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竜のつばさの眠り姫  作者: 門戸
第二部 眠り姫のマロニエ農家のんびりライフ
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17/68

17. おばちゃん家に、ウエルカムやで

 緑と市街のごたごた混じる都市部を遠目に、わたしのエアナフロイはなだらかな山間(やまあい)の谷へと向かってゆく。


 もう明けきった空はきれいに晴れ上がっていて、時折すれちがう市への通勤・通学飛翔機の運転手たちも、飛ばし方になんだか余裕があった。


 予定もなしに軽くドライブするには、うってつけの日だと思う。あいにくわたしの後ろには、毛布を体に巻き付けて息も絶え絶えのお姫様がいるわけだけど……。


「もうじき、着くからねー?」


 背後に向かって叫ぶ。


「むひーっっ」


 途中で買った補助座席をくっつけて、お尻の痛いベイトリーシュを座らせたけど、そもそもこれは乗っていてあまり快適なものではない。フロントガラスの後ろにいる運転手のわたしと違って、風をもろに受けるから超絶寒い。そんな辛い状態で、よくベイトリーシュは耐えたと思う。けなげで賞をあげよう。


 深緑に鮮やかな新緑の入り混じる谷間の小さな町、そこにむけてわたしは下降と徐行を始めた。この辺りに飛翔機を持っている人はあまりいないから、特に気を回さなくていいのは楽だ。前に住んでいた所では、そうはいかなかった。


 しゅううん……。田舎屋敷の脇、大きな納屋の前にエアナは静かに着地しかける。


 地面上にランディングボードが擦れる寸前、わたしは操縦席から跳び下りて、納屋の扉を大きく開ける。宙に浮き続ける機体の右引管を握って、中へそろそろ引っぱり入れた。


「お疲れさん。着いたし、降りてええよ。ベイトリーシュ」


「はっ、はい」


 ぎくしゃくした動きで、ベイトリーシュは毛布の上のシートベルトを外した。そのままふらふら降りようとして、むしろずり落ちかける。見かねてわたしは、お姫様を背中から支えた。


「ウーにゃん! 戻ったんかいな……」


 納屋入口の方から、きんきんした声が聞こえた。


「っってー! 何やのん、そのかさばる子ぉはー!?」


「……おばちゃん、ごめん」


 振り返ると、小さなとりがら伯母が立っていた。がっこーん、と口を四角く開けて。


「悪いけど、説明あとで全部するし。この子ちょっと面倒みといて?」


「いいけどぉッッ??」


「あの、ウーニャさん……」


「ごめん、ベイトリーシュ。……夜通し飛んだし、わたしも実は限界やねんか。ちょっとだけ仮眠さして……。話はまた後でな」


 ・ ・ ・


 わたしはどちらかと言うと宵っ張り、あんまり寝ない方だ。けれどさすがに今回は燃料切れ、ばてた。母屋の自室に入った瞬間、寝台の上にばったりのびてしまって記憶が飛ぶ。


 二・三時間くらい眠ったのだろうか。回復したわたしはむっくり起きて、寝台敷布に砂がざらついているのに気づく。あかん、上着すら脱がずにのびてしまっていた……。封印島へ長距離の往復をした上、騎士と魔術士と竜に対峙したのだ。防風防水加工に優れた飛翔服だって、そりゃ汚れる。


 はたいてから階下の台所に降りてゆくと、小っさい伯母とでっかいお姫様が食卓に座り、小指を立ててカップのお茶を飲んでいた。ほほほ。


「おや、起きたね。あんたも何か食べるか~? ウーにゃん」


「とりあえず、お茶ちょうだい。……ベイトリーシュ、大丈夫やった?」


「はいっ!」


 丸顔をにこっと輝かして、ベイトリーシュは笑った。


「おばさまに、おいしいものをたくさんいただきましたの!」


「でもって大まかな話は、ベイたんから聞きましたようん。とんでも冒険譚でないのよ~? そのうち、ネタに使うわ」


 巨大ポットから注いでもらったお茶のカップを受け取りつつ、わたしはがくっとうなだれそうになる。ネタ……。


「おばちゃん。ベイトリーシュは、リオネスの騎士団やらに目ぇつけられてるんやって」


「うむ、わかっとるし」


 この人レティシア・マーゴは、わたしの母方の伯母。マロニエ農家をやっている。その傍らで少年少女向けの読み物を書いてもいた。親族の中でも変人の呼び声の高い人だけど、わたしは伯母が好きだ。


 研究職の両親が遠方に滞在することになった当時、十五のわたしは学校へ行けず家に引きこもっていた。遠くへついていくのも、一人で残るのも大変だろうから、うち来たら~? と軽くわたしを引き受けてくれて、今にいたる。


 この過疎の町で、わたしは再び人と普通に話すことができるようになった。……まあ、わたし基準の普通であって、他人と話すのは元々あまり得意じゃないのだけど。


「と言うかね~、さっすがユーリさんやねぇ! 時間を巻き戻してやり直しなんて、そんな気の利いた魔法はどこでも聞いたことあらへんわ。おじいさんの独自発明の術なんかね?」


 変人伯母は、とにかく博識だ。人生これネタ探しと言ってはばからず、作品の素材になりそうなものを積極的に探り漁っている。各国に伝えられた古魔法だとか、現在戦略魔法として使われている術のことも人よりよく知っている。もちろん本人はさっぱり使えないが。


「ユーリ様ご本人も、そんな風に仰っていました」


 伯母が差し出した栗粉せんべいの大皿から優美に一枚を取りつつ、ベイトリーシュが言う。ここに着いた時、乱れてもしゃもしゃ大爆発状態だった金髪おさげが、今はきれいに編み直されていた。


「ふうむ。と言うことは、悪役リオネス騎士団とリリリカ魔女の末裔は、ベイたんの身に何が起こったのかを知り得ない、ちゅうこっちゃな?」


 伯母はきりっとした顔で唇をとがらせ、深刻そうに腕を組んで言う。


「悪……」


「かわゆいお姫(ひい)さまをよってたかっていじめるやつらを、悪と認定せずに何と呼ぶねんッ」


 いや、リオネス帝国全体が悪と言うより、わたし達の会ったあの一味が局地的に悪いような気もするのだけど。学術騎士の一隊と、魔術士のお姉さん……。彼らはどうなったのだろう。あの石柱洞窟から無事に脱出できたとして、リオネス騎士団はこの一件を公表するのだろうか?


「今朝の新聞に、それらしいことは何も載ってへんかったよ。まあ時間的にみて、事件事故として発表するにしても明日以降になるんと違うか。ウーにゃん、あんた空をつけられたりはしいひんかったやろうな?」


「ないと思う」


 わたしは栗粉パンの厚切りに、塩バターと栗花はちみつをどっぷりつけた。大口を開けてかぶりつく、うまー。


「そもそもが、封印調査と解除のことからして極秘扱いやったのやろうな。ま~、リオネス騎士団と魔術士団にやっつけられたはずの大怪獣を、もう一回召喚して今度は国のために使役しようだなんて……。そんな激やばい話、リオネスの一般市民が聞いたら猛反対するに決まっとるわ」


 もごもご噛む合間に、わたしは伯母に聞いた。


「おばちゃん。リオネスのやつら、ベイトリーシュを連れ戻しに来ると思う? こないな所まで」


「ごっくんしてから話しよしって、もー。んまあ、あんたがどこの誰なんかは向こうさんは知らんわけやし~、それにベイたんが人間に戻ったちゅうこともわかってへんのやろう? 国境越えて、こんな辺鄙な所まで来るとは思えんなあ。ま、念には念を入れて、今のうちにさっさと準備しといた方がええで。先手必勝、対策したもんが世を制すんや」


「あの、準備って何ですの? おばさま」


 小柄な伯母は、大きなベイトリーシュを見上げる形になる。


「ベイたん。あんた本当に絵になる、ふかふかお姫さまやけどな。何をどうしても目立ち過ぎやねん。そのかっこう」


「えっ」


 確かに。わたしも伯母に完全同意だ。ぞろっとした長い白のおスカート、ちょっと見はケープみたいにも見える藤色のももんが袖カーディガン。でっかい足が履いているのは柔らかそうな革のサンダルだけど、この地域の女の子はまず履かない代物だ。


「ウーにゃん。これから町へ行って、ベイたんに今の時代のお洋服一式、みつくろったろ!」


 わたしは伯母にうなづいた。


「……で。あんた、ベイたんはそのまんまに見えるんか?」


「うん、おばちゃん」


 そこだけ低く、さらなる早口で交わされた伯母とわたしの会話は、ベイトリーシュの気には留まらなかったはず……だと思う。


 ふかふか大容量の蜂蜜みたいな金髪の頭を傾げ、青い円(まる)い目をぱちぱちさせて、お姫様はあまり状況を飲み込めていないらしい。けれど平和そうな表情には、不安そうな様子もなかった。


「よ~し。ほんではベイたん、六十年の時を越えて起きて、竜になって戻って。おしり苦行の長旅終わった後やけど~、ここんち地元の町に繰り出すで。ついて来(き)よし」


「は、はいっ?」


 きりっと言った伯母につられて、お姫様とわたしは台所の食卓から立ち上がった。

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