26. しまもようパジャマですわ
ベイトリーシュも、七面鳥のトマト麦リゾット風を気に入った。
「この、絶妙なるもちプチ感がたまりませんわー」
そう言って、実に幸せそうにもぐもぐしている丸い顔。確かに麦の食感はいいけど、ここまで物をおいしそうに食べられる人間と言うのは珍しいんじゃないだろうか。作ってあげた人の方が幸せになるような食べ方は、才能かもしれなかった。お姫様は、演技なんかしていなくって全面的に素なのだし。
わたしが町の店に寄って買ってきた苺を食べ、安眠菊茶を飲んで皆で全部を片付けてから、それぞれの部屋に帰る。
もう長いこと、わたしと伯母がこうして繰り返してきた日常の中に、ベイトリーシュはみごとにはまりこんだ。
秋のマロニエ収穫期に泊まり込む人達の中には、知ってか知らずか不協和音ばかり立て続け、最後までなじみ切れずにやめていった出稼ぎ労働者もいる。けれどたったの二日で、ベイトリーシュはここの生活の一部になりきってしまった。そういう性格であり、他人に合わせられる能力を持っているのかもしれないけれど……それにしては緊張がない。わたしも彼女といて、緊張しない。
――ベイトリーシュ本人も。ここで隠れ住んでいくことに、納得してるってことなのかな?
廊下で、浴室から出てきたベイトリーシュと鉢合わせる。
「お先に、さっぱりしましたわ~! ウーニャさん」
ベイトリーシュは上下ねまき姿だった。ペニーさんの店で買った婦人用最大サイズ、しまもようパジャマ。ストライプでもボーダーでもない。浮かれた感じのピンクハイビスカスに彩られた南の島が、全面的に模様としてプリントされている島もようの寝間着だ。
「……」
「……ウーニャさん?」
さっき浴室の扉をしめていたベイトリーシュの、背中がちょっと見えていた。ボブ丈に切り詰めて、露わになったきれいなうなじのずっと下。ねまきの縁から、あの黒い翼の刻印が少しだけのぞいていた。
「あ、竜の呪いのしるし。やっぱり見えてしまいます~?」
お姫様は苦笑して、もう一度浴室の戸を開け中に入る。
「見てみて下さい、ウーニャさん」
「は??」
そんなに広くない浴室真ん中、シャワーの脇でベイトリーシュはわたしに背を向けると、くるッと寝間着の上を脱いでしまった。
「ちょちょちょっとおおお、ベイトリーシュっ」
かーっと顔が火照ってしまって、わたしはあさって方向を向いた。
「平気ですよ~、と言うかずん胴なのでお目汚しなのですけどー」
同性のわたしに気を許しているのはわかる。でもベイトリーシュはよくても、わたしが平気じゃない。
「どうでしょう? 自分で鏡を見る限りは、以前と全然変わらないんですの」
わたしはぎちぎち頭を回して、ベイトリーシュのながい背中を見た。たしかに全然くびれていない。じゃなくて、いかにも健康的に広々したそのなめらかな背中いっぱいに、一対の黒い翼が描かれている。鳥の羽ではなくて、こうもりの皮膜を図象化したようなつばさだ。ところどころ、渦巻き文様が左右対称に配置されている。確か実際の竜の翼にも、同じような渦巻きが浮いていたはず。
「ゆうべからは特に念を入れて、お手拭いでごしごしとこすってるんですけど、薄くはならないようですの。ウーニャさん、ちょっと触ってみて下さいな」
「……」
わたしは息を飲んで止め、右手のひらで渦巻き文様の一つに触ってみた。
「端っこのほうから、ぺりっとはがれそうな感じはございません?」
わたしの胸のばくばくをよそに、ベイトリーシュはのんきに言う。
「いや、シールちゃうやろ」
つい噴き出しかけて、わたしはふは~と息を吐いた。ちょっと力を入れて、肩甲骨のあたりをごしごし指先でこすってみる。いわゆる入れ墨とは全く違う感じがした。絵のような図象ではあるけど、持って生まれた生き物の模様のように、皮膚になじみこんでいる風に見える。傷のかさぶたとも全く似ない。
「うーん、だめやね。薄れるとかはがれるとか、そういう感じは全然しいひんよ」
「そうですか~」
「風邪ひく前に早よ、ねまき着よし」
「はーい」
ベイトリーシュが再び島もようの寝間着を着てくれたから、わたしはようやく平静を装える。
「じっちゃんの魔法は、単に時間を巻き戻しただけやからね。竜の呪い本体までは、消されへんのやろ」
「ですねえ」
「……小っちゃい頃から、くっつけてるんよね? このつばさ」
「ええ。なじんでしまって、何だかもう自分ではあんまり気にもならないんですの。でも恐ろしい呪いであることは変わりませんし、他の方々には絶対見られちゃいけないのですよね」
そう言うベイトリーシュの顔が、少し寂しそうだった。髪を長くのばしていたのは母親の言いつけだったと言うが、それは娘の呪いを隠す目的でもあったのだろう。
「大丈夫やよ。昨日買うた服やったら、全然わからへんもん。それにベイトリーシュには、ブラウス似合うとるよ」
「え、本当に?」
「うん。丸襟のやつ、すごいかわいい」
「ぶひ」
素直に言えたわたしの本音を受け止めて、ベイトリーシュは笑う。見上げるわたしも笑った。
「呪いを解決できる方法は、きっとあるはずやよ。今は何も心配しんと、おやすみ」
「ええ。ありがとうございます、ウーニャさん」
ベイトリーシュはすたすた自室の方へ去っていき、わたしは浴室に入って内側から鍵をかけた。左手で頭をつかむ。鏡の中の自分と、顔を見合わせる……どうなってんの、これ?
擦っても薄れずはがれないあの黒いつばさの意匠を、わたしは今もくっきり思い浮かべることができる。皮膜のように広がる一対の翼と渦巻きが、わたしの瞳の奥深くに焼き付いてしまっていた。
うつくしいものとして。
「ふー」
それはベイトリーシュの背負う不幸、あの子が無理やり責任を持たされた悲劇と罪そのものである、というのに。
わたしはもう一つ、溜息をつく。長くながく、……終わりが来ないようなのを。




