25. 草刈りトラクター上のお姫様
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夕方うちに帰ると、マロニエ林の中に動くものが上空から見えた。小型トラクターだ。まさか、と思って近くに着地したら、やはりベイトリーシュが運転している!
「ウーニャさーん! わたくし本日は、下草もりもりやっつけましたの~」
小さなトラクターの上で、両腕を大きく振り回しながらお姫様は明るく言い放つ。その笑顔と言い方があんまり屈託なかったから、わたしは思わず笑った。
午前中、伯母が一番扱いの簡単な小型トラクターの運転を教えて、ベイトリーシュは今までずっと草を刈っていたらしい。
マロニエの樹々の合間の草むらには、トラクターの通った跡が明るい緑色の帯になっている。そのところどころに刈った草がこんもり排出されて、馬のうんこちゃんのようだ。
一般家庭・汎用型の小型トラクターは子どもでも運転できるが、刈れる範囲はごく狭い。ベイトリーシュのがんばった形跡が、目に見えてそこに在った。飽きた様子もなしに、ベイトリーシュはにこにこ、きらきら、嬉しそうにわたしに話す。
「この調子で毎日毎日草を刈って行けば、ウーニャさんとおばさまのお役に立ちますのかしら~?」
確実に立つな、とわたしは心の内で言った。伯母も内心ぐひひと笑うに違いない。今年の秋の収穫は、ちょっと……かなり、いやだいぶん楽になるかもしれない!
「すんごい立つね。けどもう暗くなるし、今日はそろそろおしまいにしよか。……おばちゃんに、栗油の入れ方は教わったん?」
まだだとベイトリーシュは言う。それでわたし達は陸空平行線で、納屋に向かって進み始めた。
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今夜は大麦を茹でることにした。吹きこぼれないように気をつけて、粒々が柔らかくなったところに≪シチューのもと≫を入れる。七面鳥の胸肉トマト煮。むちゃくちゃおいしいのに、シリーズ中で他のもとよりずっと安い。
「今日行ってらした、ウーニャさんのお仕事と言うのは、どんなのです?」
ゆっくり煮立てていると、ベイトリーシュが聞いてくる。飛翔機専門店の修理手伝いについて、わたしはお姫様に説明した。
「へえっ……! ではウーニャさん、飛翔機の技師でいらっしゃるッ!? ですよね、あの運転技術ですものー」
「ええと、……」
わたしはうぐっと口ごもった。
「ベイトリーシュ。リリリカでは、義務教育って何歳までやったの?」
「ぶひ?」
ベイトリーシュは小さく驚いたようだが、わたしからの唐突な質問にもまじめに答えた。
「六歳から十二歳までは、誰でも公立の学校に行くよう決められていました。その後、十八歳までの高等教育は貴族の義務でしたけれど……。なぜですの?」
「そっか。……ここクランドルハでは、十六歳まで学校に行かなあかんのやけどね」
たぶん、ベイトリーシュの認識している学校と、現代クランドルハの事情は違っている。彼女には伝わらないはず、だからわからないままさらっと流してもらえればいい……。そう考えて、深刻にならないようわたしは平坦な調子で言った。
「わたしはちょっと事情あって、最後の二年間は学校に行かれへんかったんよ」
十五の時に両親が北方の研究施設に転勤になったので、わたしはこの伯母の元に引き取られ現在にいたる。だから肩書は栗農家手伝いであり、飛翔機ガレージの方は簡易雇用なのだ、とベイトリーシュに説明した。技師や正社員、そういう≪たいしたもの≫ではないのだ、と。
話しながら、わたしは時々つっかえた。まわりくどかっただろうか。けれどわたしの話に、ベイトリーシュはふんふん、ぶひん、と小さく相槌を打ちながらついてきてくれた。しまいにこう問う。
「でも。それってつまりウーニャさんは、本当に飛翔機がお好きなんだってことなのでしょう?」
「せやね」
「機械を扱うのだから、やはり腕っぷしは強くないといけませんの?」
「ううん。そんなに重いもんは持ち上げたりしいひんよ」
「はッ、そう言えばウーニャさん、リオネス騎士あいてに立ち回りもされてましたし!」
「……あれは、父親の趣味の格闘術で……」
わたしは実は、どきどきしていた。他人に自分のことを聞かれて詳しく話す、しかも自分とあまり年の変わらない女の子相手になんて、本当に長いことしていなかったし、できなかった。けれど目の前のでっかいお姫様は、……どうしてなのだろう? わたしの口をどもらせない。ふかふか和かい雰囲気でぐいぐいわたしをくるんでくる。そうしてそのふかふかで、わたしが持ちかける緊張を吸い取ってゆくようだった。こんな風に感じるわたしは変なのだろうか。
今日引き受けた飛翔機修理のことなども、へえ~と素で感心しながら聞いてくれたベイトリーシュに、……わたしはちょっとだけ油断して、秘密にしてある本音を言ってしまった。
「……そいで、ね。いつかは自分の飛翔機専門店もてたらな、て思うとるんよ」
「お店ッ!」
「他の人には言うたらあかんよ。秘密やで? ベイトリーシュ」
「すっっってきじゃありませんの~!」
その時廊下の方からぱたぱた音がして、マグカップを両手に二個ずつ持った伯母が台所に出現した。
「ひゃっは~、今日もめっちゃ書いたしぃぃ! 二人とも、お疲れさーん」
「お疲れ、おばちゃん。ベイトリーシュ、そこに鍋敷き置いて」
「はーい! シュッと」
激うまターキー鍋を食卓真ん中に置きながら、わたしはなぜだか妙に嬉しかった。
……飛翔機の販売や修理の専門店を持つためには、エンジニア資格が要る。学校を正規修了できなかったわたしがそれを目指すことは、このクランドルハでは≪無茶≫だった。けれどその辺の事情を取っ払って、『すっっってき』と言ってくれたベイトリーシュのおかげで、何かがすとんと腑に落ちた気がする。
わたしの夢は、『すっっってきな夢』なのだ。自分以外の人、同年代のベイトリーシュに言ってもらえたことで、この夢がますます魅力的な――実現させるべきことに思えてきたのだから、ほんとに不思議である。
「ベイたん。このパセリの葉っぱをなぁ、ちっとモミモミしてから散らすと最高なんよ~」
窓際の鉢から、伯母は慣れた手で香草をむしる。
「ぶひっ! 産地直送のお香味やさいッ」
「……て、言うんかなあ? この場合」




