31. 他の誰かがどう言ったって
「わたくしは、嫌だったんですよう……」
吐き出すように呻いたベイトリーシュの言葉。嫌、と聞いてわたしは瞬時びくりとしたけど、お姫様はがっぷりわたしに抱きついてきた。ふかふか金髪がわたしの頬に貼りつく。わたしの肩に顔を埋めるようにして、ベイトリーシュは咽んだ。
「ほんとの本当に、わたくしはあんなこと。続けたくはありませんでした……。たくさんの人をつぶして、おうちを壊して、そこにあった皆さんのすべてを根こそぎ台無しにする、なんてぇぇぇ」
ひいいいん、と本式に泣き出されて、しがみつく力も強くなった。ベイトリーシュの辛さがそのまま痛みになって、わたしの胸を刺す。こんなに柔らかくて、優しい女の子が。あんなに酷い災禍をもたらした……信じられない、信じたくない事実ではあるけれど、本人は認めてもいる。
「嫌やったんやよね、ベイトリーシュ」
わたしの肩の上で、ベイトリーシュの顔がうなづく。
「けど、抗えん力に支配されていて、自分ではどうにもならんかったんよね」
もう一つ、びくりと震えるようにしてベイトリーシュはうなづいた。
でっかい背中と胴体にまわした両腕に力をこめて、わたしはぎゅぎゅうとお姫様を抱きしめる。
「ベイトリーシュのせいと違う。竜の災禍の全責任は、あんたに呪いをおっかぶせて利用しようとしてた周りの人間やよ。ベイトリーシュは、何もわるくない」
そろり、とベイトリーシュが顔を上げたらしかった。
「……けれどそれ、わたくしの、……母なんですの……」
わたしはさらに、腕に力をこめる。手のひらの下、ベイトリーシュの背……そこにある竜の呪いのいれずみに向かって挑むつもりで、低く言った。
「お母さんと、セットやめよし。ベイトリーシュはベイトリーシュで、もううちの子やねんか!」
ずるっ、とベイトリーシュの身体から力が……張りつめていた緊張が抜け落ちたようだった。ちょっと身体を離すと、ぽかーんとした顔が私を見つめている。涙および鼻水が垂れていた。わたしはポケットより、しゃきッと鼻紙を取り出す。
「ベイトリーシュは、まじめでやさしい子や」
「ふが、ぶひ」
その厚手鼻紙で、お姫様の鼻をふいた。
「封印解いてたたき起こした以上は、とことん付き合うし。……だから、な。わたしがベイトリーシュを守る。守らせてんか?」
「は、はひ」
急に力を込めて言ったわたしの言葉に、ベイトリーシュは少々面食らっているらしかった。明るい青の瞳が、まん円くなってわたしを見下ろしている。そこからどばどば、悲しみの涙が止まらなかったのは……。
――誰のせいや。誰の??
わたしのお腹の底、胸の中……もやもやとした怒りがあふれ出す。知れば知るほど、竜にされていたお姫様の立場状況は最悪だ。そういう罪を着せた存在の全てに、わたしは怒っていた。
――見とれ。わたしはこの子が、幸せになるんを必ず見届ける……!
「あの……あのう、わたくしに怒ってますの? ウーニャさん」
眉間にしわを寄せたまま、わたしはかくんと首を横に傾げた。
「何であんたに怒るん」
「お、お顔が渋すぎと申しますか」
「……真剣なとこやもん、ここ。まろやか表情で決意して、どうすんの」
それでもベイトリーシュは、困惑したようにわたしを見ている。溜息をついて、わたしは本を手に取った。
「これは歴史の本やし。書いた人なりに、聞いた事実をなるべくそのまんま残そうとして文章に記録したんやろうね。けどベイトリーシュが望んで災厄おこしたんとは違う、ちゅうのも本当のことやから」
ぽん、とわたしはお姫様の肩を叩く。
「せやからベイトリーシュは、悪くないんよ。他の誰かがどう言うても、わたしはベイトリーシュが悪くない、て言い切る。だから心配しんと。元気だし」
ぽわん、とベイトリーシュの頬に赤みが差した。あかくなってしまっていた、鼻よりもずっと。
「なー?」
「……はい」
ベイトリーシュは、ようやく微笑したようだった。こくりとうなづいて、優美な手つき指先にて目元をぬぐう。
「そっくり」
「え?」
そうっと呟いた言葉が聞き取れなくて、わたしは聞き返した。
「……いえ、何でもないんですの。ありがとうございます、ウーニャさん」
ベイトリーシュは立ち上がり、お夕食準備を手伝いますと言った。無理しないで休むようにすすめたが、ベイトリーシュは首を振る。
泣いた後の腫れぼったい顔に、少し安堵したような微笑をのせて、ベイトリーシュはわたしについてきた。階下に降りて台所に入ると、良い匂いが充満している。伯母がすでに、何かの鍋料理をこしらえて煮ているところだった。
「じゃが芋と新にんじんの、つな缶煮込み塩味~」
ぱたん! 大きな食卓で、伯母はわたし達が借りてきた本を読んでいた。その本を勢いよく閉じると、角籠の中に戻してさっさと部屋の隅に持ってゆく。
「皆でお膳立てして、食べようかね!」
「……おばちゃん」
今日は昼前にプリンなんか作っていたし、料理をする日じゃないのに夕食を用意したりして、ちょっと変だ。いやいや、ベイトリーシュの部屋の外でわたし達の話を聞いていたのかもしれない。
「簡単仕様ではあるけどね、わたし自身の味付けですようん。食べてみてや、ベイたん?」
本当に悲しい時、つらいものを胸に抱えている時、この伯母は何も問わない人だった。黙って温かいもの、おいしいものをふるまうだけ。食べて寝て、そうして元気になってから問題に立ち向かえばいいと言うことを、この家にやってきた十五のわたしに教えてくれていた。わたしが感じてありがたかった、そういう自由な温かさが、ベイトリーシュにも伝わればいいと思う。
「おいしいんよ。おばちゃんの、つな煮」
ベイトリーシュは、見上げたわたしにうなづいた――。
傷ついて、打ちひしがれて叩きのめされて、たくさん泣いて。そういう顔に健気に新たなる微笑をのせて、お姫様はわたしに、青い目を細めて見せた。ああ、笑顔が帰ってくる。




