第2章。滅びゆく歯車と四つの鍵。第9話。始まりの部屋への帰還。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第2章:錆びゆく歯車と、四つの鍵
~第9話。始まりの部屋への帰還~
「――私の『いま』が、これからの未来を全部塗り替えてみせる!!」
私の魂の叫びと同時に、懐中時計から放たれた圧倒的なオレンジ色の光の津波が、時間の神々が放った光の槍を完全に吹き飛ばした。
視界のすべてが真っ白な光で埋め尽くされ、激しい浮遊感と共に、時間の歯車が猛烈な速度で逆回転する音が耳の奥で鳴り響く。
「アサヒ――!!」
光の向こうで、私を呼ぶソルの必死な声が聞こえた気がした。
(……チクタク、チクタク……)
静かな、ひどく聞き馴染みのある規則正しい秒針の音で、私はハッと目を開けた。
「はぁ、はぁっ……! ここは……!?」
私は勢いよく起き上がり、自分の身体を抱きしめた。
肌に触れるのは、神々の戦いでボロボロになったドレスではなく、いつも私が着ている、仕立ての良い柔らかなネグリジェだった。
辺りを見回す。
そこは、燃えるような朝焼けに染まった光の国でも、どす黒い紫色に変色した時間の交差点でもなかった。
見上げるほどに高い天井。薔薇パールの美しい調度品。
そして、ドレッサーの上に置かれた、私の姿を静かに映し出す大きなクリスタルの鏡。
「私の……公爵邸の部屋……?」
私はベッドから下りて、裸足のまま冷たい絨毯を踏みしめた。
あの神々との壮絶な大バトルの末、懐中時計が暴走した瞬間、私は気がつくと異世界に転生した私の「日常の部屋」へと引き戻されていたのだ。
「夢……だったの? いいえ、そんなはずは……」
胸元に手を当てると、そこにはルミナス家に代々伝わる、あの初代聖女が遺した金色の懐中時計が、静かに現在の時間を刻みながら、かすかに熱を持って触れていた。
夢なんかじゃない。
私は確かに、時間の境界線でソルたちと出会い、世界の破滅を目撃したのだ。
その時、私の視線が、部屋の片隅にある
「壁に掛けられた神様の絵」 と、古い「宝箱の引き出し」へと向いた。
(……待って。どうして、あの時計が暴走したとき、私は他の場所じゃなくて『この部屋』に戻ってきたの?)
背中に、ゾクッと冷たい寒気が走った。
この部屋にある大きな鏡、神様の絵、そして懐中時計が入っていた引き出し。ただの公爵令嬢の部屋にしては、あまりにも出来すぎている。
まるでこの部屋そのものが、最初からあの【時間の交差点】や、神々の住む領域と、目に見えない鎖で繋がっているような――そんな奇妙な違和感が、胸の奥でふくふくと膨れ上がっていくのを感じた。
コンコン、
と控えめな音が部屋に響いた。
「アサヒお嬢様、朝の支度をお持ちいたしました。お体の具合はいかがですか?」
扉を開けて入ってきたのは、いつもと変わらない笑顔を浮かべた専属メイドのミリーだった。
彼女は私の姿を見るなり、安心したように胸をなでおろした。
「あら、お嬢様、もうベッドから出られていらっしゃったのですね。三日前の高熱が嘘のように、お顔色がよくなって安心いたしましたわ」
「ミリー……。私、どれくらい眠っていたの?」
「丸一日、ぐっすりとお休みになられていましたよ。さあ、今日は『聖王立魔導アカデミー』の入学式でございます。ルミナス公爵家の令嬢として、素晴らしい一歩を踏み出す日ですわ。さっそくお着替えをいたしましょう!」
「学園、の入学式……」
そうだ。私は16歳になり、今日から貴族の義務として、魔法を学ぶ学園へと通うことになっていたのだ。
異世界で始まった、私の新しい日常。
(お母さま……。私が幼い頃、あの温かい場所で、私に『朝日と夕日の優しいお話』を遺してくれた、大好きなお母さま……)
脳裏に浮かぶのは、異世界で幼い頃に亡くなったはずの母の、おぼろげな面影。
だけどなぜだろう。
その面影に重なるように、私の鼻腔には、この公爵邸には存在しないはずの「オショウユとダシの温かい匂い」が、かすかに、でも愛おしくよぎるのだ。
(私はこの世界で、私の『いま』を一生懸命に生きるよ。それが、これからの未来を全部変えるって信じているから)
私はミリーに向かって微笑み、ドレスに袖を通した――。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。
私が足を踏み入れるその学園で、ソルやクレピュスク、そして世界を救うための『四つのひかりの歯車』をめぐる、さらなる壮大な運命の仲間たちとの出会いが待っていることを――。(第9話・おわり)




