32. マロニエ・タンカー登場だぜい
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図書館から借りてきた本を、わたし達は何日かかけて読んだ。中には、ベイトリーシュを絶望の底に突き落としたあの『リリリカ人の系譜』同様、竜の災禍についての体験談を記したものも何冊かあった。
わたし以上にものすごい速さで読みまくる伯母は、わたし達二人を前にこう言う。
「確かに読んでて辛い話ばっかりよな。けどウーにゃんの言う通り、わたしもベイたんに責任のない話やとはっきり思うとるし。それにこれは別の意味でも、読む価値のある本やねんか」
六十年前の当事者達が、竜について知っていることを確認できる、と言うのだ。
「……リリリカ王族のほとんどは首都に住んどって、田舎に居ったんは平民農民ばっかりやろう? 逃げのびて外国に来られたんは、要するにそういう王族の事情なんて、詳しく知らん人らばっかしやん。つまりベイたんの顔も名前もわかってへん。今ベイたんが前を通っても、リリリカのお姫さまと思う人はおらん、と言うことよ」
「六十年たって、当時の子どもも年輩ばっかりになってるやろうしね」
食卓に積んだ本の山を前にして、腕組みをした伯母はわたしにうなづいた。
「さらに言えば、魔法で召喚された竜がお姫さまの身体を媒介にしとった、なーんて。けったい過ぎて誰も信じひんわい」
へッ、と伯母は鼻息をついてから特大マグカップのお茶をすすった。
「甘みが足りひんな。ベイたん、そこのきび砂糖壺とって~」
「はい、おばさま。でもわたくしの記憶が正しければ、すでにおさじ二杯入れてらっしゃるはずですけど……」
「ふッ、ええねん。甘いのは脳みその潤滑油なんよ……」
ベイトリーシュが来てから、伯母は読書量を増やして、魔法と呪術に関する自分の蔵書もどっさり読み返している。まあ確かに糖分が必要かもしれない。
「まだまだ、はっきりとは言われへんけどなあ。リオネスの体系化された魔術と違うて、リリリカ古魔法は口承主体の世襲みたいなもんなんよ。だからほんとの秘術として門外不出やったようやね。外部の人間が簡単に知れるもんでなし、ましてや外国人のわたしらが詳細をつかむのはさらに難しい」
≪眠り姫の封印≫を解くにあたって、伯母は主に若年幼児の精神的安定うんぬんを目指した教育書を読んで準備していた。わたしもそうだったけど、何の事情もわかっていない幼い女の子が来るとばかり考えていたからだ。でも実際にベイトリーシュをうちに迎え必要と判明したのは、失われた古代魔術の呪いを解く方法……。どっちみち難題ではあるのだが、伯母にとっては自分の専門分野およびネタ採取に近い分、熱心に時間を費やしているようにわたしには見える。
「……でも。あのお姉さんは、それを詳しく知ってた……」
久し振りに思い出して、わたしは顔をしかめる。
リオネス魔術士であると言った、あの女性はリリリカ難民二世。竜から逃げおおせた人々の中にリリリカ魔術師がいて、その家族から秘術を伝授されていたのかもしれない。どういう経緯だか知らないが、あの人はとにかくベイトリーシュの名前と正体、その身体に刻まれた竜の呪いのことをはっきりと知っていた。
「その女性魔術士は、いったいどうなったんやろうな?」
「……」
ベイトリーシュは自分のカップを両手にしたまま、うつむいた。わたしは肩をすくめて見せる。
「わたし達が洞窟を脱出した時、どうも気を失ってたっぽいけど……」
そのまんま土砂瓦礫の下に埋もれてればよいのだ、とわたしは胸の内で言う。わかっている、こういうことを思っちゃいけない。しかし嫌がるベイトリーシュを無視して、再び竜の召喚をしたあの人に、わたしは冷めた感覚しか抱けなかった。ベイトリーシュの姿を変えて、怪物にして……。
あんな酷いことをする人間は、ベイトリーシュの母親と呪いを施した元祖の魔女だけで十分だ。国のために支配して利用する? 冗談じゃない、これ以上ベイトリーシュに悲しい思いをさせてたまるか。彼女も魔女認定しよう、と私は思う。悪い魔女こそ滅びればよろしい。
「……けど。警戒するとしたら、その人やろうな」
伯母が神妙に言う。わたし達は毎日丹念に新聞のリオネス欄を読んでいたが、学術騎士団や封印のあった島に関する情報は皆無だった。何も聞こえてこない分、秘密裏にリオネス騎士団がベイトリーシュのことを探っているかもしれないと疑心暗鬼になる。しかしこのマロニエの森は全てを覆って、平和だった。
わたしが過去から逃げおおせたように、ベイトリーシュも静寂のうちに竜の災禍から逃げきれたらいいと思う。ここで。
ど、どどどど……。その時窓の外から、大型車両のタイヤが小道に軋む音がした。
「おや、思ったより早いね。どれ行こうかい、二人とも」
わたし達はお茶の残りを飲み干して、立ち上がる。
台所の裏口から出て、納屋のさらに後方にある倉庫へ向かった。そこに停まっているのは、銀色にびかびか光る強大な筒をくっつけたロングトラックだ。
「長いですわねッ」
いつものレトロ農家女子スタイルに、今日は藍色の大判ハンカチを頭に巻き、金髪をほとんど覆い隠しているベイトリーシュがわたしに言った。
「うん。これが≪マロニエ・タンカー≫」
他の地域では、この銀のタンクに牛乳を回収して農家をまわるのが一般的だ。しかしここでは収穫後に貯蔵しておいたマロニエを吸入し、低温保存のまま蒸留所に運ぶ。
「いよ~う、美人ども」
エンジンを切って、高い所の運転席からすちゃッと跳び下りたのは、筋骨隆々な中年男性。今日も主張のあるTシャツに、革ベストを重ねている。グレン栗農家組合の筆頭≪運び屋≫エメーおじさんは、大きな角形サングラスをおでこに上げて目を丸くした。




