23. グッドなモーニングやで皆様
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屋根裏より背の高いマロニエの森の中に住んでいると、夜を長く感じる。実際は町と同じ時刻の日没・日の出なのだけど、曙光が差しても樹下に薄闇がわだかまっているような気になるのだ。
早く寝た分早く起きたわたしは、そういう薄明の小径を歩いて、新聞を探しに行った。公道に面した郵便受けまでが長い長い。
台所に戻り、黒い栗粉パンに塩バターとすぐりのジャムをもりもり塗ったのを二切れ食べる。三杯目のお茶のカップを片手に、わたしは新聞を広げた。
表紙・第一面からのクランドルハ国内ニュースはすっ飛ばして、周辺国の欄へ。隣のリオネス帝国の記事には、いつだって大きく紙面が割かれている。政治、経済、事件……。見出しを追っていったわたしは、首を傾げてもう一度、事件の欄を丹念に読んだ。帝都での交通事故と、小規模の森林火災について書かれている。けれど国境まぢかの辺境、あの封印の島に関する記事は、どこにもなかった。
――リオネスはやっぱり、公表しいひんのかな?
きび砂糖と牛乳どっぷり入りのお茶をごくッと飲んで、わたしは考える。騎士団側……リオネス当局が、この変事のことを隠しておきたいとしても。わたしが危惧していたのは、一般市民側の反応だった。
小さな島のことだ。集落に近づいていた竜の姿のベイトリーシュを、夜空の中にたまたま目撃していた人がいたんじゃなかろうか? あるいは竜の炎で壊された石柱洞窟の崩落音を、聞きつけた近隣住民がいたかもしれない。そういう人たちが騒ぎ出して、不穏な噂が育ってしまったら……。まずい、と思う。
「おはよう、ウーにゃん。さわやかにフレッシュな朝やな」
伯母が台所に入ってきた。すぐにわたしの手元に目をやる。
「どや。朝刊、何か言うてるか?」
「何も」
伯母はうなづき、自分用の巨大マグカップにお茶のパックを放り入れた。
「そうか。油断はできんが、今日になって公にしいひん、と言うことは。少なくともリオネス当局側は、ベイたんのことを騒ぎ立てんと処理する方針なのやろう」
やかんのお湯をカップに注ぎつつ、伯母は神妙に言う。
「まあ、秘密裏にベイたんを嗅ぎまわる可能性は大いにある。ウーにゃん、あんた島からの帰り道に、誰かに見られたりせんかったろうな?」
わたしは首を横に振る。
クランドルハ領のルイーヒ島キャンプ場までは、夜明けの沿岸部を高めにエアナで飛んだ。レーダーに引っ掛かる機体はなかったし、操縦席足元に転がしたベイトリーシュを、誰かに見られた可能性は全くない。
その後の行程では後部座席のベイトリーシュに毛布を巻きかぶせたから、あの大容量金髪おさげもそこまで目立ちはしなかったはずだ。そもそも早朝の時間帯だったし、都市部上空を避けたから、通勤通学の人々の目にも留まらなかったはず……と、思いたい。
「ベイたんのお姫さま的な外見は、とりあえず変えられたし。後はちっとずつ町の皆に、わたしの縁者としてなじませてったらええ。あんたの時とおんなしで、悪く取るやつはこのグレンにはおらへんよ」
分厚く切った栗粉パンを旧式トースターの中に入れて、伯母はぐびりとお茶を飲んだ。
「大人は黙って、ストレート」
「おばちゃん。ほんまに、ありがと。ベイトリーシュのこと」
とりがらの伯母は、きゅッと薄い肩をすくめた。
この人はわたしの母の姉である。父方の祖父、ユーリ・マクナマラとは血縁は全くない。にもかかわらず、祖父の遺したベイトリーシュの問題色々を、わたしと一緒に引き受けてくれている。
「わたしもなぁ。実はけっこう、ほっとしててんか~? あんたがいつか、小っちゃい子どもを連れて帰るんやとばっかし思うてたからな。この年で経験なし~からの子育てするんは、超ハードやろうなあ、と」
ちぃーん! パンにはあまり焼き目を入れず、やんわり温めるくらいが伯母の好みだ。平置きトースターから取り出しつつ、伯母は低く続ける。
「けど、来た時のあんたと同じで、ベイたんはしっかり大人やんか? しかもあの性格器量ときたら……」
しみじみ口調で、伯母はものすごい量の塩バターをパンにのせた。大丈夫なのだろうか。
「……わたしは、十五の子どもやったけどな?」
「ふん。あんだけぶさっとした傷負うてからにー、それでも周りに心配かけんようにしようとし過ぎて、病気になってまうあたり。大人と言わんで何とゆうねんな? ばくり」
伯母は元気よく、一枚目のパンをかじり始めた。
「……ベイトリーシュの背負ってるんは、わたしなんかと格違いの大ごとやろ」
「何のなんの。誰でも皆、それぞれのでっかい世界もって、戦っとるんよ……もぐり」
普通の大人なら、こういうことはまず言わないと思う。でもわたしの伯母は本気で≪世界≫と言う言葉を話していた。せかい系おばさんだから?
「あの子がこの先、どうなるんかはわからんけどね。ここグレンの町は、クランドルハ屈指のど田舎辺境地や。好きなだけ、のんびり潜伏しとったらええねん……。あんたもやで? ウーにゃん」
「うん」
「そしてわたしに、半永久的にネタを供給してくれれば、オールオッケーでめでたしや」
「……やっぱ、そこに行きつくんやね? おばちゃん」
「おはよう、ございまーす」
台所の戸が開いて、のっぽのお姫様が入ってくる。きちんと服を着ていたが、切り立ての髪がみごとに大爆発していた。
「ねぐせ大反乱ですわ~。こういうのって、どうしたらよいのでしょう?」




