆に精を出しつつ地道にその謎に挑み続けている。
お姫様は時々買い物についてきて、グレン町民と少しずつ知己を得ていった。と言ってもわたしや伯母の知人関係内だから、中年層か農協関連ばっかりである。そもそもグレンの町に若い世代はごく少ない。美容師見習いのトミー君ぐらいしか例外がなかった。
ぎざぎざに伸びてきた髪を揃えに行った時、そのトミー君から入れ墨を消した人の話を聞いたとかで、ベイトリーシュはわたしと伯母に鼻息荒く言った。
「ああいうものって一度入れたらさいごと思っていましたけど、消すこともできるんだそうですのッ! なんでも、特殊な光をあてるとかで、……」
わたしは目をばちばちさせて、伯母と顔を見合わせた。
「完全に消すのは無理なんだそうです。でも目立たないようにはできるとか~!」
「うむ……ベイたん、しかしあんたのしるしは刺青と違うて……」
「わかってますわ、おばさま! けれどわたくし、考えましたのッ」
すちゃッ! のっぽのお姫様はわたし達の前に、やすり棒をかかげた……。そう、爪をこするやつ。
・ ・ ・ ・ ・
「ぶっっっひぃ――――ん」
自分で言い出した手前、ベイトリーシュはだいぶ我慢したのだが。洗面台にしがみついて、とうとう音を上げた。
「やっぱ、あかんのやろうがっ! こんなんおよしッ、ベイたんっ」
伯母は鋭く言って、やすりを放り出した。わたしにベイトリーシュの背中お肌をにゅーんと手のひらで押さえて伸ばさせ、伯母は竜の翼のしるし、その手羽先部分をごしごしと擦っていたのだ。ベイトリーシュの腰の上あたり。
入れ墨と違って、竜の呪いの刻印はごく薄く皮膚上に盛り上がっている。かさぶたとは全く違う、でも確かに削れそうな気はする。しかしやすりをあてると、ベイトリーシュは激痛を覚えるらしい。ほとんど削れも薄れもしない状態で、わたし達はやすり作戦を諦めた。と言うか、ベイトリーシュにあきらめさせた。わたしはその箇所に、グリセリン軟膏を塗りたくる。ぶひ、ちーん! とベイトリーシュは涙鼻水をかんでいた。
「魔法でくっつけられたもんを、物理的に引っぺがすなんて土台が無理なんよ。これに懲りて、引っかき取ろうとしたらあかんで? ウーにゃんも手伝わんようになッ」
んもー、と伯母は首をふり振り言った。こうし柄シャツの裾を下げつつ、ぐすんとベイトリーシュはうなだれた。
「……ほんまに。シールみたいにはがれたったら、よかったのにね」
小さい子どもだった頃、夏休み突入と同時に腕につけて喜んでいた、お菓子のおまけタトゥーシールのことを思いだして、わたしはベイトリーシュの腕を軽く叩いた。
・ ・ ・ ・ ・
「……本当に、ごめんなさい。ウーニャさん」
「……」
翌日から、ベイトリーシュはわたしに軟膏をつけて欲しいと頼むようになった。やすりで引っかいた辺りが痛いのと、それに伴って発生し始めた蕁麻疹がしんどいらしい。痛い所にグリセリン、かゆくなりがちな箇所にかみつれクリームを塗って広げる。もう嫌でも、ベイトリーシュの呪いの翼を凝視せざるを得ない。
「でも、考えたんですけど。この間削ってみてあんなに痛かったのだから、この呪いはもうわたくしの一部分になっているわけですよね?」
「そういうことになるんかなぁ。前は違ったん?」
「ええ。六つの時に施術された後は、何と言いますか……それこそ背中に、軟膏がどっぷりくっついた感じでしたわ。時々、ばあやにお風呂で強くこすられても、特に何とも感じなくって。だからこそ先日は、削れるかもと思ってしまったのです」
ベイトリーシュの肩口あたりにかみつれクリームをのばしつつ、わたしは頭をひねった。……呪いの翼が、ベイトリーシュに一体化したのだとしたら。きっかけは何だったのだろう?
「感じが変わったんは、いつ頃から?」
「うーん、はっきり気づいたのはごく最近です。もしかしたらウーニャさんに起こされた時は、もうこうなっていたのかもしれませんわ」
その時系列で、ベイトリーシュに起きた大きな変化と言えば? 六十年間の眠りからさめたことはもちろん、呪いの再発動で竜の姿に変身したことだろう。
「……ベイトリーシュ。ちょっと辛いこと、聞くけど」
「はい?」
「ベイトリーシュが変身したんは、わたしのじっちゃんに封印される前が初めてやったんやろ?」
「ええ」
背中を向けたまま、ベイトリーシュはわたしに答える。
「母が魔術を発動させた時が初めてで、その次がウーニャさんに起こしていただいた後。その二回こっきりです」
「そう。そいでその二回の変身て、全く同じ感じやったん?」
「……」
「無理して言わんくてええよ」
「……そこのところに。お手て、あてたままにして下さい」
わたしはかみつれクリームをのばし終わったところだった。ぎくりとしたけど、……そのままベイトリーシュの背の真ん中に、右手を置いておく。お姫様は鏡台からずれた所で、低い腰かけに座っていた。こうし柄パジャマの上を脱いで、両袖を通したままわたしに背と黒い翼を向けている。ベイトリーシュがどんな表情をしているのか、わたしにはわからなかったけど……。お姫様の声は低く落ち着いていた。




