求愛と破壊のすれ違い part21
「あんたさぁ、萩野君とはどんな関係なわけ?」
少し金の混ざった茶色の髪色をした2年女子が、唯香を女子トイレの壁まで追い詰めて問う。
その髪色が自毛なのか、それとも校則を破って染めた色なのかを唯香は知る由もないが、いずれにせよ恐怖を感じさせるのには充分だった。
何一つ嘘偽りなく正直に答える。
「な、何でもありません……。ただのクラスメイトです」
「……はぁ?」
しかし、2年女子はそれで納得しなかった。もちろん、ただの言い掛かりではなく彼女なりの根拠がある。
「一緒に登下校する男女2人がただのクラスメイトぉ? まっ、噂に聞けば、あんたはほんの少し前まで付き合ってた男がいたけど別れちゃったらしいじゃん? それで今度は萩野君か」
「ち…….違っ」
「うるせえ! 歯向かうんじゃねーよ! あたし達でさえ抜け駆け禁止だったり、昼食もみんなと一緒って掟があるのに、あんたはそれを破ってんだよ! つまり、横取りしてるってわけ!」
「そ、そんなつもりはありません! そのようなルールがあっただなんて知らなかっただけですし、そもそも萩野君のことをそんな風に思っていません! 本当なんです!」
「はぁ……うっざ」
「えっ」
唯香はありのままの真実を話しているにも関わらず、目の前に立つ2年女子は全く聞く耳を持たない。それどころか、心無い一言だけで全く納得しようともしない。
そんな先輩の姿を見て唯香は絶望した。これが1年早く入学した先輩の姿なのか。
「ま、あんたがなんて言おうがもう関係ないわ。これ以上、あんたが調子に乗らないように釘を刺しておかないと」
「…………」
「やめてください」と言っても無駄なんだということが唯香には何となくわかっていた。諦めて下を向く。
しかし、2年女子は右手で唯香の髪を掴んで正面を向かせた。
「……ッ!」
「おい、なに下を向いてるんだよ。しっかり恐怖を心に刻んどけ」
女子同士だからといって、頬にビンタで済むとは限らない。むしろ、確実に恐怖を与えてかつ、生徒や教師に騒がれないようにするのであれば、ぱっと見で暴力を振られたとわからない場所を狙うのが最適だ。
左手で、顔ではなく腹を殴ろうと勢いをつける。
その場所はただ痛かったり、苦しいだけではない。場合によっては将来的に訪れるかもしれない幸せの1つを奪われることに繋がってしまう。
恐怖に耐えかね、悲鳴をあげようとした。
―――その瞬間、女子トイレの入り口が開いた。
「ちょっと、私の後輩に何してんの?」
そこには、腕を組んで同学年生を睨む詩織がいた。
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いくら緊急事態とはいえ、颯太は女子トイレに入るわけにはいかなかった。
入ったところで颯太に出来るのは2年女子を『破壊』することだけ。それでは自分が悪いだけになってしまう。
「……そうか!」
颯太は閃いた。唯香を連れて行った女性とは2年生。つまり、詩織や真悠と同じ学年だということだ。
どうにかすれ違う先輩を避けながら、1階から3階へと2年3組の教室まで全速力で走り、出入り口の扉を勢いよく開けた。
「しーちゃん先輩! かわい子先輩!!」
教室内にいた生徒全員が驚いて颯太の方を見る。
息を切らした後輩の姿に詩織と真悠は緊急性を感じ、箸を置いて颯太の立つ場所まで早歩きで近付く。
「どうしたの、ふーた君!?」
「ゆ、唯香が……2年女子に……女子トイレに連れられて……多分、充のこと、かと」
「女子トイレって、どこの!?」
「1階の……階段裏っす……」
トイレは1階と2階を結ぶ階段の折り返し地点と、2階と3階を結ぶ階段の折り返し地点にある。
大体はそこのトイレが使用されるのだが、実は1階の階段裏にもトイレがあり、そこは生徒の間で何か「秘密事専用」という暗黙の使用をされている。
「わかった! すぐに助けに行く! 真悠、行くよ」
「うんっ! しーちゃん!」
颯太も2人の後を追いかけて行ったが、詩織がちゃんと止めに入れたのを遠目で確認してから去った。
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「先輩……?」
「もう大丈夫よ、唯香ちゃん。……それで、唯香ちゃんが何したって?」
睨んでいる詩織に怖気付くことなく、2年女子は答える。
「ああ、最近こいつが萩野君と一緒に登下校してるって聞いてさぁ? あたし達が可愛がってる萩野君に手を出そうとするもんだから懲らしめてやろうと思って」
「それは違うわ。その子はちょっと異性からちょっかい出されやすいみたいだから、紳士的な萩野君が守ってくれてるだけよ」
「そんなの信じると思う? 色んな男に愛想振りまいてるからなんじゃないの? だいたいさぁ、噂によるとこいつ、ちょっと前まで彼氏がいたっていうじゃん? 色んな男の前でいい顔するから彼氏と喧嘩別れになるのよ」
「そんなの単なる噂と憶測でしょ。事実、唯香ちゃんはそんな軽い女の子じゃないし、幼馴染の男の子と喧嘩してるだけ。『まだ』付き合ってもいないんだけど」
「……それ、萩野君も言ってたな。本当だったのか」
ようやく納得したようで、2年女子は舌打ちしながら乱暴に唯香の髪から手を離した。
「命拾いしたな。これに懲りたらとっとと幼馴染と仲直りして、二度と萩野君に近付くんじゃねーよ?」
「…………はい」
「ふんっ」
詩織の横を通り過ぎ、その後ろで待機してた真悠に軽く驚きながら、2年女子はその場を後にした。
そしてその瞬間、張り詰めていた緊張が緩んだ。
「唯香ちゃん、怪我とかない!?」
「あの……ありがとうございました。でもなんでお2人が……?」
その問いには真悠が笑顔で答えた。
「ふーた君が教えてくれたんだよ!」
「えっ!?」
「息を切らしながら2年3組の教室まで上がってきたから、本当に唯香ちゃんを助けたかったんだろーね!」
「…………」
唯香は心の底から驚いた。信じられない、というわけではないが、先輩を頼ってまで助けようとしてくれたことに。
颯太の不器用な為人をよく知っているにも関わらず、自分から仲直りしようと向き合えなかったことに、今になって深く後悔した。
「私は……」
「今からでも間に合うと思うよ!」
真悠は唯香を真っ直ぐ見つめてそう言った。
まるで心中を見透かされたその発言に、唯香はまたも驚く。
「……だけど、仲直りはまた後で。もう授業の準備をしないとだし、戻ろう」
携帯端末で時間を見た詩織にそう言われて、2人は頷いた。
女子トイレを後にし、唯香はそのまま階段を上っていき、詩織と真悠は3組と4組の間にある階段から上を登っていく為、そこで唯香と別れた。
なお、幸いなことに詩織と真悠は4時限目が移動教室ではなかったので、ギリギリ弁当を食べ終えることに成功した。
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無事に1年2組の教室へ戻ってきた唯香を見て、連れて行かれるのを目撃したクラスメイトは皆、ひとまず安心した。
途中まで一緒に昼食を食べていた唯香の友達2人は走って唯香に寄ってきた。
「唯香ちゃん、大丈夫!?」
「怪我とかない!?」
「うん! 級長会の先輩が助けてくれたから大丈夫!」
「「良かった〜!」」
友達2人はそれを聞いて、ようやく本当の意味で胸を撫で下ろしたようだ。
「さ、授業の準備をしよ!」
そう言われて頷いた2人は自分の席に戻って授業の準備を始める。それを見てから唯香は、広げたままの弁当を片付け、自分の席に座る前に、机に突っ伏している颯太に話し掛けた。
「……ね、ふーた。ありがと」
颯太はお礼を言う幼馴染の声を聞いて顔を上げ、目を合わせる。
「勘違いすんな。助けたのは俺じゃなくて、しーちゃん先輩とかわい子先輩だ」
「でも、助けを呼んでくれたのはふーたなんでしょ? だから、ありがと」
「…………」
颯太は再び机に顔を突っ伏した。
「……どういたしまして」
「ふふっ」
素直じゃない颯太の姿を見て、唯香は微笑みを浮かべる。
それでもまだ気まずさが残っているのか、会話はそれ以上続かなかったが、それでも唯香はちゃんと感謝の気持ちを伝えられて……颯太と話すことができて満足だった。
そんな2人のやりとりを、充はしっかりと見ていた。
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放課後。
いつも特に残ってやることがない颯太は、すぐに鞄を持って帰宅しようと席を立った。
「あ……待って、ふーた」
「……なんだよ」
颯太は唯香の方を向くが、その返事にはまだ何処か余所余所しさがある。
そんな彼に「一緒に帰ろう」とは言うことができず―――
「えっと、その……また明日ね」
「…………ああ」
話は終わったと言わんばかりに去っていく颯太の後ろ姿を見て、唯香は「明日の朝、待ち伏せして仲直りしよう!」と決意をした。
その直後、いつものように充が唯香の元へやってきた。
「槙田さん。今日の帰りだけど……」
充は紳士的にも、唯香が友達と話し終えて帰るのを待っているが、大体の目安として帰宅予定時間を聞いている。
いつもなら大体の時間を充に告げるが、今日は首を横に振った。
「今までありがとう、萩野君。だけどもう、先輩方と揉めないようにしようと思うんだ」
「えっ? だけど、どうやって危険を回避するつもりだい? こう言ってはなんだけど、槙田さん1人で回避出来るとは思えない」
「ふーたの後をこっそり追う! 今日のでわかったんだ。ふーたなら、絶対に私を助けてくれる! そう、今でも」
唯香の言葉と目には確信が宿っていた。だが、今度は充が首を横に振る。
「その必要はないよ、槙田さん。お昼は助けてくれたかもしれないけど、今度もそうとは限らない。……それより、槙田さんを呼び出した先輩が君に謝りたいと言うから、一緒に来てくれないかな?」
「え……? 怖かったけど、最終的には何もなかったんだし、私は別に気にしてないからいいよ」
「……槙田さんならそう言ってくれると思っていたけど、彼女はちゃんとけじめを付けないとすっきりしない方なんだ。だから来てくれるよね?」
「そこまで言うなら……」
「ありがとう」
不信感を抱きつつも、承諾してくれた唯香に対し、充は笑顔でお礼を言った。
「それじゃ、付いて来て」
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充に付いていくと、着いた先はお昼に揉め事があった女子トイレの前だった。
そしてそこには呼び出した2年女子と、他にも上級生の先輩が何人かいた。
その内の1人が、唯香を見て興味ありげな顔で口を開いた。
「へえ、この子が私達の仲間になるって子?」
「そうですよ。これから彼女は俺たちと運命共同体になるんです」
「……うんめいきょうどうたい?」
唯香は上級生の女子と充がした会話の意味がわからなかった。
思考を巡らせていると、昼休みに呼び出した2年女子が前に出てきた。
「さっきはごめんね」
「い、いえ! 私はもう気にしてませんので……」
「ありがと。これで、あんたもあたし達と同じになる」
「えっと……それじゃあ、私はこれで……」
何処か危ない雰囲気を感じる女先輩の集団から離れようと、唯香はこの場を後にしようとする。
しかし、まるで「この場から逃すまい」と、女子トイレ側にいたはずの女先輩達が立ちはだかった。
「槙田さん」
後ろで名前を呼ぶ充に驚き、勢いよく振り向いた。
「な、何かな、萩野君」
「これでもう、君は彼女達に責められることはない。むしろ、彼女達と一緒に俺と運命共同体になるんだ」
「何言ってるのか、私にはわからないよ……」
「大丈夫。すぐにわかるよ……っ!」
かつて唯香を助けた時のように、充の左手から美しい銀色の弓が現れた。
そしてすぐに唯香を狙って弓が引かれ、回避が間に合うわけもなく唯香は射抜かれた。
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時を同じくして、2年3組の教室では詩織と真悠が席に座って話をしていた。
「それにしても、真悠があんな気の利くことを言うとは思わなかったわ」
「それってどう言う意味〜!?」
詩織が言っているのは、昼休みに唯香へ言った「まだ間に合う」という言葉だ。詩織にとって、真悠はそんな人の心を察したようなことを言える女の子ではない。
「真悠って可愛いけど、たまに……っていうか、結構トンチンカンなこと言うじゃない?」
「ひっどーい! ……でもあの時はね、見えたんだよ」
「え? 何が?」
「この能力が宿ってから、人と人の繋がり……糸みたいなのが見える時があるんだぁ。それはね、いろんな色をしてたり、糸の張りが違ったりするの。唯香ちゃんとふーた君の糸はねぇ、ポヨポヨ動いてたから、もしかするとしっかり繋がろうとしているのかな……って」
「へぇ……」
「ま、逆にそれを切っちゃえば、繋がりを切ることが出来ちゃうんだけどね」
真悠は右手の人差し指と中指で「鋏」を作って動かした。
「あれ? でも、私が最初に見た時は、人を切ってなかった?」
鈴木花梨によって操られていた真悠は、命令されて『縁を切る』時、人を鋏で切っていた。
それを詩織は見ていたので、真悠の説明がよくわからなかった。
「あー、あれはねぇ。個人と個人の繋がりを切ってるんじゃなくて、その人とその人以外の人との繋がりをまとめて切っていたんだよ」
「うわぁ、怖……」
真悠の能力に改めて恐怖を感じた詩織。「えへへ」と困ったように笑いながら頬を掻く真悠を見ていると、携帯端末がメッセージを受信した。
「ん……?」
「なになにー?」
送信者は唯香。そしてその内容は―――
またも女子トイレに連行された唯香からの助けを求めるものだった。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
今回はなかなかに急展開を迎えたのではないでしょうか?
今後の展開は既に決まっていますが、1つだけ困っているのは唯香のことです。
黒山、詩織、真悠の3人は既に治療法を見つけてしまっていますが、この章を書き始めた当初は、カウンセラーの先生……つまり、沙苗に治療法を聞くまで、詩織と真悠は知らず、黒山と颯太には治療法を教えない、というオチにする予定でした。
どーしてこうなっちまったかな!!
話は変わりますが、実は私、こうして小説を書いていることを家族には言っていません。
理由は単純。バカにされると思っているからです。
ですから、家族や周りの人に書いていることを明かしている人はすごいと思います!
それではまた来週。次回も読んで下さると嬉しいです!




