第1章。星巡る庭と、灰色のノイズ~第6話。光の神殿の迎撃戦~消える秒針~
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』第1章:星巡る庭と、灰色のノイズ第6話:光の神殿の迎撃戦〜消える秒針〜
バリバリ、バリバリバリ――!
『白金の太陽神殿』の純白の天井が、ガラスのように無残にひび割れていく。
その亀裂の向こうから姿を現したのは、神々が遣わした、巨大な「時計の形をした魔獣」たちだった。
半透明の不気味な歯車がいくつも噛み合い、不快な金属音を響かせながら、王都の美しいクリスタルの尖塔を次々とへし折っていく。
「アサヒ、僕から絶対に離れないで!」
ソルが叫び、腰の黄金の魔導剣を引き抜いた。
その瞬間、彼の細い身体から、目が眩むほどのまばゆい『未来(明日)』の魔力が爆発するようにあふれ出す。
ソルは私の細い腰を左腕で強く抱き寄せると、地面を思い切り蹴り上げた。
浮遊の魔法が発動し、私たちは一瞬にして重力から解き放たれ、崩壊していく神殿の天井を突き抜けて、黄金色の空へと飛び上がった。
「くっ……! 数が多すぎる!」
空中でソルが息を呑む。
王都・オーロルの美しい空中回廊を埋め尽くしていたのは、何百、何千という時計の魔獣の群れだった。
それらはすべて、冷徹な秒針の音をカチカチと響かせながら、異界の魂である私を消滅させるために、一斉に襲いかかってくる。
「ハァァァッ!」ソルが右腕の剣を振るう。彼が創り出した黄金色の光の刃が、空中を激しく一閃し、迫り来る魔獣たちを次々と一刀両断にしていく。
クリスタルのタワーの間を、目にも留まらぬ速さで飛び回りながら繰り広げられる、壮絶な空中迎撃戦。
私はソルの胸に必死にしがみつきながら、彼の激しい鼓動を間近で聞いていた。
毎日記憶がリセットされ、昨日出会った人の顔も忘れてしまう少年。
神々に『道具』として作られ、深い孤独の闇の中にいた少年。
(この子は……毎朝、目が覚めるたびに、自分が誰かも分からない恐怖と戦っていたんだ……。それなのに、今こうして、自分の命をかけて私を守ろうとしてくれている)
その時、私の胸の奥で、前世の記憶とはまた違う、熱い感情が込み上げてきた。
「ソル、危ない!」
右側のビルの影から、巨大な振り子の形をした魔獣が、ソルの死角を狙って突っ込んできた。
ソルは左腕で私を抱きしめているため、避けるのが間に合わない。
「しまっ――」
「ソルを、傷つけさせない!!」
私は無意識のうちに、ソルの前に右手を突き出していた。
ルミナス公爵令嬢としての本能か、あるいは魂の叫びか。私の手の中から、カッと眩しい『朝焼けのオレンジ色』の光の障壁が展開された。
ドゴォォォン!!
魔獣の激しい一撃が、私の放ったオレンジ色の結界に衝突し、凄まじい火花を散らして弾き返された。
「え……?」
ソルが、驚愕に黄金色の目を見開いた。
「アサヒ……君が、僕を守ってくれたのか……?」
「あったりまえじゃない!」
私は息を切らしながら、ソルの目を真っ直ぐに見つめた。
「言ったでしょう? あなたは一人じゃないって。昨日を忘れてしまうなら、私が毎日、あなたに『私たちは友達で、家族なんだよ』って教えてあげる。だから、一人で全部背負い込もうとしないで!」
私のその言葉が、ソルの耳に届いた、
まさにその瞬間だった。
ソルの胸の奥から、カチリ、と、神々がかけた強固な封印(鍵)が、完全に壊れて外れるような音が響いた。
彼の黄金色の瞳の奥に、今までになかった、温かくて、強い『情動』の光が宿る。
「……そっか。これが……誰かを大切に想う、ぬくもり、なんだね」
ソルが、生まれて初めて、心からの優しい微笑みを浮かべた。
昨日までの記憶は、明日の朝になればまた消えてしまうかもしれない。
けれど、今、アサヒと一緒に戦い、心を通わせたという【魂の絆】だけは、神々の魔法をもってしても、絶対に消せない傷跡のようにソルの胸に深く刻み込まれたのだ。
「みんなの明日を、そして、僕に温もりをくれたアサヒを……絶対に神様たちには渡さない!」
ソルの魔力が、これまでの何倍にも膨れ上がり、王都の空全体を黄金色に染め上げた。
彼が本当の『心』を手に入れた瞬間だった。
しかし、ソルの魔力が覚醒したことと完全に連動するように、私の手の中の懐中時計が、壊れるほどに激しく熱を持ち始めた。
同時に、私の視界に、あの強烈な【地球のノイズ】が重なり合って映し出される。
ザザザザザザッ!!!
異世界の美しい光の街並みの向こう側に、激しい豪雨に打たれ、落雷によって次々と崩壊していく地球のビル群の姿が、ホログラムのように重なって視える。
「あ……地球が……私のいた世界が……!」
私たちが異世界で神々と戦うほどに、地球の時空も激しく歪み、崩壊のカウントダウンが始まっていた。
異世界での絆の覚醒が引き起こしてしまった、二つの世界の破滅の予兆。
アサヒとソルは、この過酷な運命の歯車をどう止めるのか――。(第6話・おわり)




