表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「嫉妬と強奪の女王」
26/222

嫉妬と強奪の女王 part7

黒山は詩織や真悠が乗った電車とは逆方向の電車に乗り、梨々香の家を目指す。


最寄りの駅で降りると、黒山にとって「懐かしい」と思わせる風景が目の前に広がっている。


かつてはこの街で「重度の中二病患者」と戦った時期もあり、そして白河や梨々香と出会った。


しかし、今は思い出を振り返っている場合ではない。黒山は梨々香の家がある方向へ歩き出した。


--------------------


「あー、面倒だなー」



無事に奈月の家へ到着した3人はまず、このエリアを統括している針岡に報告をした。


それを受け針岡は「奈月となぞの男が戦っていた」という記憶を消しに現場へと来たのだ。


とはいえ、針岡の能力『忘れさせる為の暗示』を満足に使えていた現役時代ならともかく、治った後の後遺症を使っている現在は「相手の目を見なくてはならない」という性質上、この件を目撃した者全てを忘却させるのは不可能に近い。


奈月とヤイバ男(奈月がそう呼んだ)が戦っている時、現場にいればともかくだが、事後となると本当に難しい。


ただ幸いにも、戦闘が起きてから30分も経っていない。



「やれやれ、とりあえず……」



針岡がフラッと向かった先にいたのは警察官2人。通報で来たのか、噂を聞きつけて来たのかはわからないが、まずは彼らの記憶を消すことにした。



「あのー、すいませーん」


「はい?」


(今だな)



針岡は2人の警察官が自分に振り返った瞬間、能力を使った。


「何のためにここへ来たのか」「針岡に話しかけられた」という2つのことを忘れるよう念じると、針岡の両目が紫色に一瞬光る。


その光を見た警察官2人は、何も言わずにパトカーの元へ歩き始めた。



(さーて、帰るかなー)



針岡は止めてある愛車の元へ戻り、ここから車で10分もかからない自宅へと帰ろうと車を発進させる。


針岡よりもっと上の立場の人間が働きかければ、彼が忘却しに来る必要はないのだが、あまり動きたくないのか本気で重大なことにならないと動きそうにない。


抗議したい気持ちも山々ではあるが、それは深い溜息だけで留めておく。言ったところで何も変わらないだろうし、針岡自身は正直なところ、上に立っている人間がどんな人間か知らないからだ。


普段、針岡に指示を出して来るのは校長なのだが、校長も誰かから指示を出されているようで、校長以上に責任が大きい人間がいるというのは想像が難しい。


結局、与えられた仕事をそのままこなすしかない辺りは、現実的ではない能力者を相手にしてても変わらない。


針岡は余計な事を考えるのをやめ、奈月達に出す次の指示を考えることにした。


--------------------


「いらっしゃい、透夜!」


「お、お邪魔します」



黒山が目的地である小泉宅に到着しインターホンを鳴らすと、インターホンを鳴らした相手も確認せずに梨々香が家の扉を開けて、黒山を中へ招き入れる。


普段、冷静に装っている風な態度をとる黒山だが、何年経っても女の子の家にお邪魔することには慣れない。


ましてや、梨々香自身が無防備にも「彼氏ではない男子を家に招く」ことに相応しい服装をしていなかった。


素材は11月の肌寒さにも耐えられるものであることはわかるが、肩と胸元が露出したデザインの服を着ている為、黒山は目のやり場に困る。


梨々香は両親と一緒に暮らしているので、普通なら両親もこんな服装で男子を招くのは反対するはずだが、実際のところ「黒山相手」には反対しない。


信頼されているのは嬉しいが、同時に困ることでもある。


黒山はリビングにいる小泉夫妻へ挨拶を済ませ、梨々香の部屋へ向かった。


2階へ上がった先に廊下があり、手前側は小泉夫妻の部屋で、その奥に梨々香の部屋がある。


梨々香を先頭に部屋へ入って扉を閉めると、梨々香が口を開く前に黒山が話し出す。



「さて、さっそく本題に……」


「待って!」


「……?」



黒山として早く用件を済ませて退散したい状況であるため本題に入ろうとしたのだが、梨々香に呆気なく止められてしまった。



「何か言うことはないの?」


「えっと……お邪魔します?」


「それはさっき言ったでしょ!」


「……この前は助けてくれてありがとう」


「お礼はいいの、お互い様だからね! 他に」


「…………」


「まあ、いいや。それでこそ透夜だしね?」



梨々香としては、服装かもしくは部屋の内装に関して感想が欲しかったのだ。


「もっと女の子に興味を持ってくれればな」というのが梨々香の本音だが、黒山と彼の能力にある因果関係を知っている梨々香は、その指摘が意地悪になってしまうことがわかっていた為、何も言わなかった。



「とりあえず、始めよっか! 事情は後で聞いても?」


「構わない。ではやろう」


「リリカ☆チェンジ」



梨々香は軽く頷くと、いつのまにか持っていたステッキを振って変身した。



「奇跡を起こす魔法をあなたに……! 魔法少女ミラクル☆リリカ! ここに参上!!」


「……準備は良さそうだな」



黒山は沙苗から貰った御守り2つを床に並べると、右手のひらを御守りに向けて能力を使う。


普段使っている「相手の攻撃を拒絶する」使い方ではなく「自分が最も拒絶したいものを拒絶する」イメージで使う。


この時、黒山がイメージとして出したものは記憶。何度も何度も能力を使うたびに代償として思い出させられる拒絶したい記憶。


何度忘れたいと願ったことだろう……。それでも、能力を使う道を選んでいる以上、思い出し続け、そして拒絶し続けなければならない。能力ではなく、気持ちで。


黒山の拒絶は、右手のひらから黒い波動となって御守りを悲しく包む。そしてミラクル☆リリカはそこに奇跡を起こす。



「ミラクリウムチャージ! 行くわよ、ミラクル☆リリカハンド!!」



ミラクル☆リリカが持っていたステッキが桃色の光に変わり、黒い波動に包まれている御守りに降り注ぐ。



「はぁぁぁぁぁっ! やあっ!!!」



そして力強く両手を合わせて握ると、桃色の光は黒い波動ごと御守りに凝縮し、2つの御守りが細かく揺れた。


徐々に揺れは小さくなり、やがて収まるとミラクル☆リリカは「リリカ☆リリース」と言って変身を解除する。


変身の解除と共に、桃色の光に変わっていたステッキも形を戻して梨々香の右手に握られていた。



「俺はお前の代償を『拒絶』する」



咄嗟に黒山は梨々香の能力による代償を『拒絶』した。彼女にかけられる代償は命に関わるものなので油断できない。



「ありがとう、透夜……」


「いや、礼を言うのは俺の方だ。ありがとう」



黒山が梨々香の能力による代償を重く見ているように、梨々香も黒山の能力による代償を重く見ている。


特に御守りを作る時は、能力の使い方が心的なダメージを多く負うものである為、梨々香は必ず労うことを忘れない。


それが例え、温かく寄り添うことしか出来なかったとしても……。


--------------------


「なんだったのよ、あいつ……!!」



全力疾走で奈月の家まで来た為、当然ながら息切れしていた奈月・沙希・私3人だが、息を落ち着けた後すぐに奈月は針岡先生に電話したようだった。


どうやら「とりあえず、待機」の指示が出されたみたいで、ついうっかりヤイバ男への恨み言を言ってしまった。


すると、沙希は浅く頷いて目を瞑り、ヤイバ男についての話をし始めた。



「奈月と奴が戦っている間に、私も能力を使って覗いて見てみたけど、かなり能力を使っているようね。……奴自身の心もズタズタだったわ」


「んー、それは能力を使った代償でってこと?」



「気色悪い」と言いたげな顔で沙希がヤイバ男の心を語ると、興味があるのか疲れた顔をした奈月が質問をする。


恐らく奈月はヤイバ男のことを「いつか決着をつけないといけない相手」だと直感的に認識しているのだろう。不思議と私もそう思った。


沙希は顎に手を当てて、何かを考えながらヤイバ男の能力について考察を立てる。



「恐らく、奴の能力と代償は同じ効果を持っている。……つまり、諸刃の剣なんだと思うわ」


「なるほどねぇ。……武器を使っているにも関わず、使用者まで同じ痛みを味わうだなんて意外と筋が通っている能力じゃん?」


「……にしても、体術だって大したものだったね。なんというか、戦い慣れているのかな?」


「そうね。記憶までは探ることが出来なかったけれど、強敵とも戦ってきた経験があるんじゃないかしらね?」



私は「重度の中二病患者」ではないけど、なんとなく話に参加している。


「なんだか、他人事に思えなかった」というのが1番の理由。きっと、奈月がヤイバ男と決着をつけるときに私もどこかしら関わってくるかもしれない。


そんな事を考えていると、沙希が首を横に振って話を本題へと切り替える。



「ヤイバ男の事も気になるけれど、この件については次の定期報告会に出しましょう。まずは、失恋する生徒が最近多いことをどうにかしないと……」


「そうだね! ……というわけで、しおりん。何か知ってたりしない?」


「そういえば、ここ最近はこっちでも失恋しちゃう人が多いって真悠が言ってたっけな……」


「え!? 瑠璃ヶ丘でも多いんだ!?」


「うん、そうなんだよね。……あれ? でも」


「ん?」



この時、私は違和感を感じた。


私たちが通っている瑠璃ヶ丘でも、沙希や奈月が通っている紅ヶ原でも失恋する生徒が多いにも関わらず、なぜ「あの上級生」は取り巻きが多いのだろうか。


そして何故、それを不思議に思わなかったのか。


私はその話を2人にすることにした。どこか核心に迫っているような気がしたからだ。



「2人とも、少し聞いてほしい話があるんだ」


--------------------


「それで、事情を聞かせてもらっていい?」



ある程度落ち着いてきたところで、梨々香は黒山に詳しい話を聞こうと確認すると、黒山は「ああ」の2文字で短く返事して話を始める。



「つい最近の話だが、帰宅時に襲撃を受けるようになった。今のところ、俺だけしか襲われていないが、他に狙われるかもしれないクラスメイトがいるんだ」


「えっ!? それって、状況的にやばくない!?」


「ああ。そして襲われないとも限らない。相手が能力者だった場合、尚更な。……それに」


「それに?」


「昨日、大通りを歩いていたら白らしき奴がいたんだ」


「えっ!? 白って、白河のこと!?」


「ああ、恐らくな。視認はしていないが……」



梨々香の反応は予想していた通り。それほどまでに黒山はもちろん、梨々香にとっても無視できない話だった。


かつては黒山と一緒に、私のクラスメイトであった男だから知っているし、黒山と同時に転校したことも覚えている。



「どうして、今になって……」


「理由はどうあれ、白の性格はあの時からなにも変わっていないと見える。それもあって御守りを作ってクラスメイトに渡そうと思ったんだ」


「そう……なんだ。透夜」


「……ん?」


「無理しないようにね?」


「ああ、わかっている。もう暴走するわけにはいかない」


「うん……」



梨々香が自分を心配してくれているのは、いかに鈍感な黒山でもわかった。だが彼は、場合によっては2つの能力を併用するつもりだ。


というのも実は、2つの能力を併用しただけでは暴走しない。


黒山が暴走する条件とは、2つの能力を併用して更に「完全武装型」を使用した場合のみだ。


梨々香はそこを勘違いしており「完全武装型」が2つの能力を併用した状態だと思っている。


黒山は梨々香が勘違いをしていることに気付いているのだが、訂正したりする気は無い。


しようとしたところで、梨々香は黒山を信じないだろう。


それは、決して梨々香が黒山を信用していないというわけではないが、黒山が本気で「やばい」と思った時には手段を選ばない人間であることを知っているからだ。


だが、黒山の見積りでは間違いなく白河との決着には「完全武装型」が必要不可欠だ。



(その時は必ず梨々香に協力してもらおう)



黒山は心でそう呟き、そろそろお暇することにした。


--------------------


「何人もの男が取り巻いている女かぁ。……って、沙希ちゃんどうしたの?」



私の話を聞いた奈月と沙希の反応は別々のものだった。


奈月は少し考え込む様子を見せる一方で、沙希は驚いた顔をしていたが。何も言わないので、その反応を横目で見ていた奈月が問う。


その問いに沙希はこう答えた。



「いえ……。昨日、透夜と見回りをしていたら、女性2人が争っていたのを見つけてね……。その時確か、片方の女性には男の取り巻きが5人くらいいたような」



その答えに、今度は私が驚かされた。



「えっ! その2人はどうして争っていたの?」


「元カレがどうのって言っていたから、恐らく略奪された……? いえ、違うわ。能力を使って彼を強奪されたんだわ!」



「能力を使って」ということは、あの女が「重度の中二病患者」であるということ。


それは誰が言わなくとも、3人一致で導き出された答えだった。


それなら、私に出来ることは1つだ。……と思ったのだが。



「なら、私がその女を監視しようか? 同じ学校の上級生っぽいし」


「いいえ。これで詩織に何かあるといけないわ」


「そうだね! 元はと言えばボク達の仕事だからね!」


「え、あ、うん。わかった!」


「その代わり、第3者として見ている中で何かあったら教えてほしい。透夜に報告してくれてもいい」


「うん。だから危険のないようにね!」


「わかった、任せて!」



ある程度話がまとまったところで、話題は変わった。


本当に平和な雑談となり、奈月がお茶とお菓子を出してくれた。


お茶は奈月が淹れてくれたのだが、これがまたすごく美味しかった。


私は2人と雑談しながら、今回も「真悠だけは絶対に巻き込まないように守らなければ」と心に決めたのだった。


読んで下さりありがとうございます!


久々に5千文字を超える内容となりました。


とはいえ、そこまで濃い内容かと問われればちょっとアレかもしれませんが……。


さて、詩織・奈月・沙希の3人は事件の核心へと迫ってきました。


しかし、私の予定ではこれからが大波乱! 次回もお楽しみに!



次回の更新予定日は11月29日(水)です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ