33. 発酵マロニエの回収
「って、何で美人が増えてんだよ?」
「遠いとこの親戚から預かったんよ。わたしのやしゃ姪なんだから、よろしく頼むで。エメーさん」
「やしゃ姪! 聞いたこともねえ言葉だな? さすがレティシアちゃんは博識だ。おいこらお姫ちゃん。俺はグレン農協の、エメーだぜぇ」
お姫ちゃん、と呼びかけられて、ベイトリーシュは一瞬びくっとしたらしい。
「頭がおそろいだな! センス合うんじゃねえか、ははははは! なあウー姫よお」
「よよよよろしくお願いします」
ライトブルーのバンダナを巻いた頭を、ぼんぼん叩いて笑うエメーおじさんにベイトリーシュはどうにかそう言った。
「このおじさん。栗農家の女の子はみんな、ひめ呼ばわりしてるから」
だから気にしなくって全然大丈夫やよ、と言ったらベイトリーシュはほっとしたように笑った。
「んじゃあ早速、吸入いってみっかぁ」
「せやね。今日は十八番から二十番のタンクや」
おじさんはマロニエ・タンカーの銀筒あたま部分から、ぐるぐるに巻かれて収納されていた銀ホースを取り出す。伯母がその先端を持って、倉庫の中に入っていった。その少し後ろでホースをベイトリーシュに持たせ、わたしも後を持って続く。
「ええよ、つないだったわ~」
倉庫の中から、伯母の叫ぶ声がする。
「エメーおじさん、つなげたって」
その言葉を中継したわたしにうなづき、おじさんはホースハンドルを止める。収納下側についたパネルを、ばしばし叩くように操作しながら言った。
「吸入、開始~~」
ごーん、ぶぶーん!!
轟音が響き、次いでわたしの手中のホースがぶぶぶと振動を始める。
「ぷひっ!?」
大きな蛇みたいにのたうったホースに、ベイトリーシュがびっくりして手を放してしまった。
「きゃっ、ごめんなさーい」
「ベイトリーシュ。もう手を放しても大丈夫やよー」
地面にホースを置いて、わたしは倉庫内へ入るようベイトリーシュに促した。
納屋とほぼ同じつくりの倉庫だけど、入ってすぐに半地下階へ降りる階段がつけてある。そこに深緑色のマロニエ保存タンクが十基ずつ、向かい合って二十基配置されていた。
伯母は十八番タンクの根元にある吸入口の前で、腰に手を当てていた。ホースの先端はそこに差し込まれている。
「この中を通って、いま一昨年収穫分のマロニエが、タンカーの方へ移動してるんよ」
「えっ、おととしのですか?」
「そう。マロニエの実は、だいたい一年半から二年間、採れた場所で保存すんねん」
マロニエの樹々の間の下草を刈らせてばっかりで、他の部分についてベイトリーシュにあんまり説明していなかった。
「だからこっち側の一番から十番タンクには、去年の秋の収穫が入ってるんよ」
「採れてすぐに、加工するものではありませんのね?」
食用の栗の実はそうなのだが、燃料利用を目的としたマロニエは違う。冷暗所で軽発酵させることで、蒸留しやすい状態になる。そして収穫直後の段階で移動させてしまうと、この発酵がうまく進まない。よってマロニエ農家は必然的に蔵を所有し、そこで保存・発酵まで世話をしてから送り出すことになるのだ。
「面白いよなあ。遠いとこにやってしまっては、うまいこと発酵しいひんちゅうのは。マロニエも生まれた土地で、できるだけのんびりしたいのと違うか~」
のんきに言う伯母と、わたしを交互に見てから、ベイトリーシュは自分の背丈の倍ほどもある貯蔵タンクをふり仰いだ。
「にしても、背高のっぽな容器ですわ! これがいっぱいになるなんて。秋には、ものすごい量の実が採れるんですのね?」
「そうそうそう。だからいくら拾う手があっても、足りひんのよ! 今年は期待しとるで~? ベイたん」
轟音がやんだ。
「あれっ、もう……?」
わたしは慌てて、ポケットからマスクを出しつける。伯母のよこした専用ゴーグル、分厚い木綿手袋をはめてから、タンクの横脇にくっついている梯子にのぼった。上蓋を開けかける。
「ベイたんも、さっきあげたマスクつけよし」
「はい?」
もわ~~ん!!
開けたタンクの蓋の下から、独特の酸っぱい臭気がわたしの顔を殴りつけてくる。うえっぷ。伯母に手渡された丁字型の棒を使って、わたしは貯蔵タンクの底に残っているマロニエの実をかき集め、吸入口に寄せていった。
「おばちゃん、空になったよ」
「ようし、一個め終了。ベイたん、外のおっさんにそう言うてきたって」
「ぶひ、はーい」
エメーおじさんが一度マロニエタンカーの吸入を止めて、次の十九番タンクへの差し替え準備に入る。すごい音をたてて、吸入が再開された。
同じことを三回繰り返し、一昨年収穫分のマロニエは全てタンカーの中へおさまった。
エメーおじさんはタンカー銀筒の重量うんぬんを伯母と一緒に確認する。慣れた手つきで長いホースを回収してしまうと、そそくさと運転席に上って行った。
「ほいじゃあ、またなぁ~! 美人どもぉ」
サングラスをかけた笑顔の横でちゃきんと二本指を振ると、爆音エンジンをかけてもう母屋の前の小道を行ってしまった。ひらひら手を振りつつ、ベイトリーシュはぽかんとしている。
「お茶も差し上げないのに、行ってしまわれましたわ~!」
「いや、ベイトリーシュ。おっちゃんは今ここからが、勝負どきやねんか」
長期間の軽発酵のあと、外気に触れ始めたマロニエは一分でも早く外殻を取り、中の身を粉砕して蒸留器にかけなければいけない。エメーおじさんはこれから、グレンの町外れにある農協の蒸留所に急行するのだ。へええ、とベイトリーシュは感心している。
「からはどうやって、むくんですの?」
「それは、……」
「グレン農協ではな、特別に百五十匹の栗鼠を飼育しとるんよ。そいつらがうわーっっと飛び掛かって、一斉にあのマロニエの殻をとってまうのや。神業やで~?」
倉庫からぬっと出てきた伯母を振り向いて、ベイトリーシュは目をまるーく開けわなわなと震えた。
「おりすちゃん達が!!」
「……嘘やからね、ベイトリーシュ?」
「ぶひッ」
実はわたし達も、ここからの作業が大変である。
小型トラクターの草刈り刃をフォークリフトに付け替えて、倉庫の中から空になった三つの貯蔵タンクを外に出す。水道ホースからばしゃぶしゃ水を出して、デッキブラシでこすり綺麗に洗浄するのだ。横倒しにした巨大貯蔵タンクの中に入っていって、ベイトリーシュはよく働いた。
タンク内には二年分の酸っぱい発酵臭がしみついているから、けっこうきつい仕事なのに。そう言えばお姫様は、母屋の掃除も平然とこなしていたっけ。側面、底とフォークリフトで次々タンクを転がしてゆきながら、わたし達は力をこめて内側をこすっていった。個人的には好きな作業じゃないのだが、今回はやたら早く洗い終わった気がする。隅々までゆすぎ流した貯蔵タンク三つを前にして、わたしとベイトリーシュ、伯母は満足する。
「あとはこのまま三日くらい放っぽっといて、乾いたらもとに戻すんよ」
「それで秋には、この中がまたいっぱいになりますのねー?」
「そうそう」
「すごーい。秋が楽しみ!」
全身酸っぱく汚れたお姫様は、わたしに輝く笑顔をむけた。ほんと、屈託ない。




