悪を裁く審判の歌 part16
石田航平。
現在では金子花奏に楽曲の提供と歌の伴奏を担っている彼だが、かつて小学生だった時には地元民から「天使の歌声」と言われたくらいの歌唱力を持っていた。
当時は合唱団に所属し、パートリーダーを担いつつ、独唱でもコンクールに出場する程だった。
純粋に音楽を愛していた航平は、歌だけでなくピアノの演奏にも興味を抱き、こちらはコンクールに参加する程ではなく、自分で演奏しながら歌う程度に習っていた。
しかし、学校での音楽の授業や、毎年行われる音楽会では「皆んなで作り上げる音楽」を楽しめていても、合唱団のような「歌の道を歩む者の集まり」ではあまり音楽を楽しめなかった。
航平の親もそうだが、他のメンバーの両親も我が子には期待している。お金を掛けて何かをさせるというのは、ある意味「我が子への投資」だとも言える。それ故、音楽を楽しむよりも、親の期待に応えようとするメンバーばかりだったからだ。
そして、それは彼が6年生。小学生合唱団で最後のコンクールに向けた準備中に起こった。
航平の歌唱力は、他のメンバーより飛び抜けたものだったが故に、ソロパートを担うと目立ち過ぎてバランスが悪くなるので、どちらかというと持ち前の歌唱力で主旋律のパートを引っ張っていくのが今までのスタンスだった。
だが、コンクールの優勝を本気で狙っていた責任者は、ソロパートに航平を指名した。
「今年は僕が(俺が)(私が)」と張り切っていたソロパート候補生が何人かいた中で、だ。
特に、ソロパートの候補生達の親が我が子に期待していたが故に、選ばれなかった候補生達の落ち込みは激しかった。
更に、彼らにとっては最悪なことに、航平にソロパートを任せるということは、他のメンバーの歌唱力を全体的に上げていく必要がある。よって、これまでにはないくらい、メンバー全員には過酷な練習が課せられることになったのだが……。
結果として、そのコンクールで航平のソロパートは実現しなかった。
ソロパートに選ばれなかったショックに加え、歌唱力を上げるための練習とはいえ、今までよりも厳しい環境に、候補生を中心としたメンバーは苛立ちを覚えた。そして「その元凶は航平にある」と思い始めたメンバーは、航平にあたるようになった。
最初は無視から始まり、やがて「大体お前の歌声は、大きいだけで聞くに堪えない」と批判されるまでに至った。
コンクールが近づく頃には、褒め言葉よりも貶す言葉の方が多くなっており、航平は自分の歌声に自信を失っていた。
「自分に聞こえる自分の声」と「他人に聞こえる自分の声」は違うと言われている。故に、航平にとって「絶好調な歌声」が他人……メンバーにとっては「雑音」となっている。
そう思い込んだ航平は、歌うことが出来なくなり、そして「天使の歌声」とも呼ばれた歌声が出せなくなってしまった。
卒業目前にも関わらず、合唱団を辞めるという形で、合唱と独唱。最後のコンクールを両方棄権したのだった。
時は流れ……。
中学2年生となった航平は、小学生合唱団の責任者と偶然会った。
「うん? 航平君? お久しぶり!」
「えっ、ああ。お久しぶり……です」
小学生合唱団の責任者……合唱団にとっては先生だが、先生は女性だった。
割と若めだったが、怒ると怖く、普段の柔和な印象と打って変わって、音楽になるとかなり厳しい。
そんな先生の為人を知っているから……というのもあるが、当時のことを思い出してしまったことにより、返事はぎこちないものとなってしまった。
だが、そんなぎこちなさがどうでも良くなってしまうような話を聞くこととなった。
「航平君、その後は何か音楽やってる?」
「いえ……特に何も」
もちろん嘘である。本当はピアノを趣味程度でやっていたのだが、出来るだけ話を早く終わらせたいが為に嘘を吐いた。
しかし、そんな航平の気持ちが届くこともなく、話は続く。
「そうなの? 勿体ないなぁ……。航平君の歌声、先生はすごく好きだったんだけど」
「……? 俺の歌声なんて、聞くに堪えないものだと思いましたが……」
「そんなことないよ? むしろ、航平君がソロパートやってくれていたら、間違いなく優勝だったろうになぁ……」
「え……? 当時のメンバーからは、酷い言われようだったんですがね」
「そうなの? まあ、中学生にもなればわかると思うけど、当時はソロパート狙ってた子も多かったから、きっと妬みでそう言ったのね……」
「妬み……」
妬みという言葉の意味を知っていた航平は複雑な衝撃を感じた。
怒り、悲しみ、悔い……1つの言葉では言い表せない感情が彼の心に渦巻いた。
先生から話を聞く今の今まで、彼はずっと「自分の歌声が聞くに堪えないものとなってしまった」と思っていたからだ。
でも本当は、己の実力不足を認めなかったソロパート候補生が妬みから「お前の歌声は、大きいだけで聞くに堪えない」と言っただけなのだと知った時、航平は心から彼らのことを許せなくなっていった。
「それでも……嫌いにならず、今後も音を楽しんでくれると、先生は嬉しいな」
そんな先生の言葉で航平は我に返った。
先生の言葉が心に響いたからではない。単に「先生の声」という音が目の前からしたからだ。
そんな彼が何か反応を出来るわけもなく、先生が「それじゃあね」と言ったので、航平は無言でお辞儀をしただけでその場は終わった。
しかし、それが始まりとなった。
やがて、その後の学生生活を送る中で見てきた1つ1つの出来事の細かいことを気にせずにいられなくなった。
悪者がいない、本当に平凡で日常的な場面はともかく、誰かと誰かに何かある度「自分が得をする為に、他人を欺く者」が許せずにいられないが、自分には何もできない。
そんな歯がゆさと苛立ちが頂点に達した頃、航平は『罰する為の罪状』という能力に目覚めた。
以来、彼は法律では裁ききれない罪を悪とし、そんな悪を裁く者として生きていくことになる。
それが中学3年生の時だった。
その後、高校生なってから、風紀を乱す者を罰したいと願う清村や、1つの物事に浮かれて周りが見えなくなる愚か者に制裁を与えたいと願うヤイバ男と『スリー・オブ・ジャッジメント』を結成し、活動してきた。
そんな活動をしつつも、航平は音楽を辞めることが出来なくなった。
変声期も終わり、当時「天使の歌声」と呼ばれた歌声を出すことが完全に不可能となった彼は、歌うことを諦めて、ピアノと作曲をするようにもなった。
とても世間に売れそうにない曲であると自覚していた航平は、出来上がった曲をインターネットに投稿することにした。
そこで偶然出会ったのが、金子花奏だった。
航平と花奏は同い年。小学生の頃、合唱団に入っていた航平を花奏は知っていたのだ。
2人の音楽性は一致していた。お互いにとって、この出会いは音楽の相棒という意味で「運命」だった。
花奏は航平の書き上げる曲を好み、航平も花奏の歌声を好んだ。
路上コンサートをやり始めた頃は、あまり人が立ち止まる程では無かったが、回数を重ねることで徐々に実力を上げ、注目され、今に至る。
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「ぺーやん、これは一体何……?」
周囲に能力を使った航平。残ったのは『拒絶』した黒山だけだと思ったが、斜め前で歌っていた花奏にも効かなかったようだ。
「流石は花奏さん。君には俺の能力は効かないか……」
「流石? 能力……? ごめん、ちょっと何言ってるのかわからないんだけど」
「そうだろうな。けど、彼と決着を付けたら路上コンサートを再開しようか」
路上コンサートで歌っている歌は、作曲こそ航平がやっているが、作詞は花奏がやっている。
2人の歌の1つに、罪や罰をテーマとした歌がある。故に、花奏は花奏なりに罪や罰に対しての意識・考え方があるということだ。
『罰する為の罪状』という能力は、罪を犯すようなことを全くしない超絶善人か、自分なりに犯した罪に対する罰を意識している人間には効果が無い。
花奏に能力が通用しなかったという現実は、航平にとって物凄く嬉しいことだった。
「それはともかくとして……せっかくお前の罪に罰を与えてあげようと能力を使ったというのに……。黒山透夜、お前は一体どこまで罪深き人間なんだ」
「勝手に決めつけるな。そういうお前こそ、これだけの人を巻き込んでいながら、自分は無罪だと言い切れるのか?」
「無罪だと言い切れるか、だって? ……はは。
あっははははははははははははははっはは!」
「何がおかしい?」
黒山の発言に、航平は心の底から笑った。
罰を下す者に対して「無罪だと言い切れるのか?」という質問は、見当違いだと感じたからだ。
現に、能力の効果が現れた人たちには、それぞれ「後ろめたいことがあって、それを普段隠して生きている」ということだ。
彼らが罪を意識するべきであっても、罰を与える自分の行いに、有罪か無罪かの審判をするなど、考えるだけで無意味だと航平は思った。
「俺は罰する立場の人間だ。彼らを見てみろよ? 頭を抱えているということは、それぞれ後ろめたいことがあるということだ。……全く、愚かだ! 本当に!!」
「……神でも気取っているのか? お前だって1人の人間。なのに周囲の人間に罰を与えようなど、傲慢も過ぎるな」
「黙れ! 俺は今まで醜い人間を嫌というほど見てきた! 奴等は自分の利益の為に好き放題やっておきながら、後になってそれを気にしだす! 謝罪もせず、ただただ時の流れに任せて忘れようとする! ……俺はそんな人間に罰を与えているんだ、お前のような人間に何がわかる!?」
「何もわからないな。……お前は所詮、自身の能力を使って罰を与えていると思ってるようだが、彼らはそれで罪を償うことなど出来やしない。お前が神を気取ろうが悲観主義者になろうがどうでもいい。だが俺は、お前の考え方を肯定できない」
「そうか。ならば……いや、だからこそだ!
俺はお前の罪をしっかりと罰しよう。覚悟はいいな? 黒山透夜!!」
「残念だが……罰せられるのは、能力を偽善で使用しているお前だ。俺は、お前のそんな偽善を『拒絶』する……!」
黒山が両手を『武装型』で禍々しくさせると、航平は両手に『武装型』で顕現させた大きな赤い槌を握った。
先制は黒山。能力を使った素早さで一気に距離を詰め、禍々しい右手で航平を殴ろうとした。
……しかし。
「そいやっ!!」
「……っ!」
まるで飛んできたボールを打ち返すかのように、大きな赤い槌を横に大きく振った。
遠心力を上手く利用した攻撃に、黒山は攻撃を中断し
、防御へ移らざるを得なかった。
『拒絶』で防御したにも関わらず、威力を殺しきれなかったが故に、黒山は軽く飛ばされた。
そんな槌の威力に、航平が顔を歪めた。何故なら……。
「この槌は、お前の中にある罪の重さがそのまま威力として現れる。……防御したにも関わらず、これだけの威力が現れるということは、お前にそれほど重い罪があるということだ! 益々許せないな!!」
「……確かに、お前の言う通りだ。俺にも後ろめたいことはある。そして俺はまだ、その罪を償えていない。だが、お前に罰せられることではない……!」
黒山は衝撃で麻痺しないよう地面に着地し、再び攻撃を仕掛ける為に飛び上がった。
それに合わせて、航平も飛び上がった。……今度は上から叩き潰す為に。
「自分の罪に潰されろ、黒山透夜ぁ!」
「そうはいくか……!」
器用にも、空中で槌を躱した黒山は、槌の重さに落下していく航平の背中を蹴って落とした。
せいぜいバランスを崩してこける程度だったが、能力に防御機能を持たない航平は、地面に転んで擦り傷を負った。
傷から血を流しながらも、航平は再び槌を握る。
「傷は男の勲章……。この程度の擦り傷、想定内だ!」
「……鎌田が聞いていれば喜びそうな発言だな。だがこれでわかったはずだ。お前では俺に勝てない」
「どうだろうな。勝負に絶対など……無いっ!」
航平はまたも、槌を横に振って黒山を攻撃する。
それに対し、後ろに下がって回避した黒山だが、横に振った勢いでそのまま横回転で反撃を放ってきたのに驚いた。
躱したと思いきや、もう一発、もう一発……と次々槌が迫ってくるのだ。
航平はこの攻撃を想定して、目が回らないように訓練してきたのだろう。全くよろける様子がない。
だからといって、攻撃をくらう黒山では無かった。
前方で回転し続ける航平に、『武装型』を解いた両手で『拒絶』の圧縮弾を浴びせて、槌を消し去ると、そのまま右手で、航平の左頬を殴った。
「ぐあっ……!!」
回転の勢いと、黒山の右手の威力が合わさって、目の前の景色が明滅する程のダメージを航平は負った。
読んでくださり、ありがとうございます! 夏風陽向です。
今回は『スリー・オブ・ジャッジメント』のリーダー格・石田航平がアレコレ起こしている動機?みたいなのを書かせていただきました。
少年漫画において、過去編をやっているときはあまり人気が出ないみたいな話を聞いたことがありますが、どんな作品のキャラクターでも作品の中で生きている……つまり、何かを起こす時には必ず動機があって、動機を語ろうとすればどうしてもそのキャラクターが歩んできたであろう過去を語ることになってしまいます。
今回の場合は、過去編ではなく過去話ですが、小説だとどんな印象を持たれるのでしょうね……?
私は、既存でも新規でも登場するキャラクターのドラマを機会があれば書いていけるような作品にしていきたいと思っています。その中で、読んで下さった方にとって共感できる話も、もしかしたら出てくるかもしれませんね……。
話は思いっきり逸れますが、最近「このすば」を読んでいます。
その前に読んでいたラノベで書き方を勉強して、現在実践しているわけですが、書き方という面を意識してみると「このすば」はすごく読みやすいなぁ……と思いました。
こんなに内容がしっかり入ってくる作品は生まれて初めて! というくらいです。複数の意味での面白さもありますしね!
……見習いたいです。
それでは、また来週をお楽しみにしてくださると嬉しいです!
追伸・棚卸が近く、憂鬱な気分です。




