21. お姫様、トラクターに同乗する
午後。執筆にこもる伯母を邪魔しないよう、静かにベイトリーシュ用の小部屋をしつらえた。
この田舎屋敷、かつては大所帯だった母方先祖伝来の家には、空いている部屋がたくさんある。農繁期に手伝いに来てくれる人達が泊まれるようにしてあるうちの一つだから、ベイトリーシュ一人くらい常駐人が増えてもへっちゃらなのだ。
「農繁期?」
お姫様はさかさか寝台の準備をして、敷布の張り方なんかはけっこう手際がよい。カバーを付けた枕をのせながら、ベイトリーシュが聞いた。
「そう。マロニエの実が落っこち始めるのを、拾って集めて蔵にしまうまでの期間なんやけどね」
わたしは実際にベイトリーシュに見せて回ることにする。
真新しい農作業用長靴(ごつくてださいが大変快適)に履き替えさせて、納屋に入った。わたしがよく使っている、中型マロニエ・トラクターの助手席にベイトリーシュを乗せて、わたし達はゆっくり納屋の外に出た。赤白桃色、各色ろうそくみたいな花の咲き誇る、マロニエの森の中へ。
と、と、と、と……。トラクターの穏やかな轟音。
「マロニエの樹は、でっかく育つから。間隔かなり広く開いとるやろ?」
「ええー」
のどかに進むトラクターの振動音にかき消されないよう、わたしは大きくベイトリーシュに言った。
「だから隙間に、下草がようけ茂ってしまうんよ。こうして定期的に草刈りして、ぼうぼうにならんよう管理すんねんか」
今の時期は、こうしてトラクターに草刈り刃をつけて、見回りながらきれいにしておくのがメイン作業だ。のんきな季節、伯母にとっては執筆の繁忙期だが。ベイトリーシュが、ふあんとおかっぱ頭を回して後ろを振り向く。
「あららららまあ、水面を舟でゆくみたい」
声が純にはしゃいでいる。
「わたくし達の通ったところ、緑の下草の野に、明るい緑の帯が浮いてますわー」
「そう、刈ったとこね」
秋が来て、緑のとげとげ殻に守られた実が育ってくると、わたしと伯母は草刈りスピードを上げて朝から晩まで下草をならす。やがて熟れた実が落っこちて、地面にぶつかった殻から飛び出るようになったら開戦なのだ。
「草刈り刃を≪マロニエピッカー≫に付け替えて、地面の実をすくい取って行くんよ」
食用になる栗と違って、マロニエの実は虫に食われにくい。けれど落下から一日以内に拾って処理するのが望ましいから、手伝いの人達も含めて六台の大小トラクターで終日林の中を走り回ることになるのが農繁期なのだ。
「ベイトリーシュが、この先どうなるんかは……。あんた自身が決めることやけど。ここにいる間は、マロニエ農業の色々手伝ってな? 無理せんと、できることでええから」
「ええ、それはもう~!」
嫌がるどころか、お姫様は丸顔を輝かして嬉しそうだった。古い樹の伐採だけは難しいし、色々と気を遣うが、それ以外は単純作業がほとんどである。一番小さいトラクターなら免許がなくても扱えるし、操縦をベイトリーシュに教えて、草刈りと秋の収穫を手伝ってもらおう、とわたしは考えた。
――秋までいてくれるんなら、の話だけど。
「振動で、お尻痛くないん?」
「ぶひっ、いやですわ~! ウーニャさんたら。今までせっかく、忘れてましたのに~」
「え。あ、……ごめんね」
慌てたわたしに、お姫様はぱかっと笑った。
「って言うくらい、割と忘れて平気ですの。ふふふ、さすがおばさまの下すった≪うさ菊軟膏≫。効いてますわ~」
「なーんやぁ」
悲劇の渦中を越えてきたはずなのに、お姫様はどこまでものどかだった。髪だけでなくって、人柄そのものがふかふかしている。だからわたしも、緊張しなくて済む。身内以外でこういう接し方のできる人、長く一緒にいても大丈夫な女の子なんて、本当に初めてだった。
「あらー? ウーニャさん、前方木の根元に大っきなことりがいますわよー。木が大きいからわたくしの遠近感も狂って、ことりが巨大に見えますわ……あっ、飛んじゃった」
「あれなー、山雉。おいしいんよ」
「ぶひッ!?」




