18. 金色トラックでショッピング
伯母の愛車で、グレンの町の中心地へ向かうことになった。納屋に入りかけたところで、ベイトリーシュは周囲をきょろきょろと見回している。
「おうちの周りが、見渡す限り……ろうそく樹の森なんですのね!」
ベイトリーシュの言う通り、伯母の古い田舎屋敷は≪ろうそく樹≫の巨木に囲まれた中に建っている。手のひらみたいな大きな葉をかさばらせる樹々は、ちょうど開花が始まったところだ。名前の通り、日の灯る蝋燭に似た花々が、天に向かって突き出ている。大きな樹々は均一に生えて整列しているみたいだから、自然林でないことはベイトリーシュにもわかったらしい。
「これらは全て、おばさまが植えられたのですか?」
「全部植えるって……。わたしゃそこまで年くってないわよぉ、ベイたん。まあ美魔女やけどおー。これはじいやんの時代から植えたのを、相続したんよ~」
人類がマロニエの実の有用性に気づいたのは、約一世紀前。その辺りから連綿と続いている人工の森なのである。伯母は病気になった樹を切って新たに植えたりはしているけれど、古いものは樹齢百年以上のがごろごろあった。
「えーっ。じゃあわたくしよりも、年上の樹々ばっかりですわねー!」
納屋の戸を開けかけていたわたしは、一瞬ぴたりと停止した。背後では、伯母も同様に硬直したもよう。
「白に、赤に、桃色……。お花がとってもきれいですわー。燭台の蜜ろうそくより、ずうっとかわいいー」
お姫様はのどかにのたまっている。祖父によって封印された時は十九歳だったと言っていたけど、本人は寝ていた分の足す六十年を、実年齢として考えているのだろうか? まさかね、七十九歳だなんて。
伯母が金色の(先に言ったと思うけど伯母は変人だ)ピックアップトラックを出して、わたしは助手席に、ベイトリーシュは後部座席に座った。……お姫様はそうっと腰を下ろしている。石柱洞窟で尻もち着地をしてしまった直後は、衝撃じんじんでどうにも歩けなかったけれど、今は座る瞬間だけ壮絶に痛いらしい。
マロニエの樹々の合間の一本道を金ぴかトラックは進んでいって、やがて公道に出た。伯母宅は谷あいの斜面にある。細い道をだんだんに下ってゆくのだけど、傍目には視界の両脇にマロニエの森が続いているだけ。伯母のうちと全く変わらない。ゆっくり運転・安全主義の伯母は、ぷりッとごく小さく警笛を鳴らしてから黒馬の騎手を追い越した。この辺りには、馬を使っている家庭もまだまだ多い。
「……ここも、ろうそく樹ばっかりですのね……?」
「この地方は、マロニエ産地やからね。ちょっと町から離れれば、どこでもこんな感じやよ」
「ええ?」
伯母の後ろ座席にいるベイトリーシュを振り返ってわたしが言うと、お姫様は不思議そうに首を傾げている。あ・そっか、とわたしは思い直した。ベイトリーシュは、眠っていた間の産業発展を知らないはずだ。
「ここの国、クランドルハ商業連邦のノメナス地方は、≪栗油≫の一大生産地なんよ」
各種機械の動力源となる、この発酵資源の国内総産出量・九割がたを占めている。エアナフロイもトラックも、ここのマロニエがなければ動かせないのだ。
「そうでしたか! リリリカでは、化石油と言うのが使われていましたけれども。今は違うんですのね?」
「うん、……」
枯渇しかけていた≪化石油≫から≪栗油≫への移行は、ずいぶん早くに始まっていたはずだ。けれど最後の化石油採掘国として粘っていた分、リリリカでは栗油が軽視されていたのだろうなとわたしは推測する。そうしてリリリカの滅亡と同時に、世界は化石油の使用を完全に止めていた。その辺まで言及すればベイトリーシュは悲しがるだろうか、とわたしが言いよどんだ時、伯母がさらっと明るく言った。
「そうなんよ~、どこでも化石油はとれなくなってもうたし~。さあ皆、ペニーのお店に着くで~」
唐突に林が途切れて、わたし達を乗せたトラックは円型交差点に進入した。ぐるうん、と回って二つ目出口。
DIY専門店にスポーツ用品店、保存食品店に修理ガレージのくっついた給油ステーション、など郊外大型店舗がいくつか集まっている地点である。伯母はメタリック・ゴールドのピックアップをその一画、≪ペニーんち≫駐車場にゆったりのびのび乗り入れる。
平日の昼日中、広大な敷地には地味なトラックが二台停まっているだけだ。倉庫に店舗をくっつけた形の≪ペニーんち≫の扉を伯母がくぐると、わたしの後ろでベイトリーシュがふうっと息を飲んだのか聞こえた。現代社会の≪日常≫にいよいよ接することになって、緊張しているのだろうか? わたしは彼女を見上げてうなづいた。
「大丈夫やよ。おばちゃんの友達の店やし、ここ」
お姫様はわたしにうなづく。緊張……ではなくて、興奮しているのかもしれない。太陽の下で見ると、ベイトリーシュの色白頬ぺたは血色良く染まって、ちょっとマロニエの花みたいだった。




