悪を裁く審判の歌 part3
職員室から退出した黒山が1年3組の教室に着いた時には、詩織と真悠が既に登校していた。
2人はいつも通り詩織の席で話をしていたようで、黒山が席に座ったのを確認すると火曜日……つまり、始業式の日の話を聞き始めた。
「おはよ、黒山君。それで火曜日はどんなことがあって公欠になったの?」
「…………」
「おーしーえーてーよー、くーろーやーまーくーん!!」
「…………」
一昨日、昨日、そして今日。
3日連続で繰り返されてきた質問だが、黒山はノーコメントを貫いている。
しかし、実際のところ詩織には関係している話である。黒山は今現在、火曜日のことを本人に話すかどうか迷っている。
いや、本来なら話すべきことなのかもしれない。自身に置かれる状況がこれ程のことだと説明しなければ、いざ何かあった時に詩織は困ってしまうだろう。
だが、黒山は「そういった事情」に出来るだけ巻き込むことなく、今まで通りの生活を送って欲しいと願っているが為に話せないでいた。
それは、心の何処かで「いざという時には俺が……」と自分だけでどうにかしようと考えているということでもあった。
だから今の黒山はどちらかと言えば、2人に何も話さないつもりでいる。
きっとこれからも話すことがないかもしれない。というより、話さなければならないような日が来て欲しくない。
今回は無言を貫くのではなく、少し違う形で質問に対する回答を拒否した。
「2人とも、気になる気持ちはわからないでもないが、首を突っ込まないで欲しい」
「……それって、もしかして重度の中二病患者関係ってこと?」
「……まあな」
詩織はそれ以上の追求をしなかった。
かつて、針岡から「世間に知られてはいけない」という話を聞いていたので、これ以上話すのは危険だと判断したからだ。
詩織のそういった「追求しない空気」を的確に読んだ真悠もそれ以上、何も聞かないことにした。
気まずいような沈黙の空間が出来上がる前に、詩織は別の話を始めた。
「そういえば、偶には黒山君とも遊んでみたいと思っているんだよね」
「……俺と?」
「あっ……でも2人きりとかじゃないから、その辺勘違いしないでよ!? もちろん、3人で!」
「それは構わないが……知っての通り、俺はこういう人間だからあまり楽しめないかもしれないぞ?」
「はーい、黒山くん減点! そういうネガティブな発言は良くないと思いまーす。それで、しーちゃん、いつどこにするの??」
「場所は街でいいと思うんだ。あとは、いつだけど……」
「明日とかでいいんじゃなーい?」
「すまないが、明日は用事がある。明後日なら大丈夫だ」
「オッケー、じゃあ、明後日の日曜日ね! 10時くらいに現地集合でいいかな?」
「了解した」
「おっけー!!!」
こうして黒山、詩織、真悠の3人は日曜日に遊ぶ約束をした。
このクラスにいる人間がそのことを知れば、黒山が誰かと仲良くし、遊ぶことに意外感を覚えるだろう。
だが実はそこまで珍しいことではない。
もっとも、それを知る人間はこの学校にいないのだが。
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1月13日 土曜日 午前10時。
2人の女子と街で遊ぶ約束となっている前日である土曜日に、黒山は街へ来ていた。
黒山が街へ来る用事とは、普段から基本的に1つしかない。
それは見回り。当番制で回って来る見回りだが、今回のパートナーは沙希ではない。
そのパートナーは既に待ち合わせ場所にいた。
「……待たせたな」
「別に待ってねーよ。時間通りだ。……そんじゃ、行きますかね」
今回、黒山と一緒に見回りをするのは奏太だ。
奏太はこの日が来るのを心から嫌がっていたが、どうにか腹を括って出来るだけ早く終わらせることを考えるようにした。
見回りのルートは予め決められている。代表者の集まりが発足して、しらみつぶしに見て回る為にどんなルートで最初見回っていたのかは当時の代表者にしかわからないが、現在のルートは過去に事件が起こった場所、もしくは起こる要因があると考えられている場所を通れるようなルートが組まれている。
その為、結構歩く距離はあって大変なのだが、しらみつぶしに見回らないといけなかった最初の頃に比べれば、もしかすると今の方が負担は少ないかもしれないと予想は出来る。
「…………」
「…………」
黒山がこの地に戻って来て以来、奏太と組んで見回りをすることは何回かあった。
しかし、沙希や奈月と違って奏太は昔を知っている間柄ではない。それでもお互いを下の名前で呼び捨てで呼び合えるのは、最初の自己紹介でそうするように決めたからだったからで、正直なところ、2人の仲が良いわけではない。
だから毎回、特に会話することなく見回りが終わっていくのだが……。
今回はそういうわけにもいかなかった。
「今日、見回りをするに際して1つ言っておかないといけないことがある」
「……なんだそれは?」
黒山から話しかけてくるということは今まであまり無かったが故に、当然黒山が話を始めたことに奏太は驚いた。
だがすぐにその驚愕を捨て去り、黒山の話に耳を傾けることにした。
「本当は、今度の定例報告会で話を出すよう針岡に言われているが、お前にはここで言っておこうと思う」
「……わかった」
「一昨日のことだ。とある男子高校生が、この街で自分に追いかけ回されるという事件が起こった。……とはいえ、聞いての通りに意味がわからない発言なので警察は真剣に取り合っていない。そこで俺たちが調査と解決を担うこととなった」
「……つまり、針岡さんは重度の中二病患者によるものだと思っているわけか。それで、早速今日から調査をしようと?」
「そういうことだ。犯人を見つけ出すのに奏太の能力は必須だと思っている」
「なるほど。だけど『自分が追いかけ回してくる』なんてこと、浩二を陥れたやつなら可能なんじゃないのか? それなら既に犯人はわかっているようなものだろ」
「ああ、俺も清村の仕業だと思った。しかし、被害者の話によると『歌を聴いた後の帰宅中』だと言っていたそうだ」
「歌? ライブハウスにでも行った帰りなのか?」
「いや。その日、駅前で路上ライブがあって、そこで歌っている人の歌を聴いていたらしい」
「……ということは、その歌っている人を『見れば』いいわけか」
「被害者の話を鵜呑みにしてそう予想するならだけどな。とはいえ、まずはその人……もしくはその周りにいた人を見ればわかることがあるかもしれない」
「わかった」
「それから、本来の目的のついでに怪しい奴も見ておいてくれ」
「……言われるまでもないさ」
今日の目標が具体的に決まったところで、黒山と奏太の2人は周囲を警戒しつつ、足早に調査と見回りを始めた。
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一方その頃。梶谷家では……。
人によってはだらし無いと思うかもしれないが、詩織はまだ夢の中だった。
梶谷家では「休日でも朝起きなさい」という決まりはないし、詩織自身、親にそうやって言われたことがない。
だから何かしら用事がない限り、詩織は目覚ましをかけずに「自分が寝たいだけ寝る」というスタンスでいる。
さて、夢というのは自身の知能がそのまま反映されているという。そして、夢の内容は「自身が心の底から望んでいることが起こる」だったり、逆に「自身が心の底から望まないことが起こってしまう」こと。他にも「寝る直前に見たものが夢に出てくる」ということもある。
このように、夢は「絶対この夢を見る」と本人がコントロールして見れるものではない。そしてその夢の内容を憶えていることもあれば、忘れることもある。
これは、レム睡眠時に見ていた夢は憶えていられるようで、ノンレム睡眠時に見た夢は忘れてしまうということらしい。
しかし、ここ最近……というより、真悠を取り戻す際に不思議な力が発現してから、詩織は自身の望む内容を見るようになった。
ただ、残念なことに本人はそんな夢を見ていたことを完全に忘れている。
そして今のこの時間に、詩織は夢を見ていた。
内容だけを言ってしまうのであれば、その内容は「黒山と2人で街へ遊びに行った(つまりデート)」という夢だ。
昨日、日曜日に3人で街へ遊びに行こうと話を出した詩織だが「黒山と遊んでみたい」というのは詩織のみの本音であり、真悠がそう望んでるかどうかはわからない。
詩織は心の底で、黒山透夜という男をもっと知りたいと思っているし、2人で遊びに行ってみたいとも思っている。
とはいえ、詩織はそういった欲を素直に出せる人間ではなく、心の表面ではそういった欲を否定している。
「だからせめて夢の中では……」
きっとそんな現実逃避に自身の力が反応して夢を見せているのだろう。
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見回りをしてるうちに時間は12時となった。
今のところ収穫は無い。調査に関して言えば残念だが、本来の目的である見回り的には何事もないのが1番だ。
一緒に見回るパートナーが沙希だった時と同じルートを通っているが、奏太とパートナーになった時の方が圧倒的に見回りのスピードは速い。
それは黒山にとっても、奏太にとってもありがたいことだった。
2人は近くにあった蕎麦屋に入って、温かい蕎麦を食べながら成果の話をしていた。
「今のところ、怪しい人もいないし何も起きないしだったな」
「……それに越したことはないんだがな。せめて今日も路上ライブをしてくれれば良かったんだが」
「無い物ねだりをしたって仕方ねーだろ……」
2人は駅前も見ていったのだが、今日は路上ライブをやっていなかった。
これでは調査のしようもないのだが、調査の対象を歌に絞らず「たまたま同時に起こった事件」だという観点で見た感じ怪しい人も見ることにしていた。
奏太の能力上、見た人間の過去やその人の人間性などの情報を見て集めることが出来る。
一見、個人情報を集めることに特化した便利な能力だが、その人が「誰にも話したくないようなこと」として忘れられずに隠し続けていることまで見えてしまうので、気分的にはあまり良い物では無かった。
それがオモシロなことならともかく、触れてはいけないような深い……というか、生々しいことだと尚更気分が悪くなった。
しかし、奏太の能力にはそういったことをどうにか解決できる使い方があった。
「……透夜、悪いんだけど少し『整理』したいから待っててくれるか?」
「ああ、構わない」
奏太は蕎麦を食べ終わった直後、店員が食器を片付けやすいようにテーブルの通路側に寄せると机に突っ伏して動かなくなった。
奏太は一瞬にして眠りについたわけではなく、自分が得た情報を整理する『硝子棚』に全意識を向けているのだ。
外から見た感じでは眠っているのと変わらない為、隙だらけなのでこうして何かに襲われたり、巻き込まれたりしない場所を選ぶ必要がある。
そして、得た情報を『硝子棚』に収納することで、一時的にその情報を記憶から抹消し、必要があれば再び『硝子棚』から情報を取り出し、思い出すことができるのだ。
それから10分後、食べ終わったのを確認した店員が食器を下げて、更に5分程経った頃に奏太はゆっくり顔を上げた。
「ふう……」
「大丈夫そうか?」
「ああ、悪いな。……それじゃあ、見回りを再開するか」
2人は会計をして領収書を発行してもらい、再び見回りのルートを歩き始めた。
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午前中は補習があって拘束されていた鎌田だが、午後は自由だったので、ある男の元を訪ねることにした。
とあるアパートの一室。ここには、かつて清村に陥れられ、その後能力に目覚めてから相棒である爪使いと、女子高生を対象に襲っていたという男が住んでいる。
以前、針岡に紹介されて偶にこうして訪ねているのだ。
インターホンを鳴らすと、その男はすぐに出た。
「はーい。……って、また君か」
「悪りぃな! ちょっと『練習』がしたくてよ」
「わかった、わかった。それで、時間は?」
「とりあえず、1時間で頼むわ」
「ん。それじゃあ、1時間後に1度解除する」
「よろしく!」
その男の能力『しまい込む為の玩具箱』が発動。その男を始め、鎌田の周りから人の気配が無くなった。
……というのは、あくまで鎌田視点から見た状態であり、実際は鎌田が姿形は一緒の別空間へ飛ばされたのだ。
男は扉を閉めて部屋の奥へ戻り、鎌田はアパートから出て、自分以外の誰もいないという異様な空間の中、近くの公園で練習を始めた。
(次こそは絶対に負けねぇ……!!)
今でも鎌田は黒山に負けたことを気にしていた。
武装型のみを発動した黒山相手なら、全身武装型『炎騎士』で匹敵出来るが、黒山の全身武装型には手も足も出なかった。
鎌田は、黒山の全身武装型にも匹敵するほどの技を編み出さなければならないと考えているが、まだ具体的な構想を練っている途中だ。
とはいえ、新しい技を考えつつも、まだ習得したばかりである『炎騎士』の扱いを極めることも大事だ。その為、こうして誰もいない空間で練習できるよう、男に協力を求めていたのだった。
「いくぜ……『炎騎士』!!」
鎌田から出てきた炎は、鎌田の身に纏わり付き、やがて赤い騎士甲冑の形となった。
「ブースト!」
誰もいないその空間では、鎌田の猛々しい声と爆発音だけが鳴り響いていた。
今回も読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
今回、少し夢の話を出しました。
「その日見る夢の内容はコントロール出来ない」というような趣旨の内容を書きましたが、実は見る夢は決められなくても、夢の展開をコントロール出来る場合があります。
それは明晰夢と言って、夢の中で、自分が「夢を見ている」という自覚をした状態で展開を思い浮かべると、夢の展開が思い浮かべた通りになるというものです。
私の場合は、夢と自覚せずに「ああ、これってこういう展開ね」と未来予知するとその通りになるという感じですね。夢と自覚してしまうと、必ず目覚めてしまいますから。
それでは、また来週。次回もお楽しみしてくださると嬉しいです!




