女剣士は令嬢と共に・中
練習が終わった後、奈月は1人で下校した。
登校は沙希と毎朝一緒に出来るが、帰りはその限りでない。奈月の部活が終わるまで学校でやることがないというのもあるが、1番は沙希にも習い事があるということだ。
小学生の頃程、スケジュール詰め詰めでやっているわけではないが、それでも必要最低限「やらなくてはならない」と言われていることはやっている。
むしろ、2人が一緒に下校出来る日は水曜日と金曜日くらいだろう。水曜日は、瑠璃ヶ丘高校・紅ヶ原女子高校・琥珀ヶ関工業高校の3校、それぞれ担当している代表者が集まって開かれる「報告定例会」があり、金曜日は奈月のバイトがあれば途中まで。無ければ、合流地点まで一緒に帰ることが出来る。
今は夏休み直前の7月末。日没までの時間が長くなっており、まだ外は真っ暗ではない。
気温の高さに汗ばみながらも、鳴き続けるアブラゼミの鳴き声をBGMにしながら(?)家に向かって歩く。
「今日は、寄っていこうかな……」
女子高生が出歩くには両親に心配される時間になりかけているが、奈月には心配してくる親がいない。親ではないが、沙希が心配してくるくらいだろう。
そんな奈月が寄っていこうと思っている場所は、借りているアパートの近くにある道場である。奈月は剣道部以外にも、たまに道場に通って剣道の稽古をしている。
この道場には小学生の頃、施設を運営していた虹園から竹刀をプレゼントされて以来、ずっと通っている場所なので、寄っていくのに抵抗感は少しもなかった。
「…………よし!」
奈月は迷いを振り切って、剣道を始めた頃のことを思い出しながら道場の中へと入っていった。
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「珍しいなぁ」
「え?」
奈月が1人でも出来る基本的な練習をして、部活後の身体を温め直すと、師範が声を掛けてきた。
髭をしっかりと剃り、道着もきっちり綺麗に着こなすその姿は、まさに「清潔」という言葉こそ相応しい。
奈月が師範の方へ振り向くと、彼は柔和な表情で奈月を見ていた。
「先生……ボクってそんなに久々にここへ来ましたっけ?」
奈月にそう問われ、師範は「フフ」と小さく笑った。壮年ではあるが、長らく剣道をやってきた経験が雰囲気に出ているのであろう。同世代に圧倒的な強さを見せる奈月でさえ、剣道に対して本気の姿勢を見せる時、師範が放つ「剣士のオーラ」には「敵わない」と思わされる。
奈月がそう思っている一方、の師範は温厚な性格で、奈月に対して「奈月相手には勝てないかもしれないなぁ」と何度も言っているが―――
「どこか迷いのようなものを感じさせるなぁ。何か悩みでもあるのかなぁ?」
「……そんなに違って見えますか?」
「うん、もちろん。こう見えて私は、奈月が小学生の頃から奈月の剣を見てきたんだよぉ? いつもと剣筋が違うことくらい、一目でわかるともぉ」
話し方こそは気の抜けるようなものであるが、その目は確かに奈月の「内」を見抜いていた。
「実は……」
奈月は見抜かれたことに両手を上げ、団体戦の誘いから始まった秋穂との出来事を少しずつ、出来るだけ齟齬がないよう、丁寧に話した。
師範は終始、柔らかめの真剣な表情で奈月の話を聞き、話し終えてようやく口を開いた。
「確かに、奈月の言うこともわかる気がするぅ。だけれど、君に負けた小池秋穂選手にとっては、火に油ってやつだったかもしれないねぇ」
「…………」
「奈月は言葉通り、本当に負け知らずの剣士ではあるけれど、かつては小池秋穂も周りから天才だと言われていたんだぁ。そりゃぁ、プライドもあるだろうねぇ。だから、ライバルとも呼べる奈月に実力で勝れなかった挙句、試合に出してもらえるようお願いされていたとなれば、まあ、彼女の態度も納得がいくと私は思うかなぁ」
「ボクは、団体戦に出る気がないボクを出すよりよっぽど……って思ったんだけどなぁ……」
「そうだねぇ。このままでは平行線だろうから、まずは話してみるってところじゃないかなぁ。それか、奈月が大人しく団体戦に参加するとかぁ? ……まあ、今の状態で試合に臨んでも結果は見えているけどねぇ」
師範から見ても奈月は強い。試合に出た時、余程の事が起こらない限りは負けることはないと思っている。
しかし、それは「いつも通り」に剣を振れる奈月の場合だ。実際に試合をしたとして、この状況では試合に集中出来ずに負けてしまうと師範は予想した。
「取り敢えず、話してみることにします……!」
「うん。それが良いと思うなぁ」
師範はそう言って奈月に微笑みかけた。その微笑みに、奈月も微笑みで返した。
そして師範は他の生徒の元へゆっくり歩き出すと、途中で止まり、再び奈月の方を見た。
「相手だって人間だからねぇ。自分が思ったより上手くいかないかもしれないけれど、諦めちゃ駄目だよ?」
普段の砕けた感じではなく、真剣な口調。それは師範が本気で奈月に助言した証だ。
奈月はそれを素直に受け止めた。
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翌日の朝も奈月と沙希は一緒に登校するべく、いつも通りの場所に集合した。
お互いの通学路で分かれ道となる場所の近くにあるコンビニの前。2人は運命的に息が合うのか、ほとんど「どちらかが待つ」ということはなく、スムーズに集合して登校することが出来ている。
今日は奈月が先だった。それから5分ほど待っていると、沙希が上品に歩いてきた。
「おはよ、沙希ちゃん!」
「おはよう、奈月。……やれやれだわ」
「どうしたの?」
比較的いつも通りの明るさで返し、学校に向かって歩きながら沙希の愚痴を聞く。沙希は誰が見てもわかるほどに、うんざりした顔をしていた。
「いい加減に慣れてきた気もするけど、チラチラ見られるのは本当に不快だわ。一層のこと、はっきり見られた方がまだマシだわ。……いや、それもそれで嫌だけれど」
「沙希ちゃんは美人だもん! 色んな男の人が振り向いても、むしろ何もおかしくないと思うよ?」
「そうかしらね? むしろ、1番振り向いて欲しい男が1番無反応なのは、一体何なのでしょうね」
「それはまあ、同感かな……」
沙希は幼い頃から容姿に恵まれていたし、かつては「ボーイッシュそのもの」だった奈月も、高校生になってから変わった。
ショートカットだったり、私服にスカートが無い所など、根本的な部分はあまり変わってないが、少なくとも紅ヶ原女子高校の制服を着ている姿は紛れもなく「女子高生」だ。
しかし、再開したというのにも関わらず「とある男」は異性に対する意識と反応を全く見せなかった。
奈月はそれに同感したのだった。
「まあ、それはそれとして。奈月、今朝は本調子に近い状態のようね。何かいいことでもあった?」
幼馴染だけあって、沙希は能力を使わずとも奈月の気分を雰囲気で読み取った。
奈月に対して質問をする沙希も、ほんの少し笑顔だった。
「今日ね、秋穂とちゃんと話してみようと思うんだ!」
「ん。確かに、私もそれが良いと思うわ。剣道の先生辺りに助言でも頂いたの?」
「えっ!? そうだけど、なんでわかったの!?」
「言っておくけど、能力を使ったわけじゃないわよ?」
「ええっ……!」
沙希は「してやったり」と奈月に誇らしげな表情を向けた。
奈月に剣道を教えた師範に、沙希は会ったことがある。ほんの少し会話を交わしただけだったが、それこそ能力を使わずとも彼が「大人」だということを感じたのを今でも憶えている。
能力に目覚めて以来、父と一緒にパーティへ参加した中で様々な大人の心を『覗いて』きたが、ほとんどが黒い欲望を孕んだ者ばかりだった。
もちろん、中には社員や家族を思って、他の企業役員と付き合いを持つ者もいたが、奈月の師範ほど「優しく達観した大人」を見たことがなかった。
そして、その師範は奈月に何かしら助言をする場面も少なくない。
となれば、今回も道場に顔を出し、いつもと違う奈月に気付いた師範が助言を与えた……という出来事があったと推測することが出来る。
「何にせよ、お互いにどう考えているのかをちゃんと伝え合うのは、私も大事だと思うわ。……相手がちゃんと話し合いに応じるかどうかは別だけれど、まあ、そこまでお子様ではないと信じたいわね」
言葉に出てしまっているが、沙希のなかで秋穂の印象は良くない。というか、どちらかというと悪い。
女子の方が男子よりも精神的な成長が早いと言われているが、もちろん個人差はある。剣道に向ける姿勢は評価しているが、頑固で他人の意見を受け入れにくい性格は、沙希としては好ましくなかった。
だがそれでも、奈月は自信ありげな笑顔で「大丈夫だよ!」と右手で自身の胸を軽く叩いて答えた。
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「おはようございます!」
奈月は今日も元気よく扉を開けて挨拶をした。
格技室の壁際を見ると、そこには朝練習の準備に取り掛かっている秋穂が既にいた。姉妹で登校してきたのか、春美も準備に取り掛かっている。
奈月は遠回りしたりせず、まっすぐ秋穂の方へ歩き、目の前に立つ。
「おはよ、秋穂。話があるんだけど……」
「おはよう、奈月。話って何? ここで話せること?」
態度が今までよりも冷ややかなことには変わらないが、それでも秋穂は奈月の目を見て答えた。
「聞かれちゃ嫌なことじゃないから大丈夫! ……秋穂、ボクはね、団体戦に出たくないんだ。ボクが嫌々団体戦に出るよりも、実力とやる気がある秋穂が出た方がいいと思って、大森先生に提案したんだ」
「…………それで?」
「それで……だからその、ボクは別に、お情けのつもりで提案したわけじゃないってわかって欲しくて……」
奈月は一生懸命、自分の気持ちを言葉に変えて秋穂に話した。
すると、秋穂は朝練習の準備を中断して立ち上がり、奈月とほとんど同じ目線の高さとなった。
「奈月」
「……何かな?」
「それで私が喜ぶとでも思った? 事実、私は奈月に負けてしまったわけだし、私を出すくらいなら、よっぽど先輩方を出した方が良いと思う。……私ではまだ力が及ばないってこと!」
「た、確かに、先輩方を出す方がいいかもしれない。だけど、秋穂の力が及んでないってことはない! 勝利を収めたいのなら、秋穂の力が絶対に必要だとボクは思う!」
「気休めはやめて。とにかく、今回の練習試合は先輩方を出すのが1番! 奈月にお膳立てしてもらわなくたって、試合に出る権利くらい自分で勝ち取るから! 余計なことをしないで!」
話し合うはずが、お互いの意見を押し付け合うような形になってしまっている。
秋穂は奈月の意見を受け入れられなかった。奈月に負けたショックから自信を消失させていることもあるが、やはり奈月の行動は、秋穂にとってプライドを傷付けるものだったのだ。
自身の感情をぶつけることで頭がいっぱいになってしまっていた秋穂だが、姉である春美がわざとらしく咳払いをして我に返った。
「そ、そういうわけだから奈月。私は私自身の力で切り開く。だから、奈月の手助けは必要ないの!」
「……うん、ごめん。わかったよ」
これ以上、意見を言うのは逆効果になってしまうかもしれないと判断した奈月は、少し肩を落として朝練習の準備に取り掛かった。
すると、春美がやってきて、他の部員には聞こえない程度の声量で奈月に話しかけてきた。
「奈月、ありがとね。姉としてはすごく嬉しいから!」
「いえ、ボクは何も……」
「言い方こそはきついけど、秋穂だって見た目ほど怒ってないわ。ちょっと気難しい子だけど、これからもライバルとして仲良くしてあげてね?」
「……はい!」
妹を思う姉の気持ちを感じた奈月は、少し元気を取り戻して歯切れよく春美に返事をした。
読んで下さり、ありがとうございます! 夏風陽向です。
具体的な詳しい内容を考えずに書き始めてしまったばかりに、所々で筆が進まなかったりしています。
つい、1ヶ月前までは書く時間をちゃんと確保出来ていたのに、ここ最近は土日も忙しくてなかなか書く時間を確保出来ないのが悲しいです。
そうは言っても、読んでくださる方々の為にもエタってしまうきっかけを作るのが嫌ですので、どうにか300文字程度足りないですが、更新するに至ることが出来ました。
新元号、発表されましたね。平成はおおよそ昭和の半分くらいで終了するわけですが、本当に色んな出来事があったな、と、テレビの番組を見て感じさせられています。
それではまた次回も読んでくださると嬉しいです。また来週!




