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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「悪を裁く審判の歌」
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悪を裁く審判の歌 part14

一方、出だしは慌ただしかったものの、黒山は至って冷静だった。


転ばぬよう、走る速度を若干落とし、ポケットから携帯電話を取り出した。


即座に電話した相手は沙希。駅前でこそ歌に心を奪われていたが、黒山は実際に対ヤイバ男グループを引っ張っているのが沙希だと予想したからだ。


電話に出るまで時間を要さなかった。


しかし、向こうは向こうで敵と遭遇したようだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「見つけたよ、ヤイバ男!」


「……ヒヒッ」



ヤイバ男を見つけた奈月は、即座に竹刀を抜いて剣先をヤイバ男に向けていた。


彼女らにとっては意外なことに、ヤイバ男は脇道などの「人目につかない場所」ではなく、普通に大通りを歩いていたのだ。


ヤイバ男と一度交戦している奈月や沙希にとって、ヤイバ男の存在感そのものが独特で忘れられないものだったので、見てすぐにわかった。


まずは、周りの人間を巻き込まないようにするのが優先。奈月が竹刀を向けた時には既に、美喜(みき)の能力『物語る為の舞台上』が発動していた。


この能力は、発動者である美喜が頭の中で物語を作り、その物語が終わりを迎えるまで、登場人物は舞台から降りられないし、観客は物語に入ってくることができない……というもの。


実際、現実的に何が起こるかというと、美喜が主役として選んだ奈月を中心に、半径300メートルを舞台として設定することで、登場人物として指定したヤイバ男、沙希、奏太、自分以外の無関係な人を無意識に舞台から離れさせている。


この能力に欠点があるとすれば、それは物語の内容を予め結末付けることができないということ。それと、今回の場合は奈月を中心に半径300メートルから離れることは出来ないが、ヤイバ男を追って奈月が動けば、それに合わせて舞台も動いてしまうということだ。


今回の物語名は「奈月とヤイバ男の戦い」。


奈月とヤイバ男が戦い、どちらかが負けて戦闘不能となれば物語は完結する。


そんな美喜の能力など知りもしないヤイバ男だったが、直感的に「自分は逃げられない」ことを悟った。だからーーーー



「ヒヒッ……イヒヒヒヒヒヒ!! 追い詰められた、ああ、追い詰め……られた! 初めて……だ。イヒヒヒヒヒヒ!!」



と、自身の置かれた状態を喜ぶかのように、不気味に笑い出した。


そんなヤイバ男に、過剰な反応を見せたのは奏太だった。



「は……? 変刃(へんじん)さん……? なんでだよ!? 俺が能力で見た時、確かに……」



今に至るまで、奏太は2回、この男に能力を使ってきた。


そして、その2回とも同じような情報で「人を襲う」という内容は少しも出てこなかった。


だが事実、彼の目の前でヤイバ男こと、変刃(へんじん)さんは、ヤイバを形成し、奈月と睨み合っている。


その光景が、奏太の心を乱した。



「なんっでだよっ!! 俺の能力が嘘の情報を集めたというのか!? そんなわけがない! あり得ない……あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!!」



そんな奏太の様子を見て、元から気の弱い性格である美喜は怯え、沙希が奏太に声をかけようとしたその時。


沙希の携帯が鳴った。同時に、ヤイバ男が奈月に襲いかかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『もしもし、透夜!? 清村の方はどうしたの?』



珍しく焦った沙希の声を電話越しに聞いて、黒山は奈月とヤイバ男の戦闘が始まったのだと理解した。


本来なら、沙希は電話の応対よりも奈月の援護を優先すべきなのだが、幸いにも奏太がいる。


……というのは、黒山が奏太の状態を知らないから思えることだ。


黒山は構わず話を進めることにした。



「清村は鎌田に任せた。俺は奴らの頭を叩くつもりだ」


『奴らの頭? 彼等は集団で行動していたということ?』


「どうもそうらしい。相手には、俺が清村の妨害に入ったことが知られている。しっかり奴らの頭は、俺を清村から引き離す為に能力で付近の人間を巻き込もうとしているようだ。……俺はそれを事前に止めたい」


『敵の言葉を真に受けるだなんて、透夜にしては珍しいことだと思うのだけれど……。それで? 私達はどうしたらいいのかしら?』


「沙希か奏太、どちらでもいい。どうにか相手の頭がわからないか?」


『一応、ヤイバ男を覗いてみることにするわ。奏太は……ちょっと心を落ち着ける必要がありそうね』


「奏太に何かあったのか?」


『なんだかよくわからないのだけれど、ヤイバ男を見てショックを受けているみたい……また連絡するわ』


「了解、頼んだぞ」



黒山は通話を切り、携帯電話をポケットに入れると、再び全速力で走り出した。


走りながらも、ひたすらに周囲の人を見て「重度の中二病患者」かどうかを判断していく。


この時、黒山は失念していた。


彼は「通りすがる人の中にリーダー格がいる」と無意識に思い込んでるが故に、路上コンサートで「伴奏を担当している男」を見ていなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


鎌田と清村の戦いも既に始まっていた。


かつて会議室で見せた時と比べ物にならないほど勢いの強い炎が、鎌田の闘志を表すかのように燃え盛る。


最早、2人の間に言葉は無い。必要ない。


しかし当然、清村自身に鎌田と渡り合えるだけの戦闘力は無いので、清村は能力を使ってもう1人、鎌田を作り上げた。


鎌田は清村によって作られた自分と戦うことになったのだがーーーー



「ハッ……」


「…………」



わざとらしく鼻で笑った鎌田は、ゆっくりともう1人の自分に近付き、清村から指示が出される前に、裏拳1つで消し去った。


退学の話以降、こうして2人が顔を合わせたのは久し振り。清村の中での鎌田は、会議室で見た鎌田でしかない。


黒山に誘われ代表者になった後、自主的にトレーニングを積んできた今の鎌田は、かつての鎌田を遥かに凌駕していた。


だが、実力を上げたのは鎌田だけではない。


当時はコピー人間を1人ずつしか作り上げることが出来なかったが、今は違う。


コンクリートの地面から、まるで土から伸びてくる植物の様子を倍速して見たかのように、鎌田のコピー人間が次々と現れる。


作り上げられたコピー人間が会議室で見た鎌田と同じステータスで、1体1体は現在の鎌田に劣っても、数の暴力には勝てない。


清村が右手の人差し指を鎌田の方へ向けると、コピー人間達は炎を宿し、一斉に本物の鎌田へ襲いかかった。



(あめぇぜ! 「炎拳剛波(えんけんごうは)」!!)



鎌田は右肘を曲げ、拳を敵に向けるようにして後ろへ引いた。


避けられないほど近付いてきた所で、右手に溜めていた炎を放出。大きな拳の形をした炎が、コピー人間を1人残さず消し去った。


先程まで無表情だった清村も、流石にこの結果には驚きを隠せないようで顔に出ていたが、怯まず負けじとコピー人間を作り出す。


鎌田の炎は、怒りを火種に燃えている。技を使って炎を発散させていけば、やがて炎は尽きる。


ペース配分を考えなければ「炎拳剛波」を連発することも不可能ではないが、鎌田は慎重に戦うことにした。


清村の作るコピー人間の、一度に存在できる最大人数は今のところ10人。


「炎拳剛波」で倒された人数は10人。倒された後に作り上げた人数も10人。


普通に考えれば10人が限度……だと思うが、鎌田には清村がそこまで単純な人間には見えていない。



(おそらく、ここぞという時に限界を出してくるだろぉなぁ)



今回は「炎拳剛波」で蹴散らさず「纏火(まといび)」で全身に炎を纏い、回避と攻撃の瞬間だけブーストして動きを速くするという器用な技で応戦した。


いくら過去の自分とはいえ、10人相手では流石に全ての攻撃を躱すことは出来なかった。


所々咄嗟に「炎盾」を左腕に作り上げ、ガードしながら反撃した。


息を荒げながらも10人のコピー人間を倒し、清村に「これで終わりか? あぁ!?」と心の中で言いながら挑発的な笑みを浮かべた。


そんな鎌田の笑みに、清村は少なからず不快に思ったようで顔をしかめた。


だがすぐに余裕そうな笑みに表情を変え、再びコピー人間を作り上げた。今度は1人だ。



(んだぁ? もう弾切れかぁ? ……にしちゃ、随分余裕そうな顔してやがんな。ま、どうであろうと)



「ぶっ潰すだけ……ってなぁ!」



鎌田はそう、大きな独り言を言って、コピー人間に攻撃をした。


右肘から炎を噴射して加速し、炎を纏った右手で思いっきり殴ったのだ。


……しかし。



「んだとぉ?」


「…………」



鎌田の攻撃は、コピー人間の左腕に作られた「炎盾」によってガードされた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


リーチの短さで不利だと思いきや、小回りを利かせた連続攻撃に、奈月は防戦一方だった。



「相変わらず、戦い慣れしてるなぁ! 前回より腕を上げたんじゃない?」


「俺を相手に……喜ぶだなんて……どうかしているな。だが、期待外れ……だな」


「手厳しいなぁ。こう見えてボク、レディー、なんだけど?」


「関係……ない」



言葉通り、ヤイバ男にとって奈月の性別などどうでもよかった。


奈月の心は決して浮かれているわけではなかったが、過去に一度、合間見(あいまみ)えた相手としては、是非(ぜひ)とも決着を付けたい相手だった。


結果として言えば『スリー・オブ・ジャッジメント』にとっての敵を止めているので、そういう意味ではちゃんと仕事をしていることになる。



「やぁっ!!!」



ヤイバ男が手を止めた隙に、今度は奈月が攻撃を仕掛けた。


奈月が持つ輝く竹刀が、ペンライトを振った時のような光の軌道(きどう)を描く。


袈裟斬(けさぎ)り。切り返し。突き。


次々と攻撃を仕掛けるが、ヤイバ男はそれをことごとく回避していく。


彼にはわかっていた。もし、奈月の剣をヤイバで受け止めようと思えば、押し負けて壊れてしまうことを。


仮に壊れてもすぐに生成して攻撃を再開することが出来るが、奈月相手の場合はそこで致命的な隙につながる。


奈月の横薙ぎをスライディングで回避し、後ろに回って切りつける。しかし奈月は、後ろに目が生えてるかのように剣を背中へ持ってきて、きっちり防御した。


奈月は体を時計回りに半回転させつつ、左斜め下から右斜め上へ斬りあげるが、ヤイバ男は即座に後ろへ下がることで(かわ)した。


間髪入れず、奈月はすぐに踏み込んで攻撃を再開。同じことを考えていたヤイバ男は、自身も踏み込んでいる最中にそれに気付き、右横へ転がった。


その結果に奈月は驚き、すぐ横へ振り向こうと体を動かそうとするが、大きく振りかぶった反動で反応が間に合わない。



「くっ!」


「ヒヒヒヒヒッ!!!」



奈月にとっては止むを得ず、先ほどのヤイバ男と同じように横へ転がることで攻撃を避けた。


制服のブレザーが若干汚れてしまったが、今はそれどころではない。


奈月は後手に回ることのないよう、攻撃を続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


奈月がヤイバ男と雌雄を決する後ろで、沙希は奏太に黒山からの通話内容を共有しようと話しかけるが……。



「あり得ない有り得ない! そんなことがあるわけ……」



と、ずっとこの様子だった。


沙希は呆れ、ヤイバ男や清村が誰かの指示で動いているのなら、ヤイバ男の心を覗けば良いと思った。


そして能力を発動し、ヤイバ男の心へと侵入した。



(なんということ……!)



沙希の能力は、相手の考えていることや、しようとしていること。そして五感を一方的に共有させる効果がある。


沙希が覗いたヤイバ男の心は、単純に「目の前の敵を倒す」ことしかなかった。


忠誠や忠義、そして責任感が彼の中にはない。


やはり奏太の力が必要なようだ。



「奏太! しっかりなさい! あなたの力が必要なの、わかるでしょう!?」


「あり得ない、あり得ない……俺の能力が嘘の情報を集めるだなんて、そんなこと……!!」


「……っ!」



珍しく……本当に珍しく、沙希は頭に血が上った。


故に。


奈月とヤイバ男が戦っている最中「パァン」という肌を叩く音が鳴り響いた。



「え……?」


「奏太! あなたは琥珀ヶ原の代表者として選ばれた身でしょう! 鎌田君は清村と戦っているわ……あなたはどうするの!?」


「お、俺は……」



「重度の中二病患者」は異能な能力を、代償と引き換えに行使できる存在。超能力や魔法とは違って、なかなか思い通りにいく代物ではない。


使い方はある程度最初に説明されるが、代償や欠点については実際使ってみるまでわからないのだ。


奏太は「重度の中二病患者」になってから日が浅くない。代表者として選ばれ、能力を私利私欲の為に使って他人を傷付ける相手と戦わなければならない。


例え、情報を得ることしか出来なかったとしても。


沙希のような「しっかりした」人にとって、一度の失敗や予想外の出来事で大事な局面になって能力を活用しない、代表者としての自覚が足りない奏太が気に入らなかった。


だから、右手のひらで奏太の頬を叩いたのだ。


その様子に美喜は怖れを抱き、ヤイバ男は「およ?」とした顔で2人の方を見て、奈月は振り返るわけにいかないのでヤイバ男に剣を向けて睨んだまま、耳を傾けた。


ただ、ヤイバ男にとっては「何が起こったのか」を見て確認しただけでどうでもよくなったので、奈月を攻撃し始めるが、警戒を怠っていなかった奈月にあっさり反応され、攻防戦となった。


誰にとっても予想外の行動をした沙希に睨まれ、説教され、奏太は目が覚めた。



「……悪かった。透夜には俺から連絡するから、奈月の援護に行ってやってくれ」


「わかったわ。私もしっかりやるから、あなたも代表者としてしっかり仕事をやり遂げなさいよ?」


「ああ、わかってる。だからこっちは任せろ。あっちは任せた」


「……ええ」



沙希が奈月の援護をしに行ったのを見届け、奏太は自分が既に持っていた情報を黒山に伝える為、携帯電話を取り出して電話を掛けた。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


ようやく戦闘に入れましたね。なんと今回で合計文字数が30万文字を超えました!


毎回5000文字を目安にして書いていますが、飽き性である私がここまで書いてこられているのも、一重にアクセスして読んでくださる方々あってのことです。本当に感謝が絶えません!


それから、明明後日(しあさって)の6月16日でなんと、「隣の転校生は重度の中二病患者でした。」を初めて投稿してからちょうど1年を迎えます。


1週間に5000文字のペースなので、あまり胸を張れる程では無いのかもしれませんが、1年間やってこられたのもアクセスし、読んでくださった方々のお陰です……! ありがとうございます!!


1年が経つわけですが、実のところ特に何をするかとかは考えていません。

何かショートストーリー書くのもいいなとは思ったのですが、章の途中で投稿すると奈月の過去編と同じ過ちを繰り返してしまうので、難しいところです。


ちなみに、1月くらいから沙希の過去編を書いてはいますが、途中から手がつけられてないです(泣)


書ける余裕がないわけでもないのですが、「もし君」の設定をガラリと変えた内容を書いてばかりという……かなり自由な状態です。


話は変わりますが、ツイッターでの宣伝を見てアクセスしてくださった方、ありがとうございます!

土日に書いて投稿しているので、更新の宣伝が水曜より前になってしまっていますが、気にしないで読んでくださると幸いです!


それではまた来週もお楽しみに! 今後もよろしくお願い致します!

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