求愛と破壊のすれ違い part3
「その感じは何かあったんだな! 何があった!?」
「な、何も無かったよ! 大丈夫だから!!」
「本当だろうな?」
「ほ、ほんとだよ……」
颯太はジッと、唯香の目を見つめた。
しかし、動揺しているものの、彼女に白状する意思はないようだ。
それからすぐに視線を外した。
「……ま、何も無かったならいいか。つか、なんで先に帰ったんだ?」
「え、えっとそれは……」
先程まで何か焦ったように答えていた唯香は、質問が変わった途端、モジモジし始めた。
感情の起伏が激しい故に、本当に表情が忙しい少女なのだが、颯太は彼女のそういったところを好ましく思っている。
なので答えを追求していながら、その反応を心の中で楽しんでいた。
実に良い性格をしている……。
とはいえ、基本的に短気な颯太が出るのか出ないのかわからない答えを気長に待っていられるわけもない。
「はぁ……。別に無理に答えなくたっていい。むしろ聞いたら野暮なことだってあるしな」
「そ、そうだよ! そうやって察してくれると助かるなぁ」
(チッ……都合のいいやつだ)
颯太はそう思いながら追求をやめたが、実のところ、彼女が嘘をついていることくらいわかっていた。
幼馴染という関係なのだから、彼女が嘘をついている時と付いていない時の区別くらい簡単に付けられるのだ。
だからといって、今すぐ何か出来るわけでもないが。
(さて、どうしたものか……)
颯太が次の行動を考えていると……。
「昼食中に失礼。少し良いかな?」
「ん?」
同じクラスに所属していると目される男子生徒が話しかけてきた。
その男子生徒は、ブレザーの下にパーカーを身につけていて、前のボタンをしっかり留めている。
颯太も似たようにブレザーの下にパーカーを身につけているが、パーカーの色と、ブレザーのボタンを留めていないという点が異なっている。
ちなみにだが、ブレザーの長さも少し違う。
基本的にブレザーの長さは、腰より少し下まで伸びているのが正しい。
正しいブレザーを身につけているのは男子生徒の方で、颯太のブレザーは腰より若干上の短さなので正しいものとは言えない。
「俺の名前は萩野充。同じクラスになったことだし、挨拶をしておこうと思ってね」
「……珍しく礼儀正しい人だな。俺は嶺井颯太だ。よろしく」
男子生徒に話しかけられたのだから、その相手は颯太だと思うのが自然だ。友達になりたいのだと予想できる。
しかし彼は、唯香の自己紹介も聞きたいようで、彼女の方へ視線を移した。
「わっ、私は槙田唯香。よ、よろしくね」
「うん、2人ともよろしく」
充は2人の自己紹介を聞いてニッコリと笑顔を浮かべた。
そのまま去っていくかと思いきや、そこに留まって、更に質問をしてきた。
「不躾な質問かもしれないけど、2人は付き合っているのかな?」
その質問に唯香は咳き込んだ。むせたのだろう。
一方で颯太は「何言ってんだ、コイツ」という目を向けている。
「付き合っちゃいねーよ。幼馴染って関係だから、一緒にいるんだ」
その説明に、唯香も激しく何度も首を縦に振った。
「あれ、それは意外な答えだ。……みんな、2人の関係は恋人同士だと思い込んでいるよ?」
「じゃあ、その『みんな』ってのに勘違いだ、と伝えておいてくれよ」
「ははっ、わかったよ」
充の表情は苦笑気味だった。
話がひと段落ついたところで、廊下から教室の出入り口を通して、こちらを覗く女子達がやっと見つけたと言わんばかりに、大声を出した。
「あっ! 萩野君、みーっけ!!」
「萩野くーん! はやくきてー!!」
充は苦笑のまま、彼女達に手を振る。
「……モテモテだな」
「そう……なのだろうか? まあ、悪い気はしないんだけどね」
「入学して1ヶ月も経っていないと言うのにな。世界レベルで希少だろ、これ」
「それは大袈裟なんじゃないかな?」
「そんなことないだろ……。っていうか、早く行ってやれよ、お前を待ってるだろ?」
「ああ、うん。それじゃ」
去っていく充の顔が、何処か名残惜しそうだったように颯太は感じた。
だがそれは「もっと颯太と話したかった」という意味ではなく「唯香とも話をしたい」と捉えるのが正しいようだ。
もっとも、名残惜しそうな視線を向けられた唯香は、昼食の続きに執心していたが……。
そんな唯香を見て颯太は溜息を吐いた後、同じように再び弁当の中身を食べ始めた。
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その日の放課後、颯太と唯香は一緒に帰った。
昼休みに問い質した時、唯香は「何も無かった」と言ったが、こうして一緒に帰るということが、ある意味「何かあった」ということを裏付けていた。
だからと言って、改めて問おうとする颯太ではない。
彼は歩きながら唯香の話を聞いているうちに、ふと思い出したことがあったので話し始めた。
「そういやなんだけど、昼休みが終わった後に驚いたことがあってな」
「うん? なになに??」
「昼休みに俺たちに話しかけてきた萩野。あいつを見つけて大声で呼んだ女子生徒は、どうも上級生らしい」
「えっ、そうなの??」
「移動教室で移動中にすれ違ってな。靴をよく見たら、2年生の色をしてた。あいつ、歳上にモテるタイプなんだな」
「へー! でもまあ、確かにそんな感じするよね!」
同性の顔をそんなにまじまじと見たわけではない颯太だが、よく思い出してみると、少し頼りなさそうな顔をしていたような気がしている。
実際のところ、充は割と整った顔立ちをしており、笑顔に愛嬌が出る。
下手に出ようとする姿勢も、歳上からの評価は高いだろう。
「それにしてもー、ふーたがクラスメイトに興味を持つなんて珍しくない!?」
「それじゃ、まるで俺が普段はクラスメイトに興味を持っていない、みたいな言い方だな? ……いや、間違っちゃいないか」
「おっ? 自分でも珍しいと思ってる??」
唯香の指摘に、颯太は「確かにな」と思った。
彼は決して友達を作らないわけではないが、特別仲良くする人がいるわけでもない。
だから、唯香に特定の人物の話をあまりしない。
だが、それは颯太が「充と友達になりたい」と思ったわけではない。
「いくらなんでも、1ヶ月でモテ期を謳歌できているだなんて普通じゃないからな。どっちかというと、警戒すべき相手な気がする」
「まーた心配性?? あれだけモテているんだから、萩野君が私に何かしてくるとは思えないんだけどなぁ」
「……そうか」
颯太は唯香の言葉を参考にしているよう見せかけ、聞き流していた。
充の本性がどうあれ、唯香はお気楽過ぎる。
何度言っても危機感を抱かない彼女の性格分析は当てにならないものだ、と颯太は思っている。
「裏切られるかもしれない相手なら、最初から疑っていた方がいい」という考え方をするのが颯太であり……
「裏切られるなら……裏切られる? いや待って、それはない!!」という考え方をするのが唯香だった。
(……ったく、少しは人を疑うことを覚えろよな)
そう、内心でぼやいていると、男が1人。こちらへふらっと寄ってきた。
颯太にとって、最早慣れてしまったパターンである。
つい、100m程先を歩いていた時には普通だったのに、50m縮まったところで突如、挙動がおかしくなる。
その男は制服を着ており、高校生に見える。
(……が、瑠璃ヶ丘の生徒では無いな)
着ている制服が違えば、通う学校も違う。
通う学校が違えば、この先二度と関わることのない相手だという可能性が高い。
颯太にとって、都合の良い相手だった。
「んー? そんな冴えない男といるよりも、俺と一緒にどっか行かなーい?」
「あ、えっと……」
案の定、唯香と初対面の相手だ。
敵として排除する為、颯太は動き出す。
「おーっと、久しぶりじゃねーか、たかし! 話したいことがあるから、ちょっと付き合ってくれよん!」
「あ? たかし……?」
「唯香、ちょっと待っててくれ。秒で終わるからさ」
「え? あ、うん」
颯太は無理やり、たかし(仮名)に腕を肩に掛けて歩き始め、建物と建物の間に入り込み、唯香から丁度見えないよう、建物の陰でたかし(仮名)から離れた。
「おい、たかし〜! 物事には順序ってものがあるんだよなー」
「さっきから、たかしたかしと呼んできやがって、誰のことを言ってやがる!?」
「黙れよ、たかし〜? 今、俺が説教してるじゃんかよ。 つか、お母さんに、人の話は最後まで聞きなさいって習わなかったのですかー? だとしたら、随分と教養が足らないことで」
「んだと、このやろっ!」
この男は、基本的にあまり暴力的ではないようだ。
颯太を殴ろうとはせず、右手で体を強く押そうとしてきた。
しかし、颯太は相手の右手首を右手で強く掴んだ。
「いでででで……! 離せって!」
「……彼女に、二度と手を出そうとしないことを誓えるかぁ?」
「わ、わかった! わかったから離してくれっ!!」
世の中には、言ってもわからない人間が少なくない。
皆が皆、当てはまるわけではないが、颯太はそれでも等しく「痛みによる恐怖で学習させよう」とする。
更なる痛みを与えようと考えたところで、聞き慣れた声が近付いてくるのを感じた。
「ふーたー? まだー??」
「待ってろ、今行くー!」
颯太は手を離し、最後に相手を睨みつけて声の主、唯香の方へ駆けて行った。
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「……おや?」
見知った2人の男女を見て、1人で下校していたクラスメイトは立ち止まった。
「…………」
建物と建物の間。その辺りから、忌むべき気配を感じる。
「んー、成る程。そういうこと……か」
その気配と、前を歩く男女のクラスメイトを見て、彼は理解した。
そして自ずと、自分のすべきことを悟った。
感覚に任せ、忌むべき気配がする方へ向かいながら、ブレザーの下に着ているフードを頭に被せた。
「いってーなっ、くそっ!!」
忌むべき気配を発している男は、手首をおさえながら、イライラしているようだ。
「んあ?」
手首を痛めつけてきた男子生徒と同じ制服を着た男子生徒を見て、怒りを爆発させた。
「おい、お前と同じ制服を着た奴に手首を痛めつけられたんだけどさぁ、どうしてくれんの、これ?」
完全に八つ当たりである。
しかし、フードを被った彼は、そんな八つ当たりなど気にしなかった。
「なんだかんだ言って、彼も甘いものだよね。君もそう思わないか?」
「はぁ?」
その瞬間、痛みで苛ついていた男は、目眩のような感覚に襲われ……。
そして「自分が何をしていたのか」を忘れた。
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翌日の朝。黒山は再び職員室へ呼ばれた。
「おーう、昨日の今日で悪いなー」
「また何かあったのか?」
本来であれば、教師に対してタメ口で話す生徒は注意されるべき存在である。
しかし、現代の学校社会において、教師に対してタメ口で話す生徒は珍しくない。
瑠璃ヶ丘のような、規則があまり厳しくない学校ではよくある話だ。
だから、針岡に対して敬語を使わない黒山を注意する教師は誰一人としていなかった。
「昨日の放課後の話なんだがなー。ここ、瑠璃ヶ丘高校から坂を下りて、しばらくすると建物が立ち並ぶ場所に繋がるだろー?」
「あ、ああ……そうだな」
正直、その説明は漠然とし過ぎていて、場所な特定が難しかった。
だが、大体の場所は頭に浮かんだので、先へ促した。
「その建物と建物の間。大通りから見えない陰のところで、琥珀ヶ関の生徒が気を失って倒れていたらしいんだわー」
琥珀ヶ関工業高等学校。瑠璃ヶ丘から電車で移動できる距離にある学校だ。代表者は金子奏太が担っている。
「琥珀ヶ関の近くならともかく……何故、瑠璃ヶ丘の近くなんだ?」
「あー。彼の家がここから近いことを考えると、下校中だったと考えられるなー」
「それで、気を失ってただけなんだろ? 俺が呼ばれることじゃないだろ」
「いやー? どうやらその生徒、記憶を部分的に失っているらしくてなー? 付近を歩いていたところまでは憶えているらしいが、何故その場所で倒れていたのかを思い出せないらしいんだわ」
「倒れた時に頭を打って、記憶を失ったんじゃないのか? ……それにしても倒れた原因がわからないな。熱中症には早いし。貧血か?」
「それも違えー。そもそも、頭を打った形跡がねーし、貧血も今までしたことはないらしいぞー?」
「……どうでもいいが、随分と情報が早いな。調査はこれからするんじゃないのか?」
黒山のそんな疑問に、針岡は苦笑した。
「お前さんの場合、明らかに普通ではあり得ない事件ばかり当たっているから無理もないかもしれんなー。けど、本当は普通に病院で検査したり、警察で事情聴取してから、俺たちに出番がくるんだぜー?」
「そういうものなのか? 知らなかったな」
「……お互い、貧乏くじを引かされてるもんだなー。ま、透夜。俺もそんな感じだったから、お前さんも頑張れや」
「鬱陶しい同情はいらん。ともあれ、俺たちの出番というわけか?」
「まあなー。……さて、こっからが本題なんだがなー」
針岡は珍しく、紙とペンを取り出し、状況整理と予想を語り始めた。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
ここ最近、あまり近況報告出来てなかった感じがしますね……。
今更ですが「Re:ゼロから始める異世界生活Ex獅子王の見た夢」を読ませて頂きました。
本編の主人公にとって敵陣営の話ですが、応援してしまいたくなる、というお話でした。
「マザーズ・ロザリオ」以来、目が潤んでしまいましたね……。
大切な人を失う、というのは思いの外、心を抉ってきます。
二度と会えない。話せない。当たり前のように、自分の日常にあった存在がごっそり無くなってしまう喪失感は、言葉に表しにくいですが、心に痛みを感じます。
話は変わります……と言いたいところですが、ここで他サイト様のお話をするわけにもいきませんので、気になった方はツイッターを見て頂けると幸いです。
それでまた来週。ぜひお楽しみに!!
島根ノ音丸先生の、返信が神がかってました!




