求愛と破壊のすれ違い part22
急に険しい顔へ変わった詩織を見て、真悠はそのメッセージの内容が只事ではないことを察した。
「はぁ……またか」
「しーちゃん、また唯香ちゃんに何かあったんだね……?」
「まーた呼び出されたって。ちょっと行ってくるから、真悠はここで待ってて」
「え? でも……」
真悠は「助けに行くなら1人でも人数が多い方が良いのでは?」と考えた。根拠はないが、嫌な予感もしている。
だから同行しようとしたのだが―――
「大丈夫、大丈夫! どうせ昼みたく、すぐに終わるって!」
強がりではなく本気でそう思っているようで、詩織は微笑みながら右手を振った。
「わかったよ……。でも、何かあったらすぐに呼んでね? 秒で飛んで行くからっ!」
「うん! その時はよろしく! じゃっ、行ってくるね」
真悠は詩織を見送った後、自分の席に座って帰りを待つことにした。
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「唯香ちゃん、大丈夫!? お昼も説明したけどねぇ……ってあれ?」
階段を下ってきただけだったので息は切らさなかったが、目的地で唯香を見て驚いた。
呼び出されて虐められているどころか、むしろ萩野君親衛隊(仮)の仲間入りをしているかのように打ち解けている。
やってきた詩織の存在に気付き、唯香は萩野君親衛隊(仮)の中から出て来て、詩織の前に立った。
「あっ、先輩! このような形でお呼びしてごめんなさい……!」
「は? え? 唯香ちゃん、また呼び出されて酷い目に遭ってるんじゃなかったの?」
「大丈夫ですよ! 萩野君を想う気持ちは皆んな一緒……皆んなで萩野君を想うんです!」
「ごめん。ちょっと何言ってるかわかんない」
萩野……充への想い方を語る唯香の雰囲気は、詩織の知っている唯香とは別人だった。
話し方や言葉遣いは何も変わっていないが、笑み……特に、優しげだった瞳にはどこか闇を感じさせる。
「……仲良くできてるなら良かったじゃん。で、なんで私を呼んだわけ? こんなSOSメッセージまで送って」
ほんの少しの間しか関わってない間柄だが、詩織は唯香がこんな人を騙すようなことをする女の子には見えなかった。
だからこそこうして今、置かれている状況が信じられず、怒りを覚えている。
詩織の怒りは全く隠されることなく言葉や表情に出ているが、それでも唯香は笑みを崩さない。
「先輩。先輩も私たちと同じになるんです!」
「同じ……?」
「萩野君は、先輩のことも求めています。先輩が仲間に加わって、ようやく完成なんです。だから私と……私たちと萩野君を想いましょう? それが運命なんです!」
「はっ! 断りに決まってるでしょ! 自分の好きな人くらい自分で決めるわ。……仮に私が萩野君のことが好きだったとしても『皆んなで』だなんてごめんだけどね!」
「……残念です」
詩織の言葉を聞いて、唯香の表情は無になった。
すると、詩織は後ろから誰かが来るのに気付いた。
相手が教師だったら、適当にはぐらかしつつ撤退するところだが、やってきたのは充だった。
「萩野君、これは一体どういうこと?」
「こういうこと、ですよ。彼女達は俺にとって必要不可欠な存在なんです。そして貴女も」
「意味わかんない。ま、誰が誰をどう思おうが個人の自由だし、私は教室に戻らせて貰うわ」
「いいえ、それは困ります」
去ろうとする詩織を通すまいと、充は詩織の前に立つ。
「……退いてくれない?」
「貴女を初めて見た時……どこか運命的なものを感じました。……いや、貴女は俺や槙田さんにも、その他の人にも無い『何か』を持っている」
「……っ!」
詩織はハッとした。そして、今の自分がいかに無防備なのかも気付かされた。
重度の中二病とは根本的に違うと言われる特殊な力……それが、重度の中二病患者を呼び寄せて襲われるということ。
その力が自在に使えれば、この場をどうにか切り抜けられるかもしれないが、詩織はなかなか発動させることができない。
「……お心当たりがあるようですね。ですから、これから貴女は私と運命を共にするんです」
「だからお断りだって言ってるでしょ!」
「拒否権はありません。だって、運命なのだから」
充の左手がまばゆき、やがて銀色の弓が現れた。
詩織に向かって弓を引くと、光の粒が収束して矢の形となり、充はそれを放った。
その矢は見事詩織に命中し、詩織と充の間に運命の糸が結ばれた。
「これで揃った……!」
充の表情は達成感で溢れていた。
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「あっ、しーちゃん! おかえり! 大丈夫だった?」
「うん」
「…………?」
教室に戻ってきた詩織を見て、真悠は嬉しくなり詩織の元へ寄る。
しかし、詩織は真悠の言葉に素っ気なく返事をし、自分の席に掛けてある通学鞄を持った。
「あ、しーちゃん帰るの? それじゃ私も……」
「真悠」
「んー?」
詩織が真悠に向ける視線は、いつもなら考えられない程に余所余所しく、そして冷たいものだった。
「今日から私は萩野君や唯香ちゃんと行動するから、真悠は自由にしていいよ」
「えっ……?」
「登下校中や、廊下で私が萩野君達と歩いてる時、私に構わないで」
「な、何を言ってるの、しーちゃん……?」
「じゃあね」
躊躇いもなく去っていこうとする詩織の背中を見て、真悠はふと1つの異変に気付いた。
「待ってしーちゃん。その糸……」
詩織の身体から伸びた1本の糸。それは赤……ではなく、蛍光灯のような白色の光を発している糸だった。
そして、それが誰に伸びている糸なのかも、見ただけでわかった。
「待ってて。私がそんな糸切ってあげるから……!」
真悠がその糸に触れようと手を伸ばすと、詩織は鬼気迫る表情で振り返った。
「やめて! それに触れないで!!」
「っ!」
咄嗟に怒鳴られ、真悠は驚いた。今までずっと一緒にいた中で怒られることはあっても、この時のような拒絶はなかった。
大切な幼馴染の変容ぶりに、真悠は涙を堪えて立ち尽くすのがやっとだった。
教室内に誰もいなかったのが唯一の救いか。
詩織はもう一度、真悠を鋭く睨んでからその場を去っていった。
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既に5月が近いとはいえ、午後6時くらいになれば日の入りとなる。
あと少しで施錠の為、用務員が各教室を回ろうとしているところで、黒山は2年3組の教室へ自分の通学鞄を取りにきた。
照明は消され、暗くなりかけている教室に1人の女子が立っていて黒山は驚いた。
「っ! ……栗川か。こんな遅い時間までどうした? 帰らないのか?」
「黒山くん……黒山くーん!!」
「んなっ」
真悠が突如、胸に飛び込んで声を殺して泣き出すので、黒山は混乱した。
「…………」
どうすればいいのかわからない黒山は、ただただそこに直立して泣き止むのを待つしかなかった。
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どうにか用務員が施錠しに来る前に泣き止んだところで、2人はすぐさま校舎を後にした。
いくら重度の中二病患者として戦闘能力を持っていると言えども、真悠は1人の女の子だ。暗くなった道を1人で歩かせることが出来なかった黒山は、送っていくことにした。
「……ごめんね、制服を涙で汚した挙句、送ってもらっちゃって」
「いや、それは構わない。何があった? 梶谷はどうしたんだ?」
「それはね……」
真悠は、お昼からいまに至るまでの出来事を全て話した。
詩織に拒絶的な態度を取られた辺りの話をする時は今にも泣きそうで、黒山としてはハラハラさせられ、話の内容どころではなくなりかけていたが―――
「成る程、そのようなことが……。栗川、梶谷から伸びていたという糸は切れるんだな?」
「う、うん! でも、切らせてくれないし……。私、またあんな顔されたらぁ……」
「な、泣くな! 泣かないでくれ! ……糸が切れるなら勝ち目は十分にある」
「ほんとぉ……?」
「本当だ。だが、もう1人。意思を確認しておかないといけない奴がいる」
「…………?」
黒山は、早くも翌日には行動を起こすことを告げ、真悠の家の前で別れた。
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そのようなことが学校で巻き起こっていたことなどいざ知らず、颯太はイヤホンで耳を塞いで音楽の世界に入りながら、教室へ入り、自分の席に座った。
まだ眠気が飛ばしきれておらず、うつらうつらしていると、充と登校してきたと思われる唯香が目の前の席に腰掛けた。
「…………」
「また明日ね」と言った割には全くこっちを向こうとしない唯香に少しばかりイラつきながら、予鈴が鳴るまで眠りにつこうと顔を伏せる。
―――すると。
「やあ、颯太! おはよう」
「んあぁ? 充か。どうした、いつもより心なしか上機嫌に見てるぞ」
「おやおや、颯太! わかってしまうんだね!」
「ああ、そのうぜぇテンションの上がりようはそうそうねーからな。んで、何があったんだよ?」
「実はね……。昨日、槙田さんと付き合うことになったんだ!」
「ほーん。それは良かったな……って今、なんつった?」
「槙田さんと、つ・き・あ・う・ことになったんだ! そんなわけで、よろしく」
「…………」
複雑な気持ちはあったが、充なら任せられると考えていた颯太の心は、それほど荒れてはいなかった。
もちろん『全く』ではないが。
「んで、それをわざわざうぜぇテンションで報告してきたのか。そりゃまた御苦労なことで」
「幸福街道、真っしぐらだよ!」
「はいはい、うぜぇうぜぇ。……つーか、唯香も水くせーな。言ってくれりゃいいじゃねーかよ」
「この際だ」と仲違いしたのを忘れた勢いで、颯太は手を伸ばして唯香の肩を軽く叩いた。
それに反応して唯香が後ろを向いて、颯太を見る。しかし、そこには「恋人が出来た」という割には暗い顔で。
「私に触れないで」
「…………あ?」
「というか、私に気安く話しかけないで。私に話しかけていい男はこの世でたった1人なのだから。わかったらもう、私に構わないで」
そんな唯香の態度に、颯太は絶望よりも怒りを覚えた。いや、覚えたどころか爆発した。
「おい、唯香。お前、誰に向かってそんな口を聞きやがってる? 長年つなかった決着を、今ここでつけるか? あぁ!?」
「…………」
颯太の怒りが100%込められた言葉を、唯香は見事に無視した。だが、その行為は『火に油』だった。
「……机ごとぶっ壊してやる!」
「まあまあ、颯太!」
ヒートアップした颯太を宥めるべく、充が間に入る。
「退け! 充!! この舐め腐ったくそ女に目に物見せてやる!!」
「一応、今は俺の彼女なんだ。許してくれないかなー……」
結局、颯太の怒りは収まらず、予鈴が鳴って教師が入ってくるまでずっと続いた。
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颯太が、そんな唯香に異変があることを冷静に気付いたのはお昼になってからだった。
喧嘩して以来ずっと一緒にお昼を食べていた友人2人に「今日からは必要ない」とよそよそしい言い方で教室を後にしたのが気になった。
残された2人の友人は複雑そうな表情で弁当を広げていた。
「……唯香は一緒じゃねーのか?」
颯太は弁当を広げる2人に近寄って、そう訊ねた。
「あ、嶺井君。唯香って、彼氏が出来れば彼氏を優先するタイプなんだね」
その複雑な心境には、怒りと侮蔑と若干、共感があったように見える。
「どうなんだろーな。俺も、唯香に彼氏が出来るだなんて初めての経験だからなー」
「えっ!? じゃあ、本当に唯香と嶺井君は付き合ってなかったの!?」
「私達、てっきり付き合ってたものかと……」
颯太は右手で自分の額を抑えて、大きな溜息を吐いた。
「それはちげーよ。俺と唯香はただの幼馴染だって」
そんな颯太を見て、2人の女子は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「何がおかしいんだよ……?」
「いやぁ、唯香もそう言ってたけど、ちょっと意外だなぁと思って」
「あ?」
「本人には口止めされてたけど、唯香は結構、嶺井君のことが好きだったと思うよ? よく嶺井君の話をしてたし」
「だけど、まさか萩野君を選ぶとはねぇ。先輩方からも好かれている萩野君と付き合おうと思うだなんて、なかなか修羅場だと思うんだけどなぁ」
「…………」
2人の言っていたことで少し考え込んでいると、教室の出入り口から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「颯太はいるか?」
これが女子なら多少、心が躍るだろうが、残念ながらそこにいたのは黒山だった。
だが、よく見るとその斜め後ろには「かわい子先輩」こと、真悠の姿も見受けられた。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
ようやくこの章の終盤です! 長かったなぁ……。
おそらくですが、次回は戦闘に入るのではないかと思います。また、恒例である誰かの目覚めたきっかけまでやるかもしれません!
それではまた来週。次回もよろしくお願いします!




