27. プリンを食べるプリンセス
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数日が過ぎ、一週間が経った。わたしと伯母はいつも通りの日々を送り、それぞれの細かい仕事と分担家事に精を出している。
マロニエの花はどんどん咲いていって、森は赤・白・桃色の彩りに華やぐ。大きな樹々が、明るい色のろうそくを身体いっぱいに飾っていた。トラクターで下草を刈る午後、華燭の宴って何のことだっけとふと思う。時々思い返す言葉だが、いつも忘れてしまって伯母に聞くのを忘れていた。まあ要するにろうそくのいっぱい灯ったパーティーなのだろう、文字通りに考えるなら。
その明るい青空の下のパーティーの主役は、ベイトリーシュなのだ。飽きもせず、でっかいお姫様は毎日毎日、小さなトラクターで下草を刈っていた。日差しの強い季節だから古い麦わら帽子をかぶって、わたしを見るとその下からいつもかぱっと笑いかける。まぶしい、わたしの方でも帽子が要るなと思うような笑顔だった。
「ベイたん。最近、お尻の調子はどうなんよ~?」
ある日の昼過ぎ台所、自分でこしらえたプリンをつるつる食べながら、伯母がベイトリーシュにたずねた。おそらく、執筆中の作品内にプリン登場の展開があったのだろう。そういう流れで伯母はよくお菓子や本格料理を作る……もらう方は唐突に感じるけど、伯母にとっては必然だった。
「おかげさまで、もうほとんど痛くありませんわ! でもおばさまのうさ菊軟膏を、ほとんど使ってしまいましたの……」
「ああ、ええよええよ。ベイたんのお尻の平安こそ大切やっちゅうねん。けどウーにゃん、あんた次に町に行くとき、薬局寄ってくれるか~?」
「うん」
つるんとプリンを飲み込んで、わたしはうなづいた。
「……と言うよりも、これからちょっと行って来よかな」
「せやな。そうやベイたん、あんたもお尻が大丈夫になったんなら、二人して行って来たらどうえ? エアナの後ろ乗っかっても、平気やろ」
伯母の提案に、ベイトリーシュはプリンをすくう手を止めた。小さなスプーンを優雅につまみ持っているが、もちろん小指をおたてになっている。
「ええと……けれど、わたくし……」
ほんの少し、お姫様は躊躇しているようだった。わたしの頭に、ふと案が浮かぶ。
「あ、そうや。おばちゃん、図書館に行ってもええ?」
「ぬっ! そうやね! 行っておいで、今朝は二人してたくさん草刈りしてくれたんやし。午後いっぱい、ゆっくりしたってや」
伯母は神妙な表情で、きりっとわたしにうなづいた。ついでにぷりッと、プリンも食べる。
きょとんとしたお姫様に、わたしは補足説明をした。ここグレンの町にも図書館はあるが、蔵書量はささやかだ。しかしボワーズ市の大図書館目録があるから、これを見て貸し出しの予約をすることができる。ベイトリーシュがやって来た後、伯母はすぐに古代魔法に関する文献を大量に予約申請しておいたから、それがそろそろ入手できる頃合なのだ。
「基本、図書館は混むとこでないし。今なら時間的にもほとんど人もいてないから、人目にさらされて危ない、てこともないと思うねんか」
「さよですか……!」
「他にもな~、なんぞ手掛かりになりそうなんをめっけたら、びしばし借りて来よし! わたしの貸し出し上限、三十冊めいっぱい使うてええで~!」
と言うわけで、わたしはエアナのトランクに空の角籠を入れた。一週間ぶりに補助席を取りつける。そこにベイトリーシュがおしとやかによじ登った。長い脚を揃えて、横向けに流しているあたり、貴婦人の乗馬風。……ってどんなの。
お姫様は、ペニーさんの店で買った防風防水加工のすみれ色コートを着ていた。風を切って飛ぶ飛翔機の後部座席は寒いから、夏でも防寒仕様の上着は必須だ。かく言うわたしだって、エアナに乗る時は常に皮革ジャケット着用である。
「お尻ほんまに、痛くないん? 無理してないやろね」
「ええ、ばっちり大丈夫ですわ。夜、横になる時ふぎゃっと痛いだけになりましたの。座る分には、もう何ともありません」
「そう。なら、行こっか」
引き出したエアナの後ろで納屋の戸を閉め、わたしは乗り込んでエンジンをかける。浮上!
「そんなに高く飛ばんし、スピードも出さんけど。何かあったら、すぐ言いよし」
「はーい!」
後ろから返ってくる言葉が、やたら明るく弾んで聞こえた。午後の暖かい陽光の下、わたしはエアナをボワーズ市方面に向けた……。
谷間の町、グレン上空を飛ぶのは気楽だ。飛翔機を持っている人があまりいないから、液晶板のレーダーにも反応が全然映らない。
けれどボワーズ市に近づくにつれて、どんどんすれ違いが多くなる。地上十五メートルを35km/hで流しつつ、わたしは後ろのベイトリーシュに大丈夫かと何度か声をかけた。
「ええ、とんでも気持ちいいですわね~! 新緑が、本当にきれーい」
そのたび、のどかな答えがベイトリーシュから返ってくる。飛翔機というのは、本当に各人の好み……と言うか、相性の分かれる乗り物だ。そもそも高い所がだめだと言う人は乗れないし、一度試してもう本当無理、と拒絶反応を持ってしまう場合も多い。
だからベイトリーシュがすんなり受け入れて補助席に乗っていられるのが、わたしには嬉しかった。島からここに連れてきた時は、相当にグロッキー状態だったのに。あんな苦行は二度とごめんですわ、と拒否されたら悲しかったに違いない。まあその場合は、車で行くことになるけれど。谷間の伯母の屋敷からはボワーズ市へは、曲がりくねった細道を長いこと行かねばならず時間を食う。色々な障壁をすっ飛ばして、一直線に飛んで行けるエアナなら三十分もかからない。
「緑の地平にうつくしき青空。ベイトリーシュことりになった気分ですわ、ちちち……ちーん」
うっとり優雅にポエム調で言いつつ、ついでに鼻をかんだらしい。防風コートを着ていても、顔は寒いのだから仕方がない。
「って~、わたくしの場合は空飛ぶ竜になったんでしたっけ。ぶひ」
お姫様でも、自分で自分に突っ込み入れるもんなんやな、とわたしは路線違いの感心をしていた。でもそうか、あの飛翔の経験があったからこそ、ベイトリーシュはエアナに乗っても大丈夫なのかもしれない。
「ボワーズでその話したらあかんよー」
「ですねぇ。ウーニャさんとだけの、ねたなのですわー」
「ネタなんかい」
でもその時……竜の翼で飛んでいた時は、こんな風にのんびり空が緑がどうのこうの、と思うことはなかったはずだ。だから今ベイトリーシュが心底安堵して適当なことを言えるのは、実はものすごく大事なことなのかもしれない。そう、青いお空にことりが……ちちち。




