19. お姫様はイメチェンをはじめた
「あーらレティシア。いらっしゃぁい」
「はあい、ペニー! 暇してるう?」
耳本体が見えなくなるくらいに銀環ピアスをくっつけ、銀髪を短くモヒカンに立てている店主のペニーさんは、見かけに反してなごやかな人だ。子ども服を探す親にはだいぶ上のサイズをすすめて長く着られるようにするし、ウール製品の洗濯温度や染み抜き相談にものってくれる。とんがった店主とは対照的に、少々ださめの実用的な服を多く取り扱っている店だ。
「親戚の子が来たからあー、着替え買いに来てんか~」
「おや、また新手? よくよく親戚の多い人だね。っってあらら、こりゃあレトロ懐古なお嬢さんだことっ」
「せやろ~? さ、ベイたん。好きなんお取り! 気に入ったんがあったら、まとめ買いすると割引やねんか、ここ。色違いでもOKとゆう」
「あの……あの」
自分で着るものを選んだことがない、とおずおず言ったベイトリーシュを、わたしと伯母はまじまじと見た。
「ベイたん、十九やろぉ……? 自己表現としてのお洋服を、着いひんのかい。あ、ちょっと責めてるんとちゃうで~」
まっ赤な顔でうつむいてしまったベイトリーシュの腕を、ぽぽんと伯母は叩いた。お姫様には、あてがわれたもの以外の選択肢はなかったらしい。
サイズを測ってもらうため、ベイトリーシュはペニーさんと試着室へ入って行った。ふと、不安が脳内をよぎる。
「……おばちゃん。あの子の背中には」
例の、竜の呪いの文様が入っているのだ。他人に見られて大丈夫だろうか?
「ふん、大丈夫やろ。ペニーのほうが全身くろぐろ入ってるんやし」
そうか、それもそうだ。タトゥーだらけのペニーさんは気にしないに違いない。
わたしはベイトリーシュのももんが袖カーディガンを預かっていた。ふかふかした高級そうな毛織りものを、両手に持っているうちにふと気づく。裏側からはあちこち、だいぶ補修の埋め編みがしてあった。ものがいいからよれよれ感はないけど、ずいぶん古いのだろうか。ベイトリーシュは誰かのお下がりを、直し直し着ていたのかもしれない。お姫様なのに?
・ ・ ・
一時間以上も店にいたのだろうか。ベイトリーシュとわたしと伯母は、一つずつ衣類の詰まった大袋を抱えてペニーさんの店を出た。
お姫様はさっそく新しい服を着て、ちょっと恥ずかしそうな、しかし嬉しそうな表情だった。小花もようの木綿シャツに紺色セーター、ゆったり幅のスラックスをはいたベイトリーシュは、何と言うか……もう直球に、田舎のまじめな女の子だった。現代風の服を調達しに来たはずなのに、どうも三十年くらい時をさかのぼっている気がするのはなぜなのだろう。……こういう恰好をすると、ずん胴なのがよくわかるお姫様である。
「さ~て! これでベイたんも五割がた、普通に目立たん現代女子になってんけど」
ピックアップ運転席からぐいと後ろ向き、小さな伯母は後ろに座るベイトリーシュを見た。
「もうひと押し。ベイたん、美容院行こか」
「えっ」
「あんたのお髪。ほんと~に素敵なんやけど、時代が違うんよ。目だってまうし、どこからどうリオネスのやつらに嗅ぎつかれるともわからん。変装の意味でも、もうちっと今風に、軽くしたほうが無難やと思うねんけどなぁ。どぉ?」
言いにくそうだったが、それでも伯母は年の功の思いやりを含めて、ベイトリーシュに説いた。……お尻のあたりまで長々と伸びた、大容量のふわふわ金髪。
何をどうやったらこんな風にふっかふっかと膨らませられるのか、と言うくらいのボリュームが、ゆるめの三つ編みおさげになっているのだ。六十年前当時のリリリカ女官が、何時間もかけてこてをあてたとか?
とにかく気合の入った髪型であり長さ多さである。切れと言われて素直に従うようなものではないだろう、……って髪に執着がないゆえにベリーショートのわたしが、想像するのは難しいけど。
「ウーニャさんとおばさまのご迷惑にならぬよう! 目立たぬためならば、ベイトリーシュ喜んでいたします! けれどッ……」
わたしと伯母があれれ、と拍子抜けするような二つ返事で、ベイトリーシュは言った。
「けれど、そのうッ! びよういーんと言うのは、やはりお金のかかる所なのでございましょう? 今のお店でこんなにたくさん服を買っていただきましたのに。さらなる出費をおかけすると言うのは、心ぐるしゅうございます!」
「なんや。えらい地に足ついたお姫さんやん、ベイたん?」
わたしもちょっと驚いていた。仰々しい見かけと一緒で、ベイトリーシュは世間的なことがあんまりわかっていないのだろう、と思い込んでいたから。
伯母のうちに引き取られた時から、わたしは祖父ユーリに託された≪眠り姫の封印≫について、伯母に洗いざらい打ち明けていた。
だから伯母は、もしかしたら将来その助け出したお姫様をも引き受けることになるのかもしれない、と理解していたし、色々な意味で準備をしてくれていた。変人伯母としては、これも素晴らしき創作ネタの一環だったらしい。……まあわたしも伯母も、だいぶ予想を裏切られたけど。迎え入れる予定だったのは≪小っさい女の子≫であって、実年齢十九歳のでっかいお姫様だとは思いもよらなかった。巨大な竜から戻った姿を見ているわたしとしては、≪小っさい女の子≫というのもうなづける表現ではあるけれど……。
「必要経費や、気にせんでえーねん! ベイたん」
伯母にうながされ、ベイトリーシュはうなづく。わたし達をのせて、金色ピックアップはグレンの町なかへと向かった。




