第7章。星巡る庭と、灰色のノイズ~第7話。重なり合うノイズ~地球の天変地異~
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第1章:星巡る庭と、灰色のノイズ第7話:重なり合うノイズ〜地球の天変地異〜
「あ……地球が……私のいた世界が……!」
私の叫び声は、朝焼けのオレンジ色に染まった王都・オーロルの空へと吸い込まれていった。
ソルの胸に抱きしめられながら、私は涙で歪む視界の向こうに、あり得ない光景を見ていた。
目の前にあるのは、私たちの魔力が合わさって生まれた、息をのむほどに綺麗なオレンジ色の世界。
襲いかかってくる時計の魔獣たちの攻撃を、街中のクリスタルタワーの壁が、まるで強固な窓ガラスのようにすべて吸い込んで弾き返している。
完璧な防壁。
私たちが「お互いを守りたい」と願ったからこそ起きた、奇跡の魔法。なのに、その美しいオレンジ色の景色のすぐ向こう側に、まるで古いフィルムを二重に重ねて映したかのような、激しい「灰色のノイズ」が割り込んできていた。
ザザザザザ、ザザザッ――!
ノイズの向こうに視えるのは、激しい豪雨に打たれる地球の街並みだった。
天を突き刺すような巨大なビル群に、見たこともないほど巨大な落雷が次々と直撃し、コンクリートの塊が爆音を立てて崩れ落ちていく。道路は濁流と化した雨水で溢れ返り、人々が悲鳴を上げて逃げ惑っている。
私たちが異世界で神々の兵を退け、絆を深めて魔力を高めれば高めるほど、私の手の中にある懐中時計が、壊れるほどに熱く脈打つ。
そしてそれと完全に連動して、地球の時空がバリバリと音を立てて引きちぎれ、崩壊のカウントダウンを進めていたのだ。
「アサヒ、どうしたんだ!? 急に身体が震えている!」
ソルが空中を浮遊しながら、私の顔を覗き込んできた。
彼の黄金色の瞳には、私を失いたくないという、初めて手に入れた『家族へのぬくもり』が、純粋に、熱く灯っている。
「ソル……見て、あの灰色の世界を。あそこはね、私のもう一つの記憶の世界……地球なの。私があなたを守ろうとして力を出すたびに、あっちの世界の空が壊れて、大雨が降って、みんなが泣いているのよ……!」
私の告白に、ソルはハッと息を呑み、ノイズの走る空間を見つめた。
ソルには地球の正確な景色は見えていない。けれど、私の心を通じて、あっちの世界で起きている「地球規模の危機」の凄まじいプレッシャーを、肌で感じ取ったようだった。
「そんな……。僕たちがここで生きようとすることが、もう一つの世界を壊してしまうなんて……。神様たちは、最初から僕たちに、そんな残酷な選択をさせていたのか……!」
ソルが悔しそうに歯を食いしばり、魔導剣を握る手にぐっと力を込めた。その時だった。
「二人とも、そこにいたのね……!」
朝焼けの空の向こうから、茜色の光の粒子を撒き散らしながら、一人の少女が猛スピードで飛んできた。
【夕日の国】
の防衛線を守っていたはずの、精霊の少女クレピュスクだった。
けれど、彼女の様子は明らかに異常だった。
いつも綺麗な茜色のドレスはあちこちが引きちぎれ、その小さな身体からは、どす黒い闇のモヤがボタボタと床に向かって滴り落ちている。
「クレピュスク! 大丈夫か!?」
ソルが叫ぶ。
「私は……平気よ。それより、二人に伝えなきゃいけない最悪の知らせがあるの」
クレピュスクは荒い息を吐きながら、私の持つ懐中時計を指さした。
「神々の世界にある『始まりの時計』の歯車が、完全に逆回転を始めたわ。アサヒが前世の記憶に近づいたせいで、このエルドラドと、アサヒのいた地球の『二つの世界線』が、メビウスの輪のねじれの位置で、完全に正面衝突しようとしているのよ……!」
「衝突……? 二つの世界がぶつかったら、どうなるの?」
私が訊ねると、クレピュスクは絶望に満ちた声で、静かに告げた。
「両方の世界が、粉々に砕け散って、跡形もなく消滅するわ。……そして、それを防ぐために、世界の理を司る『本物の時間の神々』が、まもなくこの空に直接、降臨してくる。神々は、世界の衝突を止めるために、すべての原因であるアサヒ――あなたの魂を、完全に消去しにやってくるのよ……!」
キィィィィィン――!!
クレピュスクの言葉が終わるか終わらないかの瞬間、オレンジ色に染まっていた王都の空が、パキンと凍りつくような、この世のものとは思えない神聖で冷徹な音を立てて静まり返った。
時計の秒針の音が、世界のすべてを支配するように、天の底から「チクタク、チクタク」と大きく響き渡る。
いよいよ、二つの世界の破滅をかけた、本物の神々との戦いが始まろうとしていた。
(第7話・おわり)




