求愛と破壊のすれ違い part15
「よっこいせっと!」
沙苗は自販機で温かいお茶を買うと、自分の性別を些か忘れているのではないかと思わせる言葉を言って座り、キャップを力強く回して開けて、それをぐっと一口飲んだ。
「ふぅ……!」
その様子から、今回のカウンセリングは中々に疲れるものだったのだと、黒山は何となく察した。
そうはいっても、いつだって無表情な黒山の顔を見て、沙苗は何を感じたのか溜め息混じりにほんの少し愚痴をこぼした。
「言っておくけど、重度の中二病患者のカウンセリングってほんと疲れるのよ? まぁ、今日はまだ話のわかる方だったからマシだったけどぉ?」
「そ、そうなのか……」
こうして沙苗が不満や愚痴をこぼすことは非常に珍しい。今の沙苗を見て、何かと「疲れたー!」と言い放つ日も少なくなかったようなと黒山は思い返した。ただ実際のところ、沙苗は家に帰っても家事があり、普段は中々息抜きをすることが許されないので、性格ではなく忙しさ故に言ってる暇がないという背景があって、弱音とか愚痴が黒山の耳に入ることはほとんどないのだ。
「普通の青少年が相手なら、自分の思春期だった頃に感じたことがあることだったりするから、まだ共感できるんだけどねぇ……。ほら、重度の中二病患者って、名前から察する通りに拗れてるからさぁ」
「俺もその1部だろうからな。気持ちは分からなくもない」
「でしょぉ? まったく、適性云々で決めないで欲しいものよねぇ。まあ、この仕事だったからこそ、あんたや奈月や沙希と出会えたんだから、良し悪しなんだろうけど?」
「…………」
沙苗の言う通り、重度の中二病患者を対象としたカウンセリングは言うほど簡単ではない。
重度の中二病患者は独特の世界観を持っており、更に「自分はこうでなくてはならない」という自己定義がかなり強く出来てしまっているので、話を噛み合わせることそのものが難しくなっている。
故に、重度の中二病患者をカウンセリング出来る人は限られている。そこにはカウンセラーの性格等が相まって適性があるかが決まってくるわけだが、沙苗は持ち前の明るさ・社交性の高さと、母性がある。
沙苗がいかにこの仕事に適性しているかは、黒山が心を開いている時点で証明されているも同然だ。
「おっと……話がずれちゃったわね。それでカウンセリングの結果だけど、能力に目覚めた経緯は置いておくとして。何故、透夜の後輩2人を襲ったか、よね」
「ああ、そうだ。それが知りたい」
「んーっとね、そもそも彼は女の子の方を狙っていたみたいなのよね。それで、その女の子を守る為に、男の子が彼と戦闘になったと」
「……何故、その男は女の子を狙ったんだ? 元々面識があったのか?」
黒山が出したその質問に、沙苗は苦笑いで答えた。
「面識はない。だけど『彼女が自分を求めたように感じた』と言っていたわ。流石にちょっと理解し難い話よね」
「……一昨日、2人を襲ったとみられる男の方はどうだった?」
黒山が尋ねているのは、金曜日の帰りに後輩2人……颯太と唯香を追い回していた男のことだ。
彼も重度の中二病患者で能力を使っていたので、セオリー通りにここでカウンセリングを受けているはず。
「ああ! 触手タイプの人ね。 ……へぇ、彼も後輩2人を追い回していたんだ?」
黒山が細かく報告していない為か、沙苗は今ここで、2つの事件が共通しているのだと気付き、持っていたファイルから金曜日の書類を出して読み直すと、沙苗は「マジか……」と呟いた。
「いや、これは間違いないわね。この時の彼も、今回とほとんど同じようなことを言っているわ。彼の場合『なんか、運命的に感じた』の一言だったから、一目惚れの類だと思ってたけど」
「…………」
「あれ? 同日にもう1人いるけど、こっちは完全に何をしていたか忘れてるみたいね。これは別件かな?」
「住宅街のやつか? それなら針岡から話は聞いているが、それも腕の骨を砕かれているだろう?」
「ああ、確かに! 今回の事件は中々に物騒よねぇ。だけど、前回も今回もどちらかというと防衛した結果だもの。ちょっと過剰な気もするけど、取り締まるのは難しそうね」
これが相手を瀕死に追いやるほどのものなら颯太は取り締まりの対象となっていただろうが、あくまでも「無力化」で止まっている為、無理強いで治療させることはできない。
それに現状で言えば、唯香は何かしらの原因(黒山は唯香が重度の中二病患者であることが関係していると推測している)で重度の中二病患者に襲われている為、その防御手段として颯太の能力は必要不可欠だ。
「今すぐにどうにかできる問題ではなさそうだな。明日また、学校で調査をする」
「おっけぇ! そいじゃあ、私はもうちょい仕事してくるから、あんたは先に帰ってて」
沙苗の言葉に黒山は「え?」と思った。
ここまでは沙苗が運転した車で来ている。その沙苗がまだ残っていって、先に帰れということは……。
「それはつまり、歩いて帰れと?」
「当たり前よ。まだ若いんだから歩けるでしょぉ?」
「…………」
黒山は言葉を失い、返事を待たずに去っていった沙苗の後ろ姿を呆然と見続け、やがてその姿が見えなくなってから、空き缶を捨ててその場を後にした。
尚、車でおおよそ10分の距離なので歩いて帰れない距離ではないが、黒山は日曜日にも関わらず、疲れた日となって翌日の月曜日を迎えた。
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朝、颯太は自分のペースで家を出た。
いつもなら唯香を迎えに行く為、少し早めに起きなくてはならないのだが、嫌われてしまっている以上(颯太の中では)その必要はない。
唯香が隣にいない代わりに、颯太の両耳には白いイヤホン。自分のなかでお気に入りの曲を聴きながら、通学路を歩く。
「…………」
音楽の力でイライラは抑えられているものの、それでもモヤモヤはしていた。
朝は比較的、皆同じ時間に家を出るので道を歩く人口が多い為か、あまり唯香が襲われることはない。
しかし「決してない」というわけではないので、幾ら仲直りが絶望的だからどうしようもないといえども、やはり颯太は唯香のことが心配だった。
(くそっ! 俺にはもう、やれることはねぇってのに!)
(あーっ! くそっ!)
モヤモヤしながらも、体は一向に唯香の家ではなく学校に向いたままだ。
結局、そのまま学校に着き、目の前の席(唯香の席)に主がいないことでほんの少し胸が張り裂けそうになったが、机に顔を伏せて落ち着かせる。
その、ほんの5分もない時間差で唯香が席に着いたのを音と気配で察知した途端、颯太の不安が一気に無くなった。
そんな、2人の違和感にいち早く気付いたクラスメイトがいた。
「やあ、おはよう。颯太。今日は1人で登校だなんて珍しいじゃないか!」
「んあぁ?」
颯太が顔を上げると、そこには微笑んでこちらを見ている充の姿があった。
「はぎ……じゃなくて充か。まだ入学して1週間だろ? 俺と唯香が一緒に登校しない日があってもおかしくはないだろ」
「いやぁ、そうかな? 俺がこの1週間、君たちを見てきた感覚では、何かあったのだとしか思えないんだがっ!?」
「うっせぇ、余計なお世話だっての」
「……まあ、お互いに色々な考えがあって衝突することもあるだろう。だけど颯太、早めに仲直りしておかないと、手遅れになってしまうこともあるかもしれないよ?」
充にそう言われて驚いた颯太は、ガバッと上体を起こして充の方を見た。続いて唯香の方を見るが、唯香は聞こえてないのか、或いは聞こえてないふりをしているのか、こっちを見ていない。
再び充の方を見ると、充はわかりやすくニヤニヤしていた。
そんな充に颯太は軽く睨む。
「お前、そりゃどういう意味で……」
「おおっと! そろそろ1時間目が始まるので用意をしなくてはっ!」
颯太の質問を最後まで聞くことなく、充はわざとらしく急いで自分の席へと戻った。
ただ、本当に時間がなかったので颯太は『どこから』わざとだったのかがわからなかった。
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入学してから1週間、2人で一緒に食べていたお昼も今日は別々だった。
颯太にとっては意外なことに、唯香はそれなりにクラスメイトの女子と仲良くできているようで、2人のクラスメイトと教室で食べていた。
その2人のクラスメイトが珍しそうな顔をしない辺り、颯太と唯香に何があったのかを何となく察しているようだった。
一方、颯太はというと、入学して以来仲良くなったクラスメイトは充しかいない。
しかし充は、昼食を先輩方(女性)と食べているようで、教室にはいなかった。
(くそ、まさかこの俺がボッチ飯とはな……)
心の中で毒付き、またもイヤホンで耳を塞いで弁当を広げる。
黙って食べていると、ほんの少し普段とは違うざわつきがあったのに気付いた。
(あ? なんだ?)
クラスメイト達がチラチラと見る先……そこにはつい一昨日、顔を合わせた先輩の姿があった。
「黒山先輩……?」
颯太が自分の方を見たことに気が付いた黒山は、ほんの少しだけ申し訳なさそうに入ってくると、颯太の目の前で止まった。
「少し話がある。食べてからでいいから、進路指導室へ来てくれ」
「進路指導室……?」
こういった場合、秘密の話をするなら屋上を使うのがお約束なのだろうが、瑠璃ヶ丘高校の屋上は基本的に解放されていない。
よって、重度の中二病関係での話だということもあって進路指導室を選んだ。
颯太は失礼だと思い、耳からイヤホンを引き抜くと、黒山に進路指導室が何たるかを尋ねた。
入学して以来、特に校内を案内されることなかった1年生にとって、誰もが進路指導室と聞いてどこにあるかはわからない。もちろん颯太も例外ではなかった。
「進路指導室。わからないか?」
「……はい」
「わかった。なら図書館に来い。そこから俺が進路指導室まで案内する」
「わかりました、お願いします」
黒山は颯太の返事に頷き、小声で「邪魔したな」と教室の出入り口で行ってから退出していった。
入学してからまだ1週間。纏う雰囲気に近寄りがたさを感じる先輩から呼び出された颯太を見て、周囲のクラスメイトは「何かやらかしたのでは……!?」と小声で話し始めた。
チラチラ自分を見てくる視線の方向を睨みつけて黙らせると、颯太は急いで弁当の中身を平らげてから後を追うように教室を出て行く。
大体の用件に検討がついている唯香は「先輩に呼び出された」という面では心配していないものの「颯太がちゃんとお礼を言えるか」という点が心配だった。
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図書館で黒山と合流した颯太は、黒山の後に続いて進路指導室へと向かった。
「ここは基本的に3年生になってからでないと用がない場所だが、それ程あまり用がない場所だからこそ、別の使われ方もする」
「はあ、そうなんすか」
事前に話しておいた針岡から話を聞いているのだろう。進路指導の先生は黒山を見て頷くと、黒山は黙って進路指導の先生に会釈してから、奥の応接室へと入っていった。
颯太も後に続いて会釈をし、応接室へと入っていく。
「まあ、座れ」
黒山にそう言われて、颯太は近くにあった椅子に座ると、向かい側の椅子に黒山も座った。
自分が考えていることを先に済ませたいと考える颯太は、金曜日のことについて話を始めた。
「あの、金曜日はありがとうこざいました」
「いや、気にするな。君たちはある意味で被害者だと言えるからな」
黒山はあくまでも真顔で右手のひらを前に出して「気にするな」と制した。
そんな黒山の仕草と、何処か人より光の足りない黒い目を見て、颯太は「何考えているのかよくわかんねぇ」と不気味に思った。
「こうして呼び出したのは他でもない。君の幼馴染の事についてだ」
「……唯香のことっすか」
「ああ、そうだ」
唯香の話が出て、自然と身構える。
それに気付かない黒山ではなかったが、この際それはあまり気にしなかった。
「君の幼馴染は特別な力に目覚めている。何か心当たりはないか?」
「特別な力……?」
「そうだ。君でいう、触れたものを全て壊す能力……とかだ」
「……驚かれないんすね」
あくまで自然に話す黒山を見て、颯太は少し驚いた。
少なくとも、普通の人からすれば「自分も骨を砕かれるのでは!?」と恐れ、距離を開けるだろう。
しかし黒山はそうではなかった。
「俺には砕く能力はないが、君たちと似たようなものだからな。……それで、颯太の幼馴染はどうなんだ?」
「いや、特別な能力みたいなのを感じたことはないっすけど。……ただ、金曜日にも話したように、ある日突然、異性からちょっかい出されやすい体質になったってくらいっすかね」
「それで、金曜日も土曜日も襲われた……というわけか」
颯太は無言で頷いた。
それを見て、黒山は顎に右手を当てて考え始めた。
黒山の生きてきた人生、重度の中二病患者と関わってばかりだったが、今回のようなことは初めてだ。
これがまだ「重度の中二病患者のみに狙われる」というのであれば、詩織や虹園光里のような存在だと考えられるが「能力者であろうと無かろうと、男が襲ってくる」となると、話はかなり難しくなってくる。
「そうなったきっかけ……みたいなのに、心当たりはあるか?」
「……無い、っすね」
惚けているわけではなく、颯太には本当に心当たりが無かった。
「それを本人に聞いてみることは?」
この問いにも颯太は首を横に振った。
「当時、俺も唯香に聞いてみたっすけど、わからないの一点張り……っすね」
黒山はメンタルケアカウンセラーの資格を持っているわけではないが、自分が重度の中二病患者であり、それを取り締まる立場として「重度の中二病患者の治療法」を知っていた。
重度の中二病というのは、基本的に「自分の理想像をそのまま自己定義する」というところから始まっている。つまり、その理想像を打ち砕く……つまり現実を認識させるか、それとも本当に理想像に近付けさせれば、理想像ではなく実像となるので、自然と重度の中二病患者としての能力は失われる。
沙苗のようなカウンセラーは、1つ目の方法を取っており、相手を絶望させることなく現実の自分を認識させることが出来るので、実は密かに黒山は「すごい」と思っている。
「俺としては、この状態を放っておくつもりはない。正当防衛とはいえ、砕かれた骨を治すのにも時間がかかるし、余計な騒ぎにもなりかねない」
「…………」
「だからまずは、その原因である颯太の幼馴染からどうにかしようと思う。それには君の力が不可欠だ。協力してくれ」
颯太にとって、黒山の意思と言葉はありがたいものだった。しかし、颯太は申し訳なさそうに黒山の目を見て答える。
「それは……無理っすね」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
この章もようやく後半になってきました。さて、颯太と唯香は一体どうなるのやら……。
それではまた次回! 来週もよろしくお願いします!




