14. 災厄は目前に
ぐるるる、るう……ばふッ。
ほんのちょっぴりの炎が、口から出かけて止まったらしい。あれっ、とわたしは思う。
――もしかして……。ちょっとだけ、ベイトリーシュの自我がある!?
「せやでー、ようできたよー! その調子で落ち着こ、なー! ベイトリーシュ!」
島の村が、近くなっていた。そこでうろうん、と竜は宙にとどまる。ゆっくりと巨大な翼をはばたかせ、空中で立ち泳ぎをするように浮いている。わたしは竜の頭のそばに、エアナを寄せた。
「大丈夫。わたしがずっと、ついてるから! 落ち着いて元に戻ろ、ベイトリーシュ」
ぎざぎざ牙の生えそろった口をぱくぱくさせながら、竜はぶるぶると頭を震わせている。わたしは、はっとする。涙を流して濡れていた竜の瞳が、いま紫色の光を帯び始めていた。
『もうだめなんですの、ウーニャさん。わたくしは、竜に勝てません……。にげて、お願い。どうか遠くへ逃げてください』
ぎらぎら光る瞳の奥底、消えてしまいそうなベイトリーシュの……あのお姫様のやさしい想いが伝わってきた。やっぱりだめなのか。ベイトリーシュは、竜の本能に飲み込まれていく所なのだ。
「いやっ。そういう所でこそ、諦めたらあかんと! じっちゃんもよく言うてたよ!」
獣になりかけている竜の瞳が、一瞬やわらかく青みを帯びた。
――ん、じっちゃん? ああ、今この場に一番いて欲しい人やん……! 何とかならへんのかな!
『……たくしが竜を、とめてみます……から。お願い、にげて……』
見つめ合ったその瞬間、わたしは竜の瞳の奥にベイトリーシュのやさしさを見た。
ぐうううっ、しかし竜はすぐに頭を上にもたげ、げっぷ準備を開始したらしい。
「えーっ、ちょっとぉぉっ」
竜の前脚、その下の巨大なる肉球(そう、確かについてたのだ)が、ふわーとわたしのエアナを正面から押す。
『にげて、ぶじで』
エアナごと、ぐうと後ろに押しやられる。竜が長い首を丸め、自分の胸あたりに頭をくっつけているのがわかった。炎が口の端から漏れ始めている。
わたしは察した。ベイトリーシュは自らの炎で、身体を焼こうとしている。頭が真っ白になりかけた。
――じっちゃーん!
祖父は正しかった。ベイトリーシュ姫は、≪小っちゃな女の子≫だ。
自分の丈に合わない、強大過ぎるものを無理やりに背負わされて、その痛みの中に苦しむことを義務付けられた小さな存在。わたしと同じ、ちっぽけ過ぎる人間なのだ。
祖父はどうして、彼女を救いたいと思ったのか? かわいいから恋をした? いや違う、当時すでに祖父には彼女がいた。わたしの祖母。
王女が裁かれて罪を背負うのは理不尽だと思った……祖父ユーリはそう言っていた。
それはそうだ、ベイトリーシュは利用されただけで誰かを傷つけようとか殺そうとか、故国を滅ぼそうなんて考えたはずがない。あのお人好しの、優しい子が。あんな姿になって、さぞ苦しかっただろうに、わたしを気にして解放に来たベイトリーシュが。
……わたしはまじめだ。だからベイトリーシュがこんな風に、竜の呪いに泣かされ苦しめられるのを、黙って見過ごすわけにはいかない、決して。
しかし。まじめだが無力なわたしは、いったい全体この事態に何をどうしたらよいのだろう? 神頼みどころか亡き祖父だのみ、しか頭に浮かばない……。
じっちゃん!!




