洗脳実験
「できた……と、思う」
私の手の中には、円形の金属板の中央に空いた穴に細い鎖を通したネックレスのようなものができあがっていた。
お姉ちゃんが私の手の中のネックレスもどきを見ながら「これが洗脳の道具……ねぇ?」と漏らす。
声の感じから言って、懐疑的なようだ。
作り出した私が言うのも何だけど、私も同じ気持ちではある。
信じてないというわけでは無いけど、こんな簡単な仕組みのものが効果を発揮するのかと言われると、断言できるほどの自信は無かった。
「試してみよ~~!」
明るい茜ちゃんの発言に、私はそれしか無いかと思って頷いた。
ただ、問題がある。
「実験は良いけど、どうやって確かめようかしら?」
委員長が口にしたとおり、どうやって……つまり、方法が問題だった。
そもそも洗脳の道具の実証実験である。
つまりは誰かを洗脳しなくてはいけないということだ。
心理的に言えば、洗脳されたくはないし、道徳的に言えば、人を操るのはいいことではない。
更に、どんな内容で意識を書き換えられるかも問題だ。
多分それは皆も感じているし、考えていることなんだろう。
しばらくの間は、誰も発言しない時間が続いた。
「あ、はい、じゃあ、私が試してみる」
そう言って手を挙げたのは千夏ちゃんだった。
直後、ユミリンが「なんだか、もの凄く嫌な予感がするんだが?」と言う。
対して千夏ちゃんはニッと笑みを浮かべて見せて「あら、このアイデアは、最終的には貴女の助けになると思いますわよ」といかにも芝居がかったセリフと態度で、ユミリンに手を差し出した。
眉間に深い皺を刻みながら、ユミリンは「……助けになるぅ?」とグッと千夏ちゃんに顔を近づける。
なかなか迫力を感じる険しい顔のユミリンに、千夏ちゃんは私の手から催眠道具を手に取りながら笑みを深めた。
「そう、この凛花ちゃんの作ってくれた道具で、あなたを勉強大好きにしてあげるわ!」
会心の笑みを見せる千夏ちゃんに、ユミリンは何も言えないらしく、僅かに眉間の皺を深くする。
グイッと手にした催眠道具をユミリンの顔の前で揺らしながら「早速試しましょうか?」と千夏ちゃんは問い掛けた。
「確かに……勉強が好きになるのは、いい効果かもしれないね」
まどか先輩はそう言って苦笑した。
「洗脳とはいえ、勉強が好きになるなら、良いことに思えるわよね」
お姉ちゃんは腕組みをしながら深く頷く。
皆も概ね納得できるだけに、否定や止めるような意見は上がらなかった。
そうして、しばらくの沈黙を挟んで、ユミリンは大きく溜め息を吐き出す。
「……まあ、私も妙案だと思うわ」
諦めの滲む声音でそういったユミリンは「よし、じゃあ、やってくれ」と千夏ちゃんを真っ直ぐ見て自分の胸を叩いた。
「使い方は、相手の目の前で左右に振って、暗示を掛ければ良いのよね?」
千夏ちゃんは私を見ながら、そう尋ねて来た。
明確な使用法が頭に浮かんでいない私は、確証がなくて申し訳ないなと思いながら「たぶん」と、頼りない返事をすることしか出来ない。
煮え切らない私の反応に対して、千夏ちゃんは「じゃ、試してみれば良いよね」と言いながらユミリンを振り返った。
ユミリンは改めて大きな溜め息を吐き出してから「……わかった、ほら、早くしろ」と言う。
「その意気や良し、よ!」
満足げに笑みを見せた千夏ちゃんは、ユミリンの顔の前にネックレスもどきを垂らした。
私たちがいる桔梗の間は、壁に電気がスイッチがあるのだけど、一般的なオンオフでは無くて、ダイヤル式のものが使われていた。
ダイヤルを左右に回転させることで、灯りのオンオフができるのだけど、この度合いによって、灯りの強さが変わる。
暗示を掛けるのには暗い方が良いだろうと言うことで、オカルリちゃんはつまみを調整して、ナツメ球よりも更に暗い、どうにか家具の配置を確認できる程度の明るさにした。
そんな中で懐中電灯を使って、細い鎖の繋がったドーナッツ状の金具が闇に浮かび上がるように調節されている。
そん中でユラユラと金属独特の光沢を放ちながら左右に大きな弧を描いて揺れるのを見ていると、意識を書き換えられてしまいそうな雰囲気を感じて、私は焦点を円盤から逸らした。
「貴女は勉強が好きになる」
千夏ちゃんは円盤を揺らしながら、何度も同じ文句を繰り返していた。
私は焦点を反らしたけど、ユミリンはじっと左右に揺れ動く円盤をじっと見つめている。
みんなが暗い部屋の中で、そんな二人の様子を見続けてしばらく、私は一つの疑問を抱き始めていた。
これ、いつ終わるんだろうか?
そもそも洗脳って、自覚があるものなのだろうか?
私の中には答えがない疑問にすぐに答えを求めたくなってきた。
ただ、状況は儀式の真っ最中であり、ここで声を上げれば、空気ごと壊してしまう。
好奇心の疼きを必死に抑え込みながら、儀式の開始前に確認しなかった自分の思考力の足りなさに公開を覚えながら、千夏ちゃんが終わらせる時をただ待ち続けた。




