16. 竜のつばさの眠り姫
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「ほがっ!」
あんまり優美でもない一声。
毛布にくるんで、エアナフロイの脇地面に転がしておいたお姫様は目覚めた。わたしは操縦席から、首をのばす。
「起きたん?」
ベイトリーシュは駐機場の地べたに横たわったまま、わたしを見上げて口を四角く開けた。
寝てる時もそうだったけど、黙っていればかわいいのに。このおもしろ表情……。しかも毛布および自前の大容量金髪にもこもこくるまったままで、何と言うか……うん、巨大みのむしだ。
「うううウーニャさぁぁぁん!? わーたーくーしーはぁぁぁ?」
「しー。まだ寝てる人いっぱいおんねん、静かにしてな」
「こ、こここはいずこなり!」
むくり、と身を起こしたみのむしは、脱皮しかけてぎゃふっと前のめりになる。
「ぶひぃぃぃたたたたぁ、おおおおしりがぁぁぁっ、痛たたたた」
しまった、打撲のことはわたしも忘れていた。エアナを降りてベイトリーシュの傍にしゃがむと、呻きながら腕にしがみつかれた。
「大丈夫?」
「いえっ、いいんです……ベイトリーシュのお尻なんてっ。それより何より、ウーニャさんは無傷? お怪我はあああ!? て言うよりわたくし、何で人間に戻ってますのぉぉぉ」
痛いのを我慢する壮絶悲壮表情で、ひとの心配をしてくるお姫様。自分が悲しみのどん底にいるのに、どこまで純に優しいのだろう、この子は。というかいたんだこういう女の子が、……同年代の女の子が。
胸の中がいっぱいに温かくなったから、わたしは何も考えずにベイトリーシュを抱きしめた。……金髪がもこもこ鼻に入る……うえっぷ。
「わたしは無事で、ベイトリーシュは元に戻った。じっちゃんの遺した魔法に護られて、わたしらは無事やねんか。でもってここは、ルイーヒ島の天幕村・駐機場」
「ぷひッ? で、では竜の被害は」
「大丈夫。どこの村も町も、壊されてへんよ」
かた、かたかたかた……それでがくっと脱力したのか、お姫様は震え出した。わたしは地に落ちた毛布を引き上げて、もう一度ベイトリーシュの背中から覆う。
祖父は最後の切り札をわたしに、……いや。ベイトリーシュに、遺してくれていた。
魔術の使えないわたしに、その仕組みだとかがわかるわけはないのだけど。たぶん腕環それ自体に、祖父はその術をかけておいたのだ。
状況から見るに、それは≪時間を巻き戻す魔術≫。ベイトリーシュの竜の呪いが発動する前まで、その状態を引き戻してなかったことにする、いわばリセットの術だ。おそらく祖父は六十年前にもこの魔術を使って、ベイトリーシュの変身を解いたのに違いなかった。
根本的なところは何も解決していない。竜の呪いはそのまんまだし、それに囚われてベイトリーシュが過去に祖国リリリカを滅ぼした事実も変わらない。……けれど。
「……けど。起きた後に目いっぱい、どうしよかってやり直し修正を考えられる魔法ではあるんよね」
こくり、ベイトリーシュは丸顔をまじめに引き締めて、うなづいた。
「……せやし、わたしと行こ。ベイトリーシュの呪いを解いて、どうにか普通に生きていける方法を、一緒に探すから」
「……ウーニャさん」
ベイトリーシュはおでこと口元を、しわしわにしている。感極まってる?
「そこまでしていただいても。わたくし、なんにもお礼ができません」
「何言うてんの。あんたかて、わたしのこと助けてくれたやん?」
よっこいせ~、とわたしに引っ張られ、お尻の痛いベイトリーシュはばば臭く立ち上がった。
「きっと何とかなるし……。何とかしよ。二人で」
ぶひ・ぐしゅん、とベイトリーシュはしゃくりあげた。
「……わたくし。長いこと眠ってて、良かったです」
「え?」
「ウーニャさんに、会えたからぁ」
でっかくかさばる小っさな女の子は、またしても泣きそうだった。唇を引き結んで、頬っぺたを丸く膨らましている。こういう表情の女の子に、わたしはどう答えるべきなのだろうか。
「……うん、がんばろう。と言うか、さっそくやけどベイトリーシュは、どうにも頑張らないとあかん事態なんよ。これから」
「はい?」
封印の置かれていたあの柱状節理の島から、わたしは破れかぶれの脱出を果たした。
補助席もなければ安全帯もぶっちぎれてしまった今(……リオネス騎士のやつらめ……)、気絶したベイトリーシュを運ぶのは至難の業だった。もう本当に仕方なく、わたしの操縦席足もとに転がして運転するしかなかったのだ。お姫様を(しかも巨大な竜だったのを)足蹴にしてばちがあたりそうだったけど。わたしは革長靴を片方脱いで、機体とベイトリーシュの胴体の隙間に突っ込み、つま先でアクセルを押しながらここまで海の上を飛んできたのである。つりそうだったよ。
ゆっくりでも八十キロ飛べたのは上出来。どうにも給油したいとだめな所まで来たから、ここに着地してベイトリーシュが起きるのを待っていたのだ。
「ここの隣に給油場があるし、そこの売店で座席買う。それつけたら、わたしんちまでとばすで」
「お、お座席を……」
「……つまり、な。うちまで飛翔する間、そのお尻で座って我慢せないかん」
「……」
「……安全帯して、両手でつかまる方のがええ? 違法やけど」
「頑張りますわぁぁっ」
ぶひっ! ちょいと涙目になりかけているが、亡国のお姫様は健気に鼻息を荒くついた。
「わたくしを。連れて行って下さいまし! ウーニャさんっ」




