女剣士は令嬢と共に・序2
先週は予告なくお休みしてすみませんでした!
今回から通常通りですので、改めてよろしくお願いします!
「大森先生ね……」
沙希は顎に右手を当てて考える素振りを見せた。
剣道部の顧問である大森佳菜子は少しばかり厳しく、女性でありながら話し方は男口調なことで有名である。
中には大森のことが苦手だという生徒もいるが、奈月にとっては、ちゃんと何かしらの反応を見せてくれるという意味で、意見を述べやすい相手だった。
一方で沙希はというと、剣道部員でも無ければ、大森の授業を受けた経験も無いので噂程度でしか為人を知らない。
「大森先生に言ったところで、却下するのは見え見えなのだと思うけれど?」
「えっ? なんで?」
沙希が自身の持っている大森に対してのイメージから素直に推測して話すと、奈月は「意味がわからない」と付け足して言いそうな顔をした。
しかし、だからといって沙希の意見は変わらない。
「大森先生は自分の意見とか曲げなさそうだと思うからよ。……それに、相手が大森先生でなかったとしても、同じ結果だったと思うわ」
「えー! ボク的には、いい意見だと思ったんだけどなあ」
「そもそも、練習試合だとはいえ3年生に混じって1年生が試合に出るだなんて、普通ではあり得ないことだと思う」
「確かにそうだけど……」
「確かに、同学年の枠で言えば小池秋穂の実力は上位かもしれない。けれど、剣道部内で既に上位剣士となってる奈月とは確実な差があるのよ」
「…………」
奈月は納得のいかないのか口を尖らせていた。
沙希もそれ以上突っ込むことなく、無言で奈月と学校へ向かって通学路を歩いた。
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下駄箱から上履きを取り出し、下履きを下駄箱の中にいれると、奈月は剣道部の朝練習に出るため格技室の方へと体を向けた。
「それじゃ、沙希ちゃん。また後でね!」
「ええ」
鞄と竹刀を背負い、小走りで格技室へ向かう奈月を沙希は見送った。
やがて姿が見えなくなってから教室へ向かおうとすると、沙希は足元に落ちていた布に気が付いた。
「あら?」
ピンクの布地に所々施された花の刺繍。それは間違いなく奈月のハンカチだった。
奈月は元々、ちゃんとハンカチで手を拭く人間では無かったが、厳しい家で育った沙希は「淑女として」という名目で奈月にハンカチを持たせた。
ハンカチを持つ習慣を付けさせるのに苦労したが、今ではしっかりと「自分の意思で」ハンカチを持つ淑女へと成長した。
「……まったくもう」
いつまでも世話の焼ける奈月にハンカチを届けようと、沙希は剣道部への方向へ向かった。
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「おはようございまーす!」
奈月は格技室の扉を開けて、いつも通りに元気よく挨拶をした。
規則が習慣付いている効果なのか、条件反射で先に来ている他の部員が挨拶を返す。奈月ほどの元気はないが、決して小さい声ではなかった。
返ってくる挨拶が止んでから、奈月は朝練習の準備をしに格技室内に備え付けられた更衣室へ向かおうとした。
すると、わかりやすく強い足音で奈月に近付く存在があった。
「ちょっと、奈月!」
「おはよ、秋穂! どうかしたの?」
奈月は秋穂が明らかに怒っているのがわかったが、敢えて相手を指摘しないように反応を選んだ。
「火に油」ということはなかったが、秋穂の怒りも治ることはなかった。
「一体、どういうつもりよ!?」
「えっと……何の話かな?」
「とぼけないで! 団体戦に私を入れるよう、大森先生に言ったんでしょ!?」
「え、あ、うん……」
「何なの!? お情けのつもり!?」
「いやボク、そんなつもりは……」
「そうやって私にお情けをかけて、自分が優れて……い……」
「…………?」
怒りに任せて言い寄る秋穂の勢いが徐々に無くなり、顔が青くなっていくのを見て、奈月は不思議に思った。
秋穂の瞳をよく見ると、その視線は奈月ではなく奈月の後ろに向かっている。
その視線の先に何があるのかを確認する為に追ってみると、そこには沙希の姿があった。
「沙希ちゃん?」
「奈月。玄関でハンカチを落としたわよ。気をつけなさい」
「う、うん……。ありがとう」
「世話が焼けるわね。……それはそれとして、小池さん?」
「な、なに?」
「私の親友に何か文句でも? あるのなら是非、私にもお聞かせ願いたいのだけれど」
「い、いや、なんでもないわよ!」
秋穂にとって沙希は怖い存在なのだろう。沙希の鋭い視線に射抜かれ、秋穂はそそくさとその場を離れて朝練習の準備を再開した。
「沙希ちゃん……」
「謝ったりするんじゃないわよ、奈月。あなたはそれが正しいと思って、したことなのでしょう?」
「うん……」
「だったら前を向きなさい」
「……うん」
「じゃ、朝練、頑張りなさいよ」
沙希は奈月の右肩に軽く手を乗せて励ますと、そのまま華麗に格技室を去った。
今度は奈月が沙希を見送り、格技室の扉が閉まってから奈月も朝練習の準備に取り掛かった。
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昼休み、中庭の一角で沙希と奈月は昼食の弁当を広げていた。
紅ヶ原女子高等学校は私立であり、共働きでお弁当を用意するのが時間的に困難な保護者の希望によって食堂が設立されている。
特に現代では共働きの夫婦が多い。公立よりも学費がかかる私立では、時間と手間をかけて毎日弁当を用意するよりも、常に温かく、かつ安く提供される食堂の食事の方があった方が良いという家庭が多い。
もっとも、それを成せるだけのお金がある紅ヶ原だから出来ることであり、外部から見れば「贅沢だ」という見られ方もあるが。
では、両親がおらず、一人暮らしをしている奈月がどうやって私立の女子高に通っているのかというと、それは虹園を筆頭とした「対・重度の中二病」を掲げる組織からの支援だった。
もちろん、そうは言ってもそれは無償で提供されるものではない。紅ヶ原女子高等学校周辺に現れる重度の中二病患者を無力化することを条件に支援されている。
しかし、食費まで面倒を見てくれるわけではない。家賃こそは免除されているものの、自分で稼いだバイト代で自分の食事はまかなっていかなくてはならない。金銭的に余裕のない奈月は、食堂の食事よりも安く済むように自分で弁当を用意していた。
一方、沙希はというと、もとより父である越郎の強い思いでここへ入学している。
いわゆる「お金持ち」である地嶋家には支援など必要ないが、出費は少なければ少ないほど良い。当初の予定では、自身の狙い通りに沙希が紅ヶ原へ進学するのと同時に学費が免除になるのであれば「一石二鳥」であったが、沙希の「その支援を奈月に回して。でなければ、紅ヶ原には進学しない」というわがまま押し負け、晴れて沙希は奈月と一緒に進学することが出来た。
地嶋家にも「食堂を利用する」という考えもなくはなかったが、沙希の母親は専業主婦である為、沙希の祖母……越郎の母が「弁当でなければならん!」と強く言い張るので、沙希の母は渋々弁当を用意することとなったのだった。
沙希が箸で小さく切った卵焼きを上品に口へ運んで、よく噛んでから飲み込むと、目の前で弁当を食べている奈月に、ふとボヤいた。
「……私って、そんなに怖いのかしら」
「んぐっ!?」
急なボヤきに驚いた奈月は、喉に食べ物を詰まらせてしまい、お茶を勢いよく飲んで胸を叩いた。
「きゅ、急にどうしたの!?」
そう言いながらも、実は奈月にも心当たりがある。思い起こされるのは、秋穂の青ざめた顔だ。
「別に、怖がらせてるつもりはないのだけれど……」
「み、みんな沙希ちゃんがどんな人かわかれば、怖がったりしないと思うよ!」
「そもそも近付いてすら貰えないじゃない。一体、どうしてなのかしら……」
敢えて言わなかったが、奈月は沙希が怖がられている理由を知っていた。
奈月は性格上、人を寄せ付けやすい明るさを持ち合わせているので他クラスの生徒とも仲が良い。
故に、沙希と仲良く出来ている奈月を見て、奈月のことを「すごいなぁ」という生徒も少なくなかった。
そんな生徒達から聞いた話であるが、沙希が怖がられている理由は大きく分けて2つある。
1つは、沙希の家柄である。沙希の家……地嶋家は色々な事業を行なっている大企業である。突然ながら、そんな大企業と付き合いのある会社に勤めている父や母を持つ生徒にとって、沙希の存在感は大きかった。
仲良くなれば儲け物かもしれないが、むしろ気に障ることをして嫌われれば、大問題となる。
結局のところ「下手に近付かない」というのが1番無難とされているのだ。
そして2つ目。それは沙希の性格だった。
大企業「地嶋グループ」の令嬢である沙希だが、決して甘やかされて育てられていない。むしろ、令嬢として厳しい教育を受けてきたとさえ言えてしまう幼少期を過ごしてきた。
そしてそんな沙希は「自分本位なわがまま」を言う性格ではないが、思ったことをすぐに真っ直ぐ言ってしまう。とはいえ、自分が発言した上で誰かが反論してきたのであれば、それを聞いて考えるだけの度量は持ち合わせている。
しかし問題なのは、誰も「反論できない」ということである。沙希だって神ではないので間違ったことを言うこともあるが、歳の割に落ち着いて考えるので、咄嗟に反論できないような発言をする。
後になって沙希の発言に間違いを感じたとしても「今更、何?」と冷ややかに言われるようなイメージがあるので、結果として誰も反論できないでいた。
嫌われている……というわけではないが、友好的に接するのは困難だと思われているのが現状だった。
「家柄」と「性格」。改善するのが不可能、もしくは困難なことが原因となっているので、奈月はそれを知っていても言うことが出来なかった。
「一層のこと、能力を使ってしまえば……」
「だ、駄目だよ、沙希ちゃん……!」
「ふ。冗談よ」
沙希の能力『繋がられる為の類似点』を使えば、使った対象の考えていることがわかる。しかし、この能力を使った代償として、自我を失ってしまう可能性がある為、乱用することができない。
紅ヶ原女子高等学校の代表者として就任し、重度の中二病患者を取り締まる立場となって3ヶ月。対・重度の中二病患者という仕事の場面においても、代償を恐れて必要最低限でしか使用していなかった。
「何にせよ、沙希ちゃんはもうちょっと物腰柔らかく、皆んなと話してみればいいと思うよ!」
「物腰柔らかく……」
沙希は奈月のアドバイスを素直に聞き入れたが、真面目な性格が裏目に出ているのだろう。
「物腰柔らかく」を考える沙希の顔は、美しくも少しばかり怖かった。
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放課後の練習にも奈月は顔を出した。
紅ヶ原剣道部の最強といえど、食費を得るためのアルバイトだったり、代表者としての仕事がある日以外は極力顔を出すことにしている。
試合に出て活躍し、チームの勝利に貢献することももちろん大事だが、武道の本分は「日々の修練で心技体を鍛え、人格を磨き、道徳心を高めて、礼節を重んじる態度を養うこと」にある。
暴走した重度の中二病患者を無力化する為に『輝かせる為の美しき剣』という剣に磨きをかけてきた奈月だが、その一方で「武道としての剣道」を磨くことも好きだった。
周囲と違う事情を持っているにも関わらず、自身に出来るベストを尽くそうとする奈月の姿勢を上級生達は評価していた。
奈月の参加は毎日ではないが、奈月が来た時に特別歓迎したりはせず、敢えて「いつもいるメンバー」と同じように周囲は扱っており、今日も「いつも通り」ではあったが、1人だけ態度がいつも通りではなかった。
「秋穂……」
「…………」
秋穂は奈月に名前を呼ばれたことに気付いていたが、それをわざと無視した。
そのままギスギスとした空気で練習が始まると思われていたが、そんな秋穂の態度を姉である春美が叱りつけた。
「ちょっと秋穂! その態度は何なの!?」
「別に? いつもと一緒だけど?」
「明らかに奈月を避けてるじゃない! そんな空気で練習に参加されると、真剣にやってるこっちとしては不愉快なんだけど!」
「何それ。お姉ちゃんは、私が真剣にやってないって言いたいの?」
「ふざけているわけじゃないことは私にもわかる。でもね、そんな半端な気持ちで練習をしないでって私は言いたいの」
「…………」
「秋穂!」
「……ごめんなさい。気を入れ直すわ」
「うん。頼むわね」
秋穂は奈月に謝りはしなかったが、代わりに春美が謝罪した。
「ごめんね、奈月。秋穂にはちゃんと言い聞かしておくから……」
「い、いいんです! ボクは気にしていませんから……!
「本当にごめんね!」
これで「後腐れなく」と綺麗さっぱりにはいかなかったが、少なくともそのまま放置されていたよりかは、マシな空気での練習となった。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
荷解きが全ては終わってないものの、引っ越しがある程度落ち着きました。
2週間ぶりに5000文字を書いたわけですが、たった2週間でも「書く力」が弱まっているのを痛感しています。
まだ短編が始まったばかりなので特筆すべき点はありませんが、強いて言うなら学校の「食堂」についてでしょうか。
もちろん、私が通っていた高校は公立で、食堂はありませんでした。
食堂のある学校はどんな感じなのだろう? と考えて見た時に、紅ヶ原はどちらかというと「お嬢様校」にしたかったので完全に「こんな感じかな?」と想像で出した話です。
ぜひ、現実世界は「こんな感じだよ」ってお話が聞けるといいなと思います。
そういえば、秋穂の姉である春美を3年生から2年生へと設定を変えました!
というのも、舞台は7月から8月。3年生はもう引退ひているじゃないか……と思ったからです!
それではまた来週。次回も読んで下さると嬉しいです!




