求愛と破壊のすれ違い part13
「何があった? ……といっても、見ればわかるか。腕を刃物のような形に変えて襲ってきたというのは、そこにいる人のことか?」
「え、ええ。そーですけど……。何で黒山先輩がそれを……?」
この状況のことは、当事者である3人と唯香の通報を聞いたオペレーターにしか知り得ない話だ。
黒山の事情を全て知る人からすれば、黒山がそれを知っていても何ら不思議はないが、それを知らない唯香にとってそれが驚きだった。
颯太の場合は、そもそも唯香が通報したことすら知らないので、黒山がここにいることだけが疑問だった。
しかし、黒山には答えるつもりなど微塵もない。
唯香の質問を無視し、颯太の方へ向き直した。
「これは、君がやったのか?」
「……まあ」
はっきりとは答えにくかったのか、颯太は濁して控えめに答えた。
ただ、黒山にとってはその返事だけで十分だった。
颯太や唯香へ何も言わずにポケットから携帯電話を取り出し、針岡に電話を掛けて、現在の状況と負傷者を回収してほしいということだけ述べ、必要最低限の会話だけで通話を切った。
気まずげに全く違う方向を見る颯太と唯香。
黒山には2人が何故、気まずいような雰囲気を出しているのか知らないし、知ろうとも思わないので、遠慮なく2人に今後の指示を出す。
「颯太、彼は俺の方でどうにかしておくから幼馴染を連れて帰宅してくれ。今回は正当防衛の範囲だから問題はない。……やり過ぎなくて良かったな」
「…………」
颯太は無言で頷くだけだった。
先輩に後片付けを任せてしまう後輩の態度としては、失礼にも程があるが、颯太はそこまで気が回らないほど頭の中が混沌としていたし、黒山自身そこまで気にする人間ではない。
重い足取りで唯香に近付いた颯太は「帰るぞ」と暗い声で言って彼女の返事を待たずに歩き出し、唯香は黒山に会釈してから、無言で颯太を追い掛けて去っていった。
2人を見送った黒山は骨を砕かれた男を見て「哀れな」と思いつつも、少しだけ歓喜に思った。
針岡から調査の命令が出て以来、ほとんど調査に手が付けられず焦りを感じていたが、彼を見てようやく糸口がつかめたからだ。
しかし問題なのは、骨を『破壊』されているという点では共通しているものの、そもそも今までの事件も「全て加害者が颯太だとは限らない」ということ。
そして唯一「外傷はなく、部分的に記憶を失って気絶していた」という例があったということ。
一連の事件が共通していようと無かろうと、犯人が同一であろうと無かろうと、颯太ではなくもう1人誰か関係者がいるように黒山は感じた。
「ん、来たか」
あれこれと考えているうちに迎えの車がやってきたので男を乗せ、黒山は帰宅する為に車を見送ってから歩き始めた。
そこで砕けたコンクリートの地面を見て、顔には出さず心の中でにやけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
黒山と別れてからバス停に辿り着くまで何事も無かった颯太と唯香の2人だが、会話も何1つとして無かった。
颯太は怒りと困惑が混ざり合ってて唯香と話そうとは思えず、唯香も唯香で颯太に対して怒りを持っており、その怒りをちゃんとぶつけるつもりであるが、どういう言葉でぶつけるかを悩んでいた。
悶々としているうちに、乗ったバスが家から最寄りのバス停に止まり、特にコミュニケーションを取ることなく当たり前のように、2人は下車した。
心配性な颯太はいつも唯香をしっかり家まで送ってから自分の家に帰る。
気まずいとはいえ、颯太はちゃんとその習慣を守って唯香を家まで送った。
槙田家の玄関前まで来て、ようやく唯香が口を開いた。
「ねぇ、ふーた」
「あ?」
「ふーたにとって、やっぱり私はお荷物?」
「…………」
何度か危ない場面はあったが、颯太は唯香を1度もお荷物だと思ったことはない。
だから、颯太の答えは1つだ。
「そんなの思ったことねーな。どっちかっつーと、お前を狙う相手の方がタチ悪ぃと思ったことは何度もあるけどな」
これが正しい答えだと、颯太は疑わなかった。
ちゃんした本音なのだから、今まで通り「そっか」と言われて笑いあって「また月曜日」だと思った。
ただ今回の場合は不安要素が1つあるので、確信出来なかったがーーー
「……ふーたは、いつもそうやって言ってくれるけど、実際のところはただのお荷物だよね。ふーたに迷惑かけてばかりだよね」
「んなもん、迷惑かけるだなんてお互い様でいつも通りのことだろ、今更……」
「だからね」
颯太の言葉を最後まで聞かずに遮り、はっきりと相手の目を見て唯香は言った。
「もう、ふーたは私を無理して守ろうとしてくれなくていい……。今までありがと」
「は……? お前、何を言って……?」
「これからは私自身でどうにかするから、ふーたはふーたで自分の高校生活を大事にしてね」
「はっ……」
唯香の決意を感じた言葉に、颯太の表情は余裕のない、歪んだものへと変わった。
怒りと悲しみ……負の感情が混ざって出てきた表情に、唯香は目を逸らしてしまう。
「お前1人で、どうやって敵と戦っていくんだよ!? お前には相手を退けるだけの力があんのか? ねーよなぁ!?」
「…………」
「今までだって、俺が戦ってきたからお互い無事でここまで来たんじゃねーかよ! そんなお前が、俺無しでどうやって外出するんだよ!?」
「…………」
「……何とか言えよ!」
颯太の怒りは爆発していた。
人を簡単に怪我させられる能力を知られて、嫌われてしまうことは覚悟していたが、拒まれ方が遠回しで、おまけに無謀なことを言っているからだ。
今まで彼女の知らないところで戦ってきた立場として、否定せずにはいられなかった。
だが、それを突き付けられても唯香の意見は変わらない。
「私……『謎の体質』が出てきて、それを話した時、ふーたが受け止めてくれて本当に嬉しかった!守ってくれるって言ってくれて、心強かった!! ……だけどもう、私はふーたを信じることができない」
「……そうかよ」
お互いに続く言葉が出ず、俯いた。
「…………」
「…………」
ついにはそれに耐えきれなくなった唯香が「じゃあね」と言って家の中へ入っていき、颯太はその後ろ姿を見ることなく、立ち尽くしーーー
「うらぁっ!!」
八つ当たりに右足で地面を踏みつけて壊そうとしたが、その行いが「みっともないことだ」ということに気付き、ピタリと止めた。
「くそっ!」
結局、颯太は槙田家に目を向けることなく、自宅へ向かって歩き出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そこまで大声でのやりとりではなかったものの、槙田夫妻は外での出来事に大体の予想がついていた。
詳しい内容こそはわからないが、喧嘩したのは明白。長い間2人を見てきた夫妻にとって、唯香と颯太の喧嘩など別に珍しいことではないことだ。
唯香と颯太にとってはかなりの大喧嘩という形だが、夫妻にとって……ではなく、唯香の母親にとっては別にいつものことと変わらないように感じている。
ただ、唯香の父からすれば高校生の娘が涙を流す勢いでのことなのだから、余程のことでは無いのだろうと感じていたので、娘を泣かせた颯太に憤っていた。
「んー、許せん!」
娘に問い質し、場合によっては颯太と一戦交えようと立ち上がった唯香の父に対し、唯香の母はそれを片手で制した。
「大したことじゃ無いら? あたしが聞きに行ってくるから、お父さんは余計な手出しするんじゃないよ!?」
「だ、だけどな?」
「お父さんが出たら余計面倒なことになるっつーの! こーいうのは女にしかわからないことだってあんのよ」
「むむむ……わかった。任せる」
夫に任されたところで、唯香の母は嗚咽が聞こえてくる、電気を付けずに真っ暗な娘の部屋にノックして返事を待たず入っていった。
「邪魔するわよー」
「……まだ、いいよって、言って、無いんだけど」
「女同士なんだから別にいいじゃないの! でもまあ、お父さんがやったらぶっ飛ばしてやんなさい。あたしもぶっ飛ばしてやるから!」
「…………」
普段の唯香なら肩身の狭い父を笑うところだが、普段通りに笑えないほど唯香の心はコンディションは最悪だった。
部屋を暗くしたままベッドの上に腰掛け、布団を被って泣いている娘の身体に右手を軽く置くと、唯香の母は比較的真面目な態度で、優しく娘に問いかけた。
「今度は何があったっての?」
「…………」
見習いたくはないと思っているものの、唯香は母のことが嫌いではない。
むしろ、男勝りな性格だからこそ、相談し易く頼り甲斐のある母だと思っている。
しかし、今回の事に関してはどう話したものか困った。
両親は唯香の『謎の体質』について知らないし、そんな自分を守る為に颯太が、相手の骨を砕いてまで戦っていたなど、非現実的過ぎて説明しづらかったからだ。
とはいえ、せっかく1階のリビングからわざわざ2階の自分の部屋まで足を運んでくれたのだ。唯香に「相談せず黙秘し続ける」という選択肢は無かった。
ある程度嗚咽が落ち着いてから、どうにか余計な情報は言わないよう言葉を選んで出来事について話した。
「私……ずっと前から、男子にちょっかい出されやすくて」
「うん、可愛いからね」
「ストーキングされたりとかしたんだけど……」
「うん、可愛いからね」
「ふーたがずっと助けてくれてて」
「ふむふむ、それで?」
「今までずっと、私を第1に逃したから自分も逃げてたんだと思ってたんだけど、本当は戦ってて……」
「ほう、それはそれは」
「それをずっと私に隠してたから……。私は正直に色々相談してたのに……。そんなに私、頼りないかなぁ」
「ふーん、なるほどねぇ」
途中から本当に母が真面目に聞いているのか怪しく感じた唯香だが「取り敢えずまずは」と思い、最後まで話を続けた。
一方、唯香の母はというと、途中からニヤケが止まらなくなっていた。恋愛経験の乏しい女の子としては重大に感じる悩みではあるが、唯香の母にとっては可愛いと思えるものだった。
「まあ、唯香。男ってのはさー、意地っ張りなのよ。やっぱ、女の子に頑張ってるとこ、あんま見せなくないんでしょ」
「どうして?」
「わかんない? そりゃ、あんたのことが好きだからよ」
「そうなのかなぁ……」
唯香は「男は意地っ張り」というところに何となく心当たりがあったが「唯香のことが好き」だというところに疑問を感じた。
これで前向きに仲直りできるほど、唯香の意思は緩くないし、颯太が自分を異性として意識してくれているとはあまり思えなかった。
実を言うと、唯香の母が言ったことは半分正しくあるが半分は間違っている。
颯太本人にしか知り得ないことだが『全てを覆す為の破壊』に目覚めるまでは確かに、意地を張って唯香の知らないところで戦っていた。
しかし以降は、どちらかというと能力に目覚めたことを知られたくなかったので隠していたのだった。
「幼馴染で小さい頃から一緒なのに、どうして意地なんか張るんだろう……?」
「いやぁ、でもあたしからしたら、颯太の行動はなかなかに男前だと思うけどねー」
「えぇ、なんで?」
「だってさー、自分頑張ってます!! ってアピールしてくるような男より、隠れて頑張ってる男の方がカッコイイじゃん? 褒められる・認められる為に頑張ってるじゃなくて、ちゃんと誰かの……唯香の為に頑張ってる颯太は立派でカッコイイって!」
「確かにそうかもしれないけど、私は隠してて欲しくなかった。隠したりせず、ちゃんと話して欲しかったよ……」
「まあねぇ。唯香の言うこともあたしにゃ、わかるよ。まっ、颯太の意気だけちゃんと認めてやって、次からちゃんと相談してもらえるよう、言ってみたら?」
「うん、そうする。……でもぉ」
「でもぉ、なによ?」
「結構、拒絶的な感じで言っちゃったから、しばらくは言いづらいなぁ……!」
「ふふっ、そこはどうにか気合いで頑張んな!」
唯香の母の中では「これはもう時間の問題」となったので、唯香も泣き止んだことだから夕飯の支度に取り掛かる為、またも何も言わずに部屋を退出した。
「…………」
唯香は布団から出て電気を付け、仲直りのタイミングを逃すことのないように、携帯で「異性 仲直り」というキーワードで検索を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
心はもちろん凹んでいるが、颯太は泣いていなかった。
颯太の場合、悲しみに限ったわけではないが、色んな負の感情は苛立ちに表れる。
だから嶺井家の中では、颯太が苛立っていようと珍しく感じないので、嶺井夫妻は苛立って部屋に入っていった颯太を見ても、特に話を聞いたりはしなかった。
苛立ちやすい性格を自覚している颯太は、いつもお気に入りの音楽を聴くことで苛立ちを紛らわしていた。
いくら相手を簡単に怪我させられる能力を持ち合わせていても、それを腹いせに使って他人を巻き込むようなことはしない。
今日もベッドの上で横になりながら、愛用のイヤホンを音楽プレイヤーに差し込んで音楽を聴いていた。
(お、そういや……俺はもう高校生だもんな)
未だに高校生という意識に慣れない颯太は、イヤホンを見て彼にとって大事なことに気が付いた。
今までは唯香がいつも一緒だったので必要無かったし、中学校では没収されてしまうが、高校生となった今ならイヤホンを学校へ持っていっても没収されたりしない、ということに。
流石に授業中に使ったりしたら怒られ、没収されたりするだろうが、颯太の中では休み時間さえどうにかなれば問題ない。
唯香との仲直りについても、もちろん考えていないわけではないがーーー
「知られちまったからなぁ……」
この能力について知られた以上、仲直りのチャンスは無いかもしれないと、颯太は諦めかけていた。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
最初は意地や見栄を張ってもいつかは、張っていないありのままの自分を笑って受け入れてくれるような関係が理想的なのではないかなと思います。(ただし、怠けて良いというわけではない)
まあ、相手に振り向いてもらうために意地や見栄を張り、振り向いてもらえたなら時間をかけてありのままを見せていく……それが、恋人から家族(身内)になっていくことなのではないかな? ということです。
結婚したことないくせに、我ながら何を言っているのやら(苦笑)
それではまた次回。来週もよろしくお願いいたします!




