悪を裁く審判の歌 part1
クリスマスの少し前であり、天皇陛下のお誕生日である12月23日から始まった冬休みも、年を越して6日経った1月8日をもって終了してしまった。
小学校・中学校の義務教育に比べて課題の数が少ないだけあって、あの頃ほどの憂鬱感が今は無かった。
休み中、どうにか時間を見つけて真悠と課題を終わらせた私は、私の心と体をなかなか離そうとしない布団とどうにか一時の別れを告げて、1月9日の朝からまた、あの長い登り坂を上がっている。
冬休み前にはどうということもなくなっていた坂でも、やはり1週間以上上がることがないと息切れをしてしまう。
しかし、私は勢いを止めない。
歩くペースを落としたいという怠惰な欲求をどうにか抑えて、この寒空の下、1つの目的を果たすために歩き続けるのだ。
さて。ではその「1つの目的」とは何なのか?
心も体も乙女である私にはそれを軽々しく答えることは出来ない。ただ1つ、言えることがあるとすれば、昨晩乗ったとある計量器が出した数値に衝撃を受けてしまった。ということだけだ。
まだ何かを考えられるうちは、精神的にも余裕があるのだろうけど、私の息は言うまでもなく既に上がっている。
だが、今日も一緒に登校している幼馴染の真悠は、私のペースに合わせているのにも関わらず、息を切らすことがない。
夏休み明けにも思ったが、一体どんな生活をしたらそんな強靭な肺を手に入れられるのだろうか。
「しーちゃん頑張って! あともう少しだよ!!」
「ぜぇ……ぜぇ……。なんで、あんたは、そんなに、平気、なのよ!」
「私はしーちゃんと違って休み中も欠かさず運動をしていたからだよ?」
「へぇ……へぇ……。そう、なの!? いつ、のまに!?」
「うーん……朝とか?」
「……私、ばりばり、寝てたわ!」
「もー! それが駄目なんだよー? 次の長期休みは私と運動だね!」
どうやら真悠は長期休み中でも早起きをしていたようだが、私はしていなかった。
休日の起床時間というのは、男女で分かれるのではなく、家庭で分かれるのだろう。
もっと言えば、両親の生活・教育によって変わるものなのかもしれない。親に出来ないことは子にも出来ない。
それは「蛙の子は蛙」と考えるよりも、単純に親が「注意できる立場ではない」というのが正しいと思う。
長期休み中の早起き・運動は、親がすれば注意されて子供もやるかもしれないが、教育する立場である親がやらないことを「やりなさい」と怒られたところで、子供は「ではあなたはどうなのか?」と思ってしまい、説得力に欠けるからだ。
そんなことを考えているうちに、私と真悠は長い坂を登りきって、あとは自分にぴったりなゆったり速度で、我が1年3組の教室へと向かった。
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一方でその頃。2人の高校生男女が住む家では。
「悠? 準備しないの?」
「準備は出来ている……というより、元からそこまで用意する必要はないからね」
「そう……なんだ? それにしても、学校……休んでも大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。緊急事態だからこういった時は、勝手に公欠扱いになるんだよ」
「ふーん……」
つい昨晩の話だ。
3学期初日を迎える為に準備をしていた黄泉路に電話があった。
電話の相手は虹園。かつて「虹園塾」で講師をしていた虹園先生の息子である。
彼は、主に自分の娘や優璃のような「予測不能な力を発現する者」を保護し、普通の人に戻してあげることを目的としている。
もっとも、娘も同じ気持ちだというわけでは無さそうだが……。
それはともかくとして、そんな虹園から「直接」電話があったのだ。そして、黄泉路はこれが何を意味しているのかよくわかっている。
そしてその話を優璃にした。
黄泉路にとって本当なら見せたくない場所であるのだが、そうは言っても、いつ襲われるかわからない優璃を置いていくことは出来ない。
この地域にも、近隣の学校から代表者が集まる会があるのだが、彼らに任せて行くことも出来ない。
彼らの実力を低く見ている……ということでは決してない。単純に「優璃の身に何かあった時、すぐに助けに行けない」のが不安なのだ。
幸い、そういった事情を虹園は理解している。それに加え、優璃を連れて行きたいという旨を伝えると、虹園の娘……虹園光里は自分と同じ立場である優璃を歓迎してくれるそうだ。
しかも送迎の車を手配してくれるとのこと。
そういった経緯があり、黄泉路は公欠。優璃は普通に欠席となり、とある県境にある山奥へと向かうことになった。
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さて、黄泉路が虹園から連絡を受けたということは、同じ「色の能力」を持った黒山にも当然、連絡が来ている。
実際、電話の受話器を取ったのは同居人である沙苗なので黒山は自身は直接話を聞いたわけではないが「虹園からの連絡」というだけで、用件のみはわかった。
受話器を置いた沙苗の口からは「ほぼ」予想通りの内容が告げられる。
「透夜、虹園さんからだけど……まあ、大体予想は出来ているよね?」
「ああ。おそらく11月に虹園光里と同じ力を発現させた梶谷のことだろう? ……それで、明日あの場所に彼女を連れて来いと?」
「んー。大体は合っているんだけど、明日は透夜だけだねぇ。現地集合が10時で迎えを手配するってさ」
「……そうか」
「学校は公欠になるからいいけど、いきなり休みじゃ、クラスメイトが心配するかもしれないねぇ」
「そんなことはないだろう。せいぜい、梶谷とその幼馴染である栗川が不審に思うだけだろうな」
「不審って……。透夜、相変わらず寂しい学生生活を送ってるんだねぇ」
「余計なお世話だ。どうせ転校を繰り返すこと前提だったんだから問題はないだろう」
咲苗や針岡からすれば、黒山のような青春を謳歌できない学生が可哀想に見えてくる。
黒山は否定するだろうが、もう2度とこない高校生活を楽しんで欲しいと心の中で願う沙苗だった。
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私と真悠は勢いよく、かつ壊さない程度に扉を激しく開けた。
しかし、私は教室を見て、不思議に思った。
私と真悠の予想では「黒山(君)は既に自分の席に座っている」だったのだが、見つめた先の席には誰も座っていなかった。
「あれ? 予想外れたな……」
「黒山くんも、意外と休みはだらーっとしちゃうのかなー? まだお布団から出られないとか??」
「どうかなー? 流石に、あいつに限ってそれはないと思うけど……」
私には、黒山が休み中「だらーっと」過ごすようには思えなかった。
根拠もない、ただの勘ではあるけれど、黒山はもっと大きな何か理由があって休み、もしくは遅刻なのではないかと思えてならない。
これから1時間目となるわけだが、2時間目に3学期の始業式が控えているため、通常の授業ではなくロングホームルームとなっている。
そしてそこで今日の欠員である、黒山透夜がやむを得ない事情で公欠となっていることが、担任の針岡先生の口から告げられた。
私と真悠は席が離れているにもかかわらず、お互いに目を合わせて驚いた。
他のクラスメイトは特に気にする様子を見せなかった。それはつまり、周りのクラスメイトにとって黒山がいてもいなくても別に変わらないということだろう。
なんだか冷たい気がするが、私はそんなことよりも、今日の黒山に何があったのか気になっていた。
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黒山や黄泉路。そして記すまでもなく白河も、同じ場所に集まっていた。
その場所は、基本的に立ち入り禁止となっている場所の奥に建てられた闘技場。そして、その隣に今日の目的地がある。
到着した時間はバラバラだったが、黒山が到着した時には既にほぼ集まっていた。
中央にプロジェクターとパソコン。そして壁にはスクリーン。ここでもテーブルは「コの字」となっているが、スクリーンの目の前に置かれた椅子には虹園が座ることになっている。
そしてほかの席に、かつて幼き頃に座っていたのと同じ順番で人が座っている。
今回の招集は、全員強制参加である為、欠席者は誰としていない。むしろ、黄泉路の後ろに見慣れない女の子がいて、いつもより1人多いくらいだ。
そしてこの場にいるものは全員「色の能力」を持っている。
「赤」の赤羽根知英子
「橙」の橙田京輔
「黄」の黄泉路悠生
「緑」の緑園坂茂
「水」の水流迫真波
「青」の青木修平
「紫」の紫雲寺薫
「白」の白河現輝
「黒」の黒山透夜
そして彼らをまとめる役を担っている虹園光輝の合計10人が参加……のはずだったが、プロジェクターの目の前にあるまとめ役の席に座ったのは虹園光輝ではなく、その娘である虹園光里だった。
彼女も現在16歳。「色の能力」を持つ彼らと全く同じ歳だ。
彼女の日常を守っているのは赤羽根。常日頃からそばにいるので今回の招集に参加するのが光輝ではなく、光里だということを知っているはずだが事前に他の8人に伝えるような様子は無かった。
黒山は事態を把握しきれず「何故、娘が……?」と考えていたが、考えるまでもなく本人からそれを告げられた。
「おかえり」の言葉と共に。
「おかえりなさい、皆さん。そしてお久しぶりです。皆さんのお元気そうな姿を見られて私も嬉しく思っております。今回は皆さんに報告をしたいことが2つありますの」
光里は一拍置いて1つ目の報告を始めた。
「私の父……光輝は、私のように不思議な力を持ってしまったばかりに狙われてしまう子達を助けようと尽力しております。ですが、その負担はかなり大きいもの。せめてそういった待遇の子達を守ろうと鍛えられたあなた方をまとめる役だけでもやらせていただこうと父に提案しましたら、許可を頂きました」
「……つまり、今後は私がこの件について指示を出させていただきます」
「…………」
誰も特に反応しなかった。
それは興味がないというわけではなく、どちらかといえば「異議なし」ということの表れだった。
そんな彼らの反応を光里は読み違えることなく、その支持に笑顔で返礼をした。
「さて、皆さんの承諾を得られたというわけですので次へと進めさせていただきましょう」
そう言って光里は立ち上がると、パソコンの方まで歩いていき、プロジェクターでスクリーンに黒山が知っている女子の写真が映し出された。
(….…梶谷!? まさか顔写真まで用意するはな)
この中で驚いたのは黒山だけ。
そして、この場にいる誰もが、黒山が驚いていることに気付いた。
黒山以外の全員が黒山を見る中、極め付けに光里は説明を求めてきた。
「黒。説明していただけますか?」
「……了解」
黒山は渋々立ち上がって、力を発現させた経緯を説明した。
説明がひと段落ついたところで、最初に反応したのは同族である光里だった。
「……つまり、彼女もまた私と一緒だと?」
「ああ、間違いない。あんたと同じ感じがした」
「成る程。父から話だけは聞いていましたが、近くにいた黒が言うのであれば間違いなさそうですね」
「…………」
詩織が何かしらの力を使った時点で、こうして呼び出されることを黒山は予想していた。
この集まりに関して予想外があったとすれば、今回の招集が遅かったことだ。黄泉路が守る優璃の時や、今は白河が守っているであろう富永裕里香の時は、発現してから招集までかなり早かった。
とはいえ、詩織が光里と同じにせよ、そうでなかったにせよ、護衛が必須となることに変わりはない。
「さて。それでは、梶谷さんを今後どうするかですが……。とりあえず、今まで通りに黒。彼女を守って差し上げてください」
「了解した」
「ただし『とりあえず』だということを忘れないように。彼女を守ることも大切ですが、貴方には護衛よりも無力化の方を優先していただきたいので」
「…………」
「私から始まり、梶谷詩織さんで4人目となりました。それに伴い、各地で重度の中二病患者による事件が増えています。皆さん、気を引き締めて無力化に当たってください。それでは、またお会いしましょう。解散とします」
解散が宣言された直後、皆立ち上がって退出した。
彼らは皆、同じ場所で育った仲ではあるが、馴れ合うことは無い。当時は仲良くしていても、今となっては友達と言える仲ではないのだ。
仲間……とも少し違う。仲間と言えるほどの絆も無い。
黒山にとって因縁の相手である白河も黒山にちょっかい出すことなく、そのまま外へと出て行った。
その点で言えば安心した黒山も他の皆の後に続いて退出しようとするが……。
「黒。お待ちになってください」
「……なんだ?」
新たなリーダーである光里が呼び止めた。黒山は出来ればすぐに用件を聞いて終わりにしたかったので、素直に振り返って聞くことにした。
なお、彼女の護衛を務めている赤羽根は光里の斜め後ろに立っている。その様子はどちらかといえば「控える」と表現した方が正しいかもしれない。
「黒。他の皆さんの前では、無力化を優先して欲しいと言いましたが、そう遠くないうちにこちらへ戻って欲しいと思っています」
「……理由を聞いても?」
「そ、それはですね……」
黒山から見ても、昔の光里に比べて随分と中身も大人になったと思える。しかし、こういった、ちょっとしたところで光里本来の性格が出てしまっている。
このまま会話が続くことなく過ぎ去ると思っていた黒山だったが、予想外にも赤羽根が光里に助け舟を出した。
「黒。それを聞くのは野暮というものだぞ?」
「赤。彼女の護衛はお前にしか務まらないと俺は思っている。俺たちの中でお前が最も強いからな」
「黒にそれを言われると皮肉にしか聞こえないな。それに、私の代わりに護衛を任せるというわけではないんだ」
「そうなのです、黒。ですから、その時が来たら赤と一緒に私のそばに居てくれますか?」
黒山は内心「何を言っているんだ、こいつらは」と呆れていた。
赤羽根や光里がどう思っていようが、それをすれば大問題となりかねない。
そして、誰にも明かすことはないつもりだが、黒山は自身の手で詩織を守りたいと思っている。
よって彼の答えは1つだった。
「……断る」
そう言って、この話が続かないよう、建物から出て行くのだった。
この建物には、黒山にとっても色々と思い出されることがある。しかし、他人に軽々しく話せる内容ではない。
そんな思い出による感傷を自身で能力を使って『拒絶』し、送迎の車で瑠璃ヶ丘へと移動を始めた。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
今回から新章! ……なのですが、どうしても先に書いておいてしまいたいことがあったので先に持って来ました!
いきなり新キャラを沢山出しました! 本当は色を意識した名前は黒山と白河だけの予定だったのですが、こっちの方が面白そうだと思ったので増やしております。
さて、次回からは本格的に「起」に入っていきたいと思っていますので、お楽しみに!
億劫かもしれませんが、感想や誤字・脱字の指摘などをぜひよろしくお願いいたします……!




