20. お姫様はレトロいまどき娘になった!
「おっとぉ。ウーにゃん、そろそろトラックに給油せな。わたしがベイたん連れてくし、あんた満タンしてきてくれるかぁ? 逆でもええけど」
「うん、ええよ。行ってくる」
≪ジェリー美容室≫の前で伯母とベイトリーシュは降り、わたしはそのままトラックを運転して給油スタンドへ向かった。
着いて、あれ? と思う。順番待ちの行列ができているのだ、珍しい。四台ある給油架が詰まっている、と言うわけではない。停まっているトラックと乗用車四台は、皆給油を済ましているのに先に進めないらしかった。誰か、支払いに手間どっている人がいるのだろうか。レジは一か所しかない。
ちょっと待っても、列は全然動かなかった。わたしはエンジンを切って、窓からちょっと首を出してみる。ずっと先のレジ窓口前、案の定なにやら係員と揉めているらしい女性の後ろ姿が目に入った。
白い大型高級車≪ボワータ≫から下りてしまって、両腕をぶんぶんと振るような仕草で交渉している。その手の振り方と、耳に入ってきたきんきん甲高い声に、わたしははっとした。
「……市の、職員カードだって言ってるじゃないですか! 無効なわけが、……」
動悸が激しくなる。わたしは首を引っ込めて、ハンドルぐるぐる手動で窓を閉めた。でも一番最後の隙間から、女性の捨て台詞が紛れ込んでくる。
「やってらんないわッ、どうなってるのよこの地方!」
馬鹿にしたような調子。ふんっと振り切るようなつんけん態度でボワータに乗り込む女性の顔も、しっかり見てしまった。もう十年近く立っているのに、だいぶ変わっているはずなのに、わたしには判別できてしまう。小綺麗な白いスーツの肩先に、茶色い巻き髪が明るく輝いて揺れていた……。
ぷ・ぷうっ! 真後ろの車の優しいクラクションに救われるまで、……わたしはハンドル上に顔を突っ伏し、呼吸できずにいた。
・ ・ ・
町の駐車場に伯母のピックアップを停めて、≪ジェリー美容室≫まで歩く。扉を開けた瞬間、いつもと違う風景に驚いた。広い店内の真ん中に、DIY作業台みたいなものが置かれて、見習い美容師のトミー君と伯母がその脇に立っている。
「……おばちゃん。トラックに給油してきたけど」
「あ~、ウーにゃん?」
ごごごご~、ドライヤー爆音が店内を席巻している。ベイトリーシュは、と見渡してすぐに見つけた。店長先生がくるりと振り返って、≪もうすぐ終わるわぁ≫と口ぱくでわたしに言う。お姫様は彼の前に座っているらしい。いやウインクしなくていいから、ジェリー店長。
わたしは伯母の後ろから、台をのぞき込んだ。
「何してるん……うえっ?」
思わず、叫んでしまった。仕切りが縁を囲むDIY作業台の上には、ベイトリーシュの長い大容量金髪が横たわっているッ! 一瞬、そこにベイトリーシュ自身がのびているように錯覚してしまって、わたしはどきりとしてしまったのだけど。伯母が押さえる髪の束を丁寧にまとめて、トミー君が切り口あたりを紐で結んでいるのだった。
「滅多にない色みと長さなんでー、こちらお買取りになったんすよ」
「は?」
トミー君の言葉がよくわからない。……おかいとり?
かちっ! ドライヤー爆音が静まった。
「はあ~い、できましたぁぁぁ! かわゆううい!」
店長先生のだみ声が響いて、わたしは施術台の方を見る。幅広い鏡の中に映り込んだ女の子と、目が合った。
「似合っとるよ! ベイトリーシュ」
もともと、即でこういう声かけができるわたしではない。でもこの時は、本音がぽろんと先行してしまった。と言うか、あまりに微笑ましいかわいらしさだったから。
ねずみ色の散髪布を被って、巨大てるてる坊主になっているその中心の頭。耳下くらいに切り詰めたおかっぱ金髪に囲まれた、ベイトリーシュの丸顔は実に幼く見えた。全面的にどや顔というか、またもや興奮して頬ぺたを赤くしているから、余計に十九歳に見えない。ボブにしてもふかふかしてるが。
「やっぱこれからはぁ、ボブよ~! ショートよ~!」
来る人全員にそう言っているジェリー店長が散髪布を取りのけ、ベイトリーシュはよろよろ立ち上がる。
「ひゃあ、軽いですわー」
左右に頭を振るベイトリーシュの後ろを、電光石火の素早さでトミー君のほうきが通過した。
「軽いでしょう、そうでしょう~。まとめて一キロ分は切ったからねえ」
DIY作業台の髪にむけて顎をしゃくりながら、店長はレジに歩み寄る。
「さーって。買い取り分から施術料さしひき、でいーい? それとも別々にしよっか」
「あー、別々にしたって。髪を売るぶんは、全額ベイたんのお金やでー」
伯母がそつなく答えたが、とたんにベイトリーシュはふるっと震えた。
「えっ、そんな。おばさま」
ようやくわたしにわかったことだけれど、ベイトリーシュは自前の金髪を売ったらしい。ここまでみごとに長い金髪はほとんどないし、少々加工されてかつらの材料になるから、需要があるのだそうだ。全然知らなかった。
お金の入った小さなぽち袋を両手で大切そうに持ち、ベイトリーシュは赤い顔のままトラックに乗り込む。
「どうでしょう。どうでしょう、ウーニャさん!」
「めちゃめちゃ良えと思うよー」
「うむ! いまどきのかわゆい子になったで~? どこからどう見ても、古代王国のお姫さまとはわからへん。誰かに不審に思われることもないやろう! これでひと安心や」
ピックアップをすいすい飛ばす伯母も、満足そうにうなづいた。……わたしの感覚では、いまどきとは言いにくい気もするけど……。まあいい、ここは田舎の過疎地である。三十年前くらいのレトロいまどき娘がマロニエ森の中に生息していたって、不思議はない。
「食べるもんは、おとついたくさん買ったばっかしやしなー。ほな、うち帰ろかぁ~」
「はい、おばさまのお宅へまたお邪魔します……!」
「あんたんちやっちゅうねん、んもう。ベイたーん」




