女剣士は令嬢と共に 中2
あれ? 短編って言う割には長くなっているような……。
朝練習前に一悶着があったとはいえ、秋穂は一度、姉に叱られていることもあって練習では気持ちを切り替えて臨んだ。
それは奈月も同じ。元より奈月は1つひとつの出来事を引っ張って「練習に集中できない」ということがない。
ただしそれは、あくまで「練習では」という話だった。
「あぁぁー!」
お昼休み。上手くいかなかったことに対する鬱憤を声に出し、奈月はいつもお昼の弁当を食べている中庭の一角で備え付けのテーブルで顔を伏せ、頭を抱えた。
「汚れるわよ、奈月」
「おっと!」
そのテーブルは作られて以来、ずっとそこに設置されている。雨風をしのげるような屋根や傘があるわけではない上に、そこは掃除分担されていない場所なので、とても「清潔」とは言えない。
そこに弁当を置けるのは、弁当を包んでいる布があるからだ。
半袖で制服が汚れることはないものの、奈月の顔や肘が汚れてしまう可能性を沙希は指摘したのだった。
「その様子では上手くいかなかったみたいね」
「そうなんだよぉ〜! 『余計なことをしないで!』って言われちゃった……」
「普通では考えられないことが起こってる部活って、退屈はしないでしょうけど苦労はあるわね」
普通では考えられない……というのは、1年生である奈月が練習試合とはいえ、2年生のチームに抜擢されることだ。
2年生の人数が少なくて、チーム結成すらままならないというのであれば、まだあり得る話ではあるが、紅ヶ原の剣道部ではそういった人数不足で悩まされることはない。
そういった意味では、奈月の存在はイレギュラーとも呼べる。
「はぁぁ! なんで剣道には団体戦ってのがあるのかなぁ! 単体でいいじゃん……!」
「何を言っているの。技を磨いて競い合うものだとはいえ、そもそも戦は1人でやるものじゃないでしょう?」
「それはそうだけど……」
奈月の「我儘」とも言える発言に、沙希は冷静に突っ込んだ。
そして更に、奈月にとって少し厳しめな発言を続ける。
「私は奈月の団体戦に対するトラウマを知っているけれど、知らない人からすれば奈月のそれは我儘だと思われるんじゃない? こんなこと言っては何だけど、練習に出られない日があっても実力は毎日出ている人よりも上で、終いには個人戦は出るけど団体戦は出ない……だなんて、今までよく仲間外れにされなかったわね」
「……じゃあ、沙希ちゃんはボクに『出ろ』って言うの?」
「そうは言ってないわ。まあでも、奈月が断ったりせずに出るのが1番『楽な解決法』だとは思うわ。けれど、話を聞いている限りでは普通に2年生でチームを結成して練習試合に臨む方向になっているんだし、それはそれでいいんじゃない?」
「そう……なのかな……?」
「小池秋穂もそれで納得しているのだから、既に解決だと思うわ。これ以上、奈月がどうこう言ったりするのは逆効果よ」
沙希の言っていることは、客観的に見た正論なのだと奈月も理解していた。
しかし。奈月はどこか納得が出来なかった。
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誰に対して気丈に振る舞っていたとしても、意外と心の中は気弱になっていることもある。
同じ部活の仲間に対しても、クラスメイトに対しても、教師に対しても、両親に対しても、そして姉に対しても。
誰に対しても気丈に振る舞い続ける小池秋穂は、誰にも見えないところで気弱になっていた。
(何が天才よ……!)
かつて、天才だと周りから言われていた頃。世界の……いや、日本の広さを知らなかった頃。
本当に自分は剣に愛されているのだと思っていた。
けれども、決して才能と周りの評価に付け上がることなく、自身を律して鍛錬に励んできた。
(何が天才よ……!)
始めは姉に続き、やがては姉と並び、そして姉以上に励むようになった。
その励みは実って勝利を収めると、自分の励み方に自信を持つことができるようになる。
あの時も、自信と誇りを持って仲間と並んだ。
(何が天才よ……!)
その戦い自体は勝利を収めた。しかし、自分はというと、これまでに感じたことのない程、圧倒されて負けた。
噂は聞いていた。その女剣士がとてつもなく強いという噂を。
相手がどう思っていたのかはわからない。決して敗者となった自分を蔑んできたわけではないが、そもそも意識していてくれていたのかすら、秋穂にはわからなかった。
(何が天才よ……!)
その日以来、秋穂は「自分は天才なのではなく、凡人」なのであるということを自身に言い聞かせることとなり、周りも秋穂を天才だと呼ぶことはなくなった。
(私は、天才……なんかじゃない!)
今もずっと、そうやって自分に言い聞かせている。
放課後の練習を終え、仲間や姉と一緒に帰ることを雰囲気で拒んだ秋穂は1人で下校していた。
時刻は19時近く。夏だということもあり、まだ完全に真っ暗ではない。
考え事をしながら歩いていた秋穂だが、途中で足を止めた。
「…………」
すれ違う形で歩いてくる男子生徒が、あからさまにこちらを見ているからだ。秋穂は不思議と、その男子生徒に警戒心を抱いた。
スポーツマンというほど爽やかさはないし、文化系と思えるほど「何か」をやっているようには見えない。
かといって「何もしていない」という風にも見えず、不思議で不気味だった。
(あの制服は……琥珀ヶ関? 似ているけど、ちょっと違うような……。それよりも)
いつまでも足を止めていては、むしろ自分の方が怪しい。
そう思った秋穂は、警戒心を抱きながらすぐにその男子生徒とすれ違おうとした。
―――しかし。
「剣士の嘆き、聞こえたぞ」
「…………」
その男子生徒は、ちょうどすれ違おうとしたタイミングで立ち止まり、横目で秋穂を見ながらそう言った。
その発言は、今の自分に対して意味のわかるものだ。だが、その男子生徒と会ったのは今この時が初めてであり、会話を交わしたこともない。
もし、心を見透かされていたのであれば、それはそれで恐怖である。
剣道に対して気弱になっているとはいえ、秋穂は冷静な判断力を失っておらず、ここは無視して通り過ぎるのが得策だと瞬時に判断したのだ。
「おやおや、俺は君に対して言ったんだがな」
秋穂は肩を落としながらも振り返り、男子生徒に問う。
「もしかして、私に言ってる?」
「そうだ。他に誰がいる?」
「ふーん。悪いけど、私はあんたのことなんか知らないし。わけのわからないこと言って、気を引こうと話しかけるのやめた方がいいと思う。はっきり言って気持ち悪いから」
「……率直だな」
秋穂の言葉に、今度は男子生徒が肩を竦めた。
「それじゃあ、私はもう行くから」
「待ちなよ。俺はちゃんと、君の嘆きを聞いたんだけどな」
「だから何? 悪いけど、忙しいから相手してる場合じゃないの。これ以上、付き纏うと言うのなら、警察に通報する」
「それは勘弁して欲しいな。だけど、俺は君の力になれる。君を勝利へと導ける」
「気持ち悪い」
「これを見ても、そう言い続けられるかな?」
男子生徒がそう言いながら通学鞄から取り出したのは、団扇に似たようなものだったが、一般的に見て、団扇と呼ぶには独特な形をしていた。
「それって、軍配? そんなものがなんだって言うの?」
「そんなもの、とは心外だな。これは戦に於いて勝利を収める為には必要なものだ。かつては戦に勝利できるよう、日取りや時間を占う為に必要なものだったが、俺のこれは勝敗を決めることが出来る」
「…………は?」
軍配が戦国時代にどう使われていたかはともかくとして、今実際に男子生徒が持っている軍配の効果が意味わからなかった。
「とてもじゃなく付き合いきれない。金輪際、私に話しかけないで」
「ああ、今日はこの辺にしておく。だけど、俺が持つ軍配の効果を体感してみるといい」
「もういいから」
そう言って離れようとする秋穂に向けて、男子生徒は軍配を煽った。
生温い風が、ほんの少しだけ秋穂に届いた。
「…………」
だからといって、何かが起こったわけでもなければ、変わったような気すらしない。
秋穂は最後に男子生徒を「キッ」と睨んだ後、足早にその場を去った。
男子生徒もそのまま下校を再開したのか、秋穂の後についてくることも無かった。
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火曜日の放課後はバイトがあって練習に参加出来なった奈月だが、翌日の水曜日も参加が出来なかった。
剣道部内では「水曜日もバイト」という風に見られているが、実際は違う。
奈月は沙希と一緒に、ボロさが目立つ建物『旧・虹園塾』へと、床を軋ませながら入っていった。
「お疲れさまでーす!」
「ご機嫌よう」
いつも通り、奈月は元気よく入っていき、沙希は上品に入っていくと、現在の管理者である針岡と少し前に引き継ぎを終え、新たに琥珀ヶ関工業高校の代表者となった金子奏太がいた。
奈月と沙希は奏太との面識がなく、まだ話したことがない。故にまだギクシャクしており、奏太も自ら進んで女子2人と会話する気にはなれなかった。
奈月と沙希の2人が席に着いて他愛のない会話を2人で繰り広げていると、最後の出席者……瑠璃ヶ丘高校の代表者である雪消涼が静かに入ってきた。
名前には「雪を消す」というようなイメージがあるが、実際は能力と同じように冷ややかである。真面目一徹な性格である雪消は、時間通りだというのにも関わらず「遅れてすまない」と言った。
いつもなら、それで「定例報告会」が始まるが、雪消の後に続いてもう1人入ってきた。
「あ、透夜!」
「あら、透夜」
「ん!? ……透夜?」
つい先日、沙苗の家で再開した奈月と沙希は、この場に黒山透夜が出席すること自体に驚きはしたが、出席した意味を瞬時に理解し、歓迎した。
一方、何も聞かされていない奏太は、黒山がここにいる意味を理解できずに驚いたままだった。
「おー。そういや皆、透夜とは見知った仲だったなー」
針岡はやる気のない話し方で意外な共通点を公開した。
奈月と沙希は小学生の頃、ほんの一時期だけ一緒に過ごした仲だが、奏太は中学生の時にクラスが一緒だった時がある。
奏太はその時から黒山のことが苦手で、それは今も変わらなかった。
「旧交を温めるのも良いが、本題に入ろうか」
針岡に変わって雪消が冷ややかな声で、奈月と沙希と奏太の3人の意識を報告会に向けさせた。
「あー、そんなわけだから本題に入るぞー。今日は特にこれといって報告事項を聞いてないが、報告したいってやつはいるかー?」
針岡がいつも通りのやる気が無さそうな言い方で司会を進行する。
すると、まだ発言するのに慣れていないのか、奏太が少し遠慮がちに手を挙げた。
「んー、どしたー?」
「ここ最近、『剣士』に襲われる生徒が多いらしい。俺も探ってみたけど、被害者の共通点が全く無ければ、加害者も1人ではないみたいだ」
奏太には『集められる為の硝子棚』という能力があり、能力を使用した対象の今まで生きてきた人生を1つの知識として得ることで情報を収集し、それをコレクションとして保存することが出来る。
今回の事件について噂を聞いた時から、前任者の助言に従って(助言というよりかは半ば命令)情報を収集したが、犯人を特定することができなかった。
「……つまり、金子君の能力を持ってしても何もわからなかったと?」
「いいえ」
雪消の容赦ない率直な発言に、奏太は内心「ムッ」としながらも、冷静さを欠くことなく否定した。
それはもちろん、負けず嫌いでの否定ではない。犯人の特定には至らなかったが、動機や犯人や特徴以外の共通点を見出していた。
「犯人の姿形、性別こそバラツキはありますが、必ず攻撃に竹刀を使っているということが共通点として挙げられる。しかも『只の竹刀』ではなく、天利さ……奈月のように竹刀が持つ本来の攻撃力よりも遥かに上のものであるとあるということです」
「ふむ。となると、これは重度の中二病患者に関係した事件であり、集団的……あるいは疎らに能力を振り掛けられたようなものであるということか」
雪消は右手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げて推測を述べた。
その推測に奏太は頷いた。
その直後、話を聞いていたのか聞いてなかったのかわからないほど虚ろな目をしていた黒山が、奈月の方を向いた。
「奈月、心当たりはないか?」
「な、ないよ! 透夜はボクを疑っているの!?」
「違う。相手が竹刀を使っているということは、奈月の身近な人間が加害者になっている可能性もあるということだ」
「あ、そういうことか。それなら大丈夫! 怪しい行動をしている人なんて1人もいないから!」
「……そうか」
黒山は、最初から奈月の心当たりに期待していたわけではないのだろう。奈月の否定にあっさりと引き下がった。
そして誰もが口を閉ざしたところで針岡が軽く右手を挙げて、定例報告会のまとめへと進める。
「あー、そんなわけだから各自、周囲に警戒することー。可能であれば解決に進むのが望ましいが、ダメなら来週の定例報告会で報告してくれー。もしまあ、ちょっとヤバそうなら、連絡してくれりゃぁ、臨時の集合をかけてやるからそのつもりで頼むなー。透夜、涼の代わりにまたいっちょ頼むぞー?」
「わかった」
「んじゃ、かいさーん」
黒山は他の代表者を見ることなく雪消と共に退出し、黒山が代表者になるのだとようやく理解した奏太は、あからさまに不満を顔に出しつつも、黒山たちに続いて退出した。
「奈月、行くわよ」
「あ、うん」
奈月も沙希に続いて、旧・虹園塾を後にした。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
この話を書こうと思った時に比べて、思ったより長くなってしまっています。
かつては特に考えなかったことですが、事件勃発までの出来事→事件勃発→犯人特定→解決法の模索→解決→結末・まとめ
というのを順序よく描写しようと思うと、どうしても長くなってしまいます。実のところ、書き始める時は、事件勃発までの動機と事件の内容。そして解決法。の2つくらいしか考えずに書き始めてしまうので、書きながら話を盛り込んでいく、というのが現在、私の状況です。
少し、サブタイトルに後悔しています。奈月メインの内容ですが、出来るだけ沙希の能力が使えないという制約を考えると、もっと違ったサブタイトルが良かった気がしてます。
ほとんどスピンオフみたいになっていますが、まだまだお付き合い頂けると幸いでございます。
それではまた次回。来週も読んでくださると嬉しいです!




