求愛と破壊のすれ違い part8
一方その頃……。
「悪い! 待たせたか!?」
「ううん、大丈夫!」
集合時間を5分程度遅刻した颯太は、住宅街で待っていた唯香の元へ小走りで寄りながら謝った。
基本的にあまり怒らない性格である唯香は、心の底から5分程度の遅刻は気にしておらず、ただ笑顔でそう答えた。
2人は幼馴染であるが、幼馴染だからといって極端に家が隣だというわけではない。同じ町内であり、家が歩いて5分程度の距離であり、そして母親同士が元々同級生だったということがあって、幼い頃からの付き合いがあるのだ。
颯太の母親の場合、嫁いだ先が偶々この地であったのだが、唯香の母親は「住むなら実家に近いところがいい!」と唯香の父親に強く言った為、この住宅街で居を構えることになった。
そして颯太と唯香の2人が保育園に上がった時、母親同士が再会。それをきっかけに、颯太と唯香は仲良くなり、その後も親子同士付き合いが続き、今に至る。
「へー……へー……」
颯太は両手を膝につきながら、小走りで荒くなった息を整えた。
半袖で歩くにはまだ少し肌寒いが、気温ではなく太陽の光がやや熱い為、走ればどうしても汗が出てきてしまう。
3つほど、汗の雫を地面に落としてから視線を上げると、颯太は内心「うおっ」と思った。
高校に入学して1週間。つい2週間前……中学生の時に比べて、唯香のコーディネートが大人になっているからだ。
そんな颯太の心情をある程度読み取ったのか、唯香は少し恥ずかしそうに「ど、どうかな?」と聞いてみる。
「えっと……まあ、そうだな、うん! 似合ってるんじゃねーか?」
「そ、そう……?」
「少しばかり背伸びな気が……いってっ!!」
唯香は颯太が余計な一言を言おうとしていることをすぐに察知し、思いっきり右足で颯太の左足を踏みつけた。
だが、颯太は踏まれた痛みによる怒りより先に、唯香が履き慣れていない……もしくは、初めてヒールを履いていることに気が付き、感慨深くなる感じた。
「……唯香」
「なに?」
「お前がヒールを履くだなんて……大人になったんだな」
「ふふっ、何それ! 台詞が親みたい! ……でもね、その通り! 私はこれから女性になっていくんですから!!」
「ははっ、そうだな! さて、そろそろ行こうぜ?」
「うん!」
2人は付かず離れずの距離で、並んで歩き始めた。
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黒山はまだその場に立ち止まったままだった。
歩き出してもいいが、白河は気が済むまで追ってくる。黒山にとって、それは今この場で相手をするよりも遥かに苦痛で苛立たしいことだ。
既に白河は「これ以上、姿を消したふりをしても無駄」と判断しており、黒山の前で向かい合って立っている。
何かを企てているかのような、性格の悪い笑みを浮かべて口を開く。
「僕たちの役割は本来、重度の中二病患者を取り締まることではなく、虹園光里を重度の中二病患者から守ることだったじゃあないか! ただまあ、僕や黄ぃの場合は予想外にも虹園光里と同類がいたから、彼女たちを守る使命を与えられたわけだけど……」
「…………」
「黒。僕はね、正直なところそんなことはどうでもいいって思っているんだ」
「何を言っている? お前はあの時……」
「そうだね。富永裕里香……お嬢の守護に僕は固執した。それが僕たちにとって優劣が決まる事柄だと思ったから。
けど、実際はそんなことない。僕たちには僕たちの人生があるはずじゃあないか?」
「それは……」
「んん?」
こういったことに馬鹿が付くほど真面目である黒山は「それは違う」と答えるだろう、と白河は予想していた。
そう答えてこそ、白河の知る黒山だからだ。
しかし、その予想は外れた。
「それは、俺も考えたことがある」
「やっぱり黒ならそう答えると……ってあれ? 今なんて?」
「俺も考えたことがある」
「がっ……!!」
その瞬間、時間が止まった。……ように、白河は錯覚した。
実際にそんな経験は無いが、言葉にたとえて言うなれば「落雷が落とされた感覚」だった。
断言しよう。白河にとって、この日ほど衝撃を受けた日はこれまでも、これからもなかったということを。
数秒かけてようやく、衝撃を受けた後の虚無から抜け出せた白河はグッと頭を押さえた。
能力を使った際に起こる「白髪化」が現れ始め、生まれた時からある黒髪が白に染まっていく。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 僕の知る黒は、こんなに人間らしさが無かったはずだ!? どうして、なんで、一体……!?」
「……おい白。お前、何をブツクサ言って……?」
「そうか! あの女が、黒を変えてしまったのか……!? くそっ! くそくそくそくそくそっ!!」
「おいっ!」
黒山に肩を揺さぶられ、白河は揺さぶった黒山を見開いた目で見た後、すぐに正気を取り戻した。
といっても、正確には受けた衝撃を『帳消し』した結果、すぐに黒髪へと戻ったのだ。
「あ、ああ、ごめん黒。僕としたことが動揺してしまったようだ」
「お前といるのは疲れる。さっさと帰ってくれ」
「ははっ、僕も嫌われたものだなぁ。でも最後に1つだけ、黒に聞いておきたいことがある」
「なんだ?」
「君は、そう遠くないうちに虹園光里から呼び戻されるだろう? その時、黒はどちらを選ぶ? 選ぶことができるかい?」
「…………」
「それじゃあ、また会いにくるよ。次こそは決着を付けられることを楽しみにしているからね」
白河はそう言って黒山に紳士風のお辞儀をしていくと、能力を使って空へ舞い上がった。
そして再び姿を消して、どこかへ飛び去ったのだった。
「選択……か」
黒山はそう、独り言を呟いてから、沙苗の家に向かって再び歩き出した。
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人によって、デートの概念は異なる。
男女で遊びに行くのも、買い物に行くのもデートだという人がいれば、付き合っている男女の場合のみを指す人もいる。
実のところ、幼馴染である颯太と唯香は、お互いにその辺をどう思っているのかを知らなかった。
今更気にするのも変だし、そもそも「どう思うか?」だなんて聞く勇気がお互いにない。こうして、2人で買い物に行ったりすること自体、中学生の頃からやっていたことなのだ。
幼馴染と言えど、普通なら両親と買い物に行けば良いのだが、唯香には『謎の体質』がある。
唯香はこのことを両親に話してはいるものの「心配を掛けたくないし、巻き込みたくない」という気持ちが強いので、一緒に行動することを避けている。
とはいえ、だからといって「颯太なら良いのか」と言えば少し違う。もちろん、申し訳なく思っている気持ちはあるが、それと同時に今まで巻き込まれても事なきを得ているという実績が、唯香を安心させているのだ。
今回の場合も「2人で遊びに行こう」という考えで出掛けているわけではなく「唯香の買い物に付き合う」という形で、颯太は唯香と外出しているのだった。
ショッピングモール付近で止まるバスに乗って移動している途中、唯香は颯太に伝えておかないといけないことを思い出した。
「あ、そいえばね」
「ん?」
「ふーたを待ってたら、この前助けてくれた先輩に会ったんだよ!」
「ああ、黒山先輩だったかな? 何か話したのか?」
「うん! なんかね、この辺で人同士のトラブルが無かったか? って聞いてきたんだ。それでね、昨日のことを説明したら、明後日ふーたからも話を聞きたいってー!」
「ああ、わかった」
「ところで、ふーた。結局、昨日ってどうやって逃げ切ったの?」
「……別に、俺1人ならうまいこと逃げることなんて簡単だっての! 方法は大して変わりゃしねーよ」
「ふーん?」
唯香はとりあえずそうやって答えたが、もちろん颯太の言葉を100%信じているわけではない。
しかし、ここで問い詰めたところで答えが変わらないことくらい、付き合いの長い唯香はわかっていた。
「ふーた。私のために頑張ってくれるのはすごーく嬉しいけど、あんまり無茶しないでよー?」
「無茶なんかしてねーから安心しろって! っと、そろそろ着くみたいだな」
颯太と唯香は精算を済ませ、バスを降りて目の前に大きくそびえるショッピングモールへと入っていった。
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詩織の今日の予定はバイトで埋まるはずだった。
しかし思いの外、土曜日だというにも関わらず客が入っていないようで、今日のシフトはキャンセルとなった。
「うっわ、どうしよ。私ったら超暇じゃん。……んー」
着替えてなければそのまま部屋で過ごすのもありだったのだが、着替えて「いざ出発しよう」というところでバイト先から電話があったのだ。
「せっかく着替えたしなぁ」という気持ちもあり、どうにか遊びに行けまいかと考えていた詩織は、とりあえず大親友である真悠に電話してみることにした。
自室のベッドに腰を掛け、鞄から携帯を取り出して連絡先から真悠の番号をタップ。着信が始まり、3回ほどコールが流れたところで真悠は出た。
『あれー? どうしたの、しーちゃん? 今日はバイトじゃなかった?』
「いやぁ、本当はその予定なんだったんだけどね? あんまりお客さんが入ってないみたいで、今日はキャンセルになっちゃったんだわ。 そこでなんだけど……」
『おっ、遊ぶんですなー!? 喜んで……って言いたいところなんだけど、今日は用事が入っちゃってて……』
「あ、そうなんだ? 急にごめんね、真悠……!」
『ううん、こちらこそごめんね、しーちゃん。……あ、それなら黒山くんを誘ってみたらー?』
「ええっ!? なんでそこであいつの名前が出るのよ!」
『黒山くん、モテるみたいだし、積極的にアプローチしないとダメだよ、しーちゃん!』
「……今まで特に好きな人とかいなかった真悠にそう言われてもなぁ」
『わ、私のことはいいのっ! と・に・か・く! ちゃんと誘ってみるんだよ!? それじゃあね!!』
「あっ……ちょっ!」
反論しようとしたが、真悠はすぐに通話を切ってしまった。
掛け直すようなことはせず、だからといってすぐに黒山に電話したりもしない。
近くにあったクマの人形を抱いて、その頭に顔を埋めた。
転入当初は全くあり得なかったが、3人で遊びにいった日の後、黒山と電話番号を交換した。
それが黒山からの申し出だったので驚きを隠せなかったが、後から冷静に考えた時、黒山が「もっと仲良くなりたいから」という理由ではなく「重度の中二病患者関係のことで何かあったら連絡しろ」という意味だということを理解した。
きっかけはどうあれ、今は彼の電話番号を入手している。重度の中二病患者関係でなくとも、電話したい時にすればいいことくらい、詩織にもわかっていた。
しかし、多少なりとも電話するくらいからともかく、遊びに誘うというのは迷惑なのではないだろうか。
もし勇気を出して誘ったとして、馴れ合いを嫌う黒山から『拒絶』された時、いつも通りの自分でいられるだろうか。
そう考えた時、詩織の心は不安でいっぱいになった。
(どうして、なんだろ?)
(転入当初は、こんなこと思わなかったのに。『拒絶』されても平気だったのに……)
普段、学校で面と向かった時、絶対に湧くことのない感情や考えが、詩織の中で渦巻いた。
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購入するものが予め決まっているとはいえ、目的のものを買ったから帰る……というわけにはいかなかった。
来ようと思えばいつでも来れるだろうに、唯香はあちこちのお店を見て回っている。
特にあれこれと興味のない颯太にとって、この時間は割と苦痛だった。しかし、彼女を置いて帰るわけにもいかず、ただ楽しそうに見て回っている唯香の顔を眺めていた。
そして気付く、今日の彼女には大人っぽさがあり、それと同時に既視感のようなものがあったが、その既視感の正体に。
「おい、唯香」
「なーに、ふーた?」
「変なことを言うかもしれないけど、なんか今日のお前見ていると、母さんを見ているような気がしてくる」
「ん、流石はふーた! そこに気付かれるとはお目が高いですなー!」
「まあな! 伊達に父さんや母さん。そしてお前を見ているわけじゃないぜ!?」
「ちょっと、そんな恥ずかしいことを堂々と言わないでよっ! ……でも、ふーた。知ってる?」
「んあ?」
唯香は手に取った売り物の服を元の場所に戻し、真剣な表情でふーたに向き直した。
「な、なんだよ?」
「実はね、ふーた。私は……」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
予約投稿しようとしたものの、寝落ちしてしまいました!
先週、白河を久々に出したと後書きで書きましたが、読み返してみると「嫉妬と強奪の女王」から必ず出してました!
それではまた来週! 次回も読んで下さると嬉しいです!




