たった一人の家族
受け入れがたい光景に、アタシは目を見張った。
「嘘……」
アタシの視界の中で、剣を持ったマリアンネが倒れていく。
「マリアンネ!」
地面に倒れ伏したマリアンネは、起き上がろうとせず動かない。
マリアンネのそばに立つのは、尖った耳と毛深い身体に鋭く伸ばされた大きな爪を持つ狼男のような姿をした魔族だった。
「お前が! お前がマリアンネをおおお!」
アタシは叫び、進行方向に倒れている魔族の手から大剣を拾い上げ、マリアンネのそばに立つ魔族へ、殴りかかるように剣を振った。
「ぐうっ」
アタシの剣を爪で防いだ魔族は低い唸り声を上げて耐えるが、アタシは剣に体重をのせて振り切り、魔族を吹っ飛ばした。
「マリアンネから離れろ!」
アタシは剣をぐるんぐるんと振りまわして、周りにいる魔族たちに距離を取らせる。
倒れている二人の魔族はそのままに、マリアンネを囲むように立っていた三人の魔族は、剣を避けるように飛び退ってアタシとマリアンネから離れた。
魔族たちが攻撃範囲から出たのを確認して、アタシは右手で大剣を構えたまま、反対の腕でマリアンネを抱き起す。
「マリアンネ! マリアンネ!」
アタシが声をかけても、マリアンネのまぶたは閉ざされたままで、アタシの腕の中でぐったりとしていた。
「嫌だ。嫌だ、マリアンネ!」
マリアンネの顔には血が飛び散り、頬は少し切れている。
マリアンネを少し傾けて後頭部を見るが、殴られた形跡もない。
マリアンネの頭部には、大きな傷は見当たらなかった。
ならば身体の方かと、アタシはマリアンネの胴体を確認する。
マリアンネのメイド服は土と大量の血で汚れていて、スカートのすそは所々破れていた。
返り血なのか、マリアンネの血なのか、汚れすぎていて判別がつかない。
嫌な考えがアタシの頭を占める。
遅すぎたのだとしたら。
フラグの回避が出来なかったのだとしたら。
マリアンネの死亡フラグが……!
「マリアンネ! “俺”を一人にするな! 一人にしないでくれ!」
やっと手に入れた、たった一人の家族……。
“俺”から。
“アタシ”から。
もう奪わないで!
アタシはマリアンネをギュッと抱きしめた。
強く。
強く。
誰にも取られないように。
「マリアンネ……。嫌だ……」
アタシはマリアンネの胸元に顔を擦り付けた。
なるべく近くにいたい。
マリアンネと離れたくない。
そう思ってした行為だったけれど、マリアンネにくっ付いて聞こえた音にハッとして、アタシは顔を上げた。
「マリアンネ……?」
もう一度、その音を聞く為に、アタシはマリアンネの胸に耳を付ける。
トクン。
トクン。
マリアンネの胸から聞こえる。
規則正しい心臓の鼓動。
暖かな命の音。
「……生きている」
確かに聞こえた。
「マリアンネは生きている!」
アタシは両腕でマリアンネをさらに強く抱き締めた、その時だった。
アタシの後頭部にガツンと衝撃が走った。
鈍痛に視界がぶれて、目の前が暗くなっていく。
しまったと思った時には遅かった。
「マリ……アンネ……」
マリアンネを抱き締める力を弱めたくないのに、アタシの身体からは勝手に力が抜けていく。
マリアンネとともに地面に倒れ、視界のはしにマリアンネを映しながら、アタシは意識を手離した。




