第1章。星巡る庭と、灰色のノイズ~第8話。~降臨する時間の神々と、過酷な天秤~
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』第1章:星巡る庭と、灰色のノイズ
~第8話:降臨する時間の神々と、過酷な天秤~
チクタク、チクタク、チクタク――。
世界のすべてを支配するような、巨大で冷徹な秒針の音が、耳の奥から直接脳髄へと響き渡る。
オレンジ色に燃え上がっていた王都・オーロルの空が、一瞬にして生命の通わない『完全な静寂』へと凍りついた。
風が止まり、舞い散っていた光の紙吹雪が、まるで時間が止まったかのように空中でピタリと静止する。
「……来たわ。世界の時間を司る、本物の神々が……!」
満身創痍のクレピュスクが、怯えを隠せない声で私の袖を強く引っ張った。
次の瞬間、静止した黄金の空が、まるでガラスの盾をハンマーで叩き割ったかのように、バリバリと凄まじい音を立てて真っ二つに裂けた。
その引きちぎれた空間の裂け目から、眩しすぎる三つの巨大な光の影が、圧倒的な神威をまとって降臨してきた。
東の空に現れたのは、無数の時計の歯車を背背に浮かせた、
厳格な【過去の神・クロノス】。
西の空に現れたのは、これから生まれる未来の数字が全身にまたたく、
冷徹な【未来の神・カイロス】。
そして、その二つの神の真ん中に君臨したのは、宇宙の深淵のような闇の目を持ち、
世界のネジを握る【時空の至高神】
だった。
彼らがただそこに存在するだけで、周囲の空間がぐにゃりと歪み、重力が狂っていく。
「異界の魂、アサヒ・ルミナスよ」
至高神の、すべての時間を震わせるような重低音の声が、天から降ってきた。
「お前が前世の記憶に触れたことで、エルドラドと地球、二つの世界を結ぶメビウスの軌道が限界を迎えた。間もなく二つの世界線は正面衝突し、数千億の命と共に、すべてが粉々に砕け散って無に還るであろう」
至高神がそっと手をかざすと、
私の視界の右半分に【地球が水没し、巨大な地割れでビル群が崩壊していく終末のノイズ】が映し出され、
左半分には【この朝日の国のクリスタルタワーがサラサラと砂になって消えていく崩滅の景色】が映し出された。
二つの世界が、同時に終わりを迎えようとしている。
その圧倒的な破滅の規模に、私は息をすることさえ忘れて立ち尽くした。
「世界の完全なる消滅を防ぐ手立ては、ただ一つ。時間のバグであるお前の魂を、今この瞬間、完全に消去することだ。さあ、大人しく時空の塵に還るがよい」
未来の神カイロスが、冷酷にそう告げると同時に、天空から私を目がけて、太い大樹ほどもある巨大な『光の秒針の槍』が、時空を削り取りながら猛スピードで突き降ろされた。
「アサヒには、指一本触れさせない!!」
その絶望の光の前に、ソルが猛烈な悲鳴を上げて飛び込んできた。
彼の黄金色の瞳は、神々への恐怖を完全に凌駕し、
「初めてできた家族を守りたい」
という、野生的なまでの強い情動で燃え上がっていた。
ソルは腰の魔導剣を両手で強く握りしめ、自分の命のすべてを燃やすように、黄金の魔力を限界突破させて突き出す。
「ハァァァァァッ!!」
ズガガガガガガガガァァァン!!!
ソルの放った渾身の未来の魔力と、神の秒針の槍が正面から激突した。
交差点のクリスタルガラスの床が激しく弾け飛び、凄まじい光の嵐が王都を吹き荒れる。
衝撃のあまり、満身創痍のクレピュスクが吹き飛ばされそうになり、私は必死に彼女の手を掴んだ。
「くっ……あああああぁぁぁっ!」
ソルが血を吐きながらも、神の攻撃を剣一本で必死に押し留めている。
しかし、神々の圧倒的な力の前に、ソルの黄金の剣にはピキピキと無数の亀裂が入り始めていた。
「無駄な抗いを。過去のない人形風情が、人間の心を真似て神に逆らうか」
過去の神クロノスが、冷徹に手を下す。
さらにもう一本、時空を切り裂く槍が天から振り下ろされようとした。
(いや……! ソルを死なせない! お母さん、私に力を……!)
私が胸の懐中時計を強く握りしめ、涙を流しながら叫んだ、その瞬間だった。
私の足元の床が、激しいオレンジ色の輝きを放ち、頭の中に、はるか先で出会うはずの『あの見慣れた自分の部屋の景色』が一瞬だけ、鮮烈にフラッシュバックした。
壁に掛けられた神様の絵。大きな鏡。
そして、あの不思議な宝箱の引き出し――。
その瞬間、私の身体から、神々の魔力すら圧倒するほどの、凄まじい『朝焼けの障壁』が展開され、ソルの前に立ちふさがった。
ドコォォォォォン!!!
二本目の神の槍が、私の放ったオレンジ色の結界に激突し、激しい爆音と共に火花を散らして天へと弾き返された。
「な、に……!? この魔力、まさか数百年前に行方不明になった『初代聖女』の―!?」
三人の神々が、初めて驚愕にその文字盤の顔を激しく点滅させ、狼狽したように天へと身を引いた。
「はぁ、はぁ……」
私は激しく肩を上下させながら、胸元の懐中時計を強く抱きしめた。
時計の真鍮の冷たさが、今の私の生きていく熱へと変わっていく。
天に君臨する神々を見上げ、私は魂の底から、剥き出しの言葉を叩きつけた。
「神様……。あなたたちが決めた過去なんて、私は絶対に認めない!」
私の声が、凍りついた朝日の国の空に、凛と響き渡る。
「たとえ運命(昨日)は変えられなくても――私の『いま』が、これからの未来を全部塗り替えてみせる!!」
その叫びと連動するように、壊れていた懐中時計の針が、今までにないほど眩しい火花を散らした。
二つの世界を繋ぐメビウスのレールが、アメジスト色とオレンジ色の光の粒子で完全に修復されていく。
「アサヒ……!」
ソルが、その黄金色の瞳に熱い涙を浮かべながら、私を見つめた。
「私は絶対に、ソルも、クレピュスクも、地球も、この世界も、全部諦めない! さあ、私たちの明日を!」
世界を救うための「本当のやり直し」へ向けて、時計の秒針が、凄まじい速度で逆回転を始めた。
異世界の神々との全面対決。
そして、二つの世界の破滅を止めるための、時空を超えた壮絶な神話の戦いが、ここから本格的に幕を開けようとしていた。
(第1章・クライマックス/第8話・おわり)




