29. 過去の襲撃
農業、いくつかの産業、建築や文化。様々な観点を通してなされたリリリカ王国の歴史考察書は、結局ひとつの極論にたどり着いて終わる。
滅んで当然や、こんな国。
リオネスと並び千三百年の長い歴史を誇っていたリリリカは、退廃していた。資源の欠乏に目を背けて新規開拓を怠り、周辺国との関係を中世そのまんまの感覚に保ち続けていたこと。強大になっていったリオネスを警戒する意味でほぼ鎖国のような状態にあり、それがもとで根底の技術革新につまづいたこと。農民と都市民の生活格差もひどければ、貴族と平民の差別も顕著。王族のみが上澄みのような暴利をすすって傾国レベルに拍車をかけた、どの本も声高らかにそう主張していた。この辺は、わたしがまだ学校に行っていた頃に歴史の授業で習ったことと一致する。
隣のベイトリーシュに気づかれないよう、わたしは鼻から静かに息をついた。
猛スピードで荒読みしたリリリカ王国の歴史書から、学んだことはけっこうある。滅びた王国はどう見たって≪悪者の国≫だった。かわいそうな無知の民を搾取し続けた、あほうな王族の支配した国。だから、いきなり現れた竜によって国を追われた、流浪のリリリカ難民たちに対しては一定の理解を向ける。けれど支配層に関しては、自業自得と冷ややかに断罪する。六十年前の滅亡当時から、クランドルハ含め周辺世界が取り続ける態度は変わらない。つまり上澄み支配層だった王族のベイトリーシュにも、同情なんかこれっぽっちも向けてはもらえないはずなのだ。
――呪い関連の手掛かりは、ここまで一切なしやったけど……。ベイトリーシュの背景色々は、やっぱりどうでも他の人にいうたらあかんな?
そもそも、六十年の封印を越えて目覚めた女の子、という時点で誰も信じないだろう。わたしだって祖父から言われたのでなければ、信じなかったと思う。こちらにいるのはリリリカ王女なんですよ、と言った所で、まともに取る人がいるとも思えないが……。それでも隠すに越したことはないな、と改めて思った。
「ベイトリーシュ。そろそろ夕方やし、おしまいにしよか」
壁の掛け時計をちらりと見やってから、わたしは低く声をかけた。別に夕方過ぎて読んでいても支障はない。図書館は二十時まで開いている。……けれど、学校の終わる時刻なのだ。若い学生達がなだれこんで、友達とくすくす笑いあいながら宿題や課題をする場所としての図書館に、わたしは緊張感しか持てない。
ゆっくり顔を上げて、わたしをじっと見つめてきたベイトリーシュの表情。明るい青の瞳が一瞬、穴のような虚ろさを湛えているように感じられて、わたしはどきりとした。笑っていないベイトリーシュを見るのは、久しぶりだ。
「……大丈夫?」
はっ、としてお姫様は慌てて頭を振った。
「すみません。ごめんなさい……つい本に、引き込まれてしまいまして」
「ええんよ。えらい集中してたしね、……それも借りて行こか?」
「はい」
ベイトリーシュの読みかけだった『リリリカ人の系譜』と、わたしが手を付けられなかった残りの七冊とを、伯母の予約分と共に借りて帰ることにする。
手掛かりのなかった分を読了の書架に置いて、わたしはカートを押し受付に向かった。借りた本をベイトリーシュと手分けして抱え持つ。
出口に差し掛かった所で、入ってきた人とさっと目が合った――わたしは積み重ねた本の上に、視線を落とす。けれどすれ違いざま、スーツを着て強い香水をつけたその人が、小さくふんと鼻を鳴らすのを聞いてしまった。わたしは震えそうになる。
「あっ」
玄関手前で振り返ると、ベイトリーシュが重ねていた本のうち数冊をすべり落としてしまっていた。しゃがみ込んで拾い上げるベイトリーシュのすぐそばに立つ、……けれどわたしの背中は、刺すように見つめて来る視線をぎしぎしと感じていた。
――見られてる。ベイトリーシュと一緒にいるわたしを、彼女は見ている。
深呼吸して八つ数える、祖父のことを思い浮かべる。ベイトリーシュの金のおかっぱ髪に集中する。ふかふか。
黙って立ち上がったベイトリーシュと、もそもそ歩いて駐車場へ出た。エアナのトランク内、角籠の中に本を詰めて……。
「疲れた、ね」
「はい。久しぶりにたくさん読みましたから……。ちょっと、頭がくらくらしますの」
力なく笑うベイトリーシュがきちんとシートベルトを締めたのを確かめて、わたしはエアナを浮上させた。あんなに集中して読んでいたのだから、ベイトリーシュがこんな風になるのも無理はないなと思う。
そうしてわたし自身も、過去の襲撃に遭って気を使い果たしてしまった。傾いた西日が照らす空は、やっぱり青く澄んで気持ちのよい快晴だったけど。来た時と打って変わって、わたしとベイトリーシュは一言も交わさずに、ボワーズ市立図書館からマロニエ森の伯母の屋敷まで、一直線に飛んで帰った。




