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第1章。星巡る庭と、灰色のノイズ~第5話。朝日(ソル)の生い立ち。神々に奪われた太陽~

『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』


第1章:星巡る庭と、灰色のノイズ


~第5話。朝日ソルの生い立ち。神々に奪われた太陽〜


賑やかな音楽と、黄金色の紙吹雪が舞い散る『ひかりの祝祭』の広場を通り抜け、私はソルに連れられて、王都の最も高い場所にそびえ立つ


白金はくきんの太陽神殿』


へとやってきていた。


見上げるほどに巨大な柱は、すべて純粋な魔力の結晶でできており、触れるとジリジリと温かい熱が手のひらに伝わってくる。


神殿の最深部には、世界の時間を刻むための巨大な時計の振り子が、静かに、でも厳かに左右へと揺れていた。


「ここにいれば安全だよ。神々が施した黄金の結界が、街全体を包み込んでいるからね」


ソルは神殿の白い階段に腰を下ろし、


「ふう…、」


と小さく溜息をついた。


その横顔をじっと見つめながら、私は先ほどから胸の奥でチクリと疼き続けている「違和感」を拭えずにいた。


甘いお菓子を口にした瞬間、私の脳裏をよぎった、きらびやかにライトアップされた巨大な鉄の車輪(観覧車)。


そして、私の手を引いてくれていた、名前も思い出せないエプロン姿の女性。


ルミナス公爵令嬢であるはずの私の中に、どうしてこんなにも切なくて愛おしい「別の世界の影」が混ざり合っているのだろう。


「ねえ、ソル」


私はドレスの裾を整えながら、彼の隣に腰を下ろした。


「あなたはこの【朝日の国】の王都で、ずっと一人で暮らしているの? ご家族は……お父様や、お母様は、どこにいらっしゃるの?」


何気なく尋ねた私の言葉に、ソルの身体が、一瞬だけピクリと強張った。


彼は黄金色の瞳を少しだけ伏せ、自嘲気味な、ひどく大人びた笑みを浮かべた。


「家族……。そんなもの、僕には最初からいないよ、アサヒ」


「え……?」


「僕はね、人間じゃないんだ」



ソルは自分の白く細い手のひらを見つめ、静かに言葉を紡ぎ出した。


「この国の人々は僕を『未来を司る魔導士』と呼ぶけれど、その正体は違う。僕ははるか昔、この世界の理を司る『時間の神々』によって作られた、時計仕掛けの申し子――いわば、ただの自律型の魔力供給装置アーティファクトさ」


ソルの口から語られたのは、あまりにも残酷で、切ない生い立ちだった。


この世界『エルドラド』の時間を狂わせないため、毎朝、東の地平線から寸分の狂いもなく【未来(明日)】の魔力を生み出し、世界の歯車を回し続ける存在。それがソルだった。


神々は、彼が任務を忘れて逃げ出したり、私情に流されたりしないよう、彼が生まれると同時に『すべての過去の記憶』を強引に消去し、心に鍵をかけてしまったのだという。


「僕には、昨日という時間がない。寝て起きたら、昨日の楽しかった記憶も、悲しかった記憶も、すべて世界の歯車に吸い取られて消えてしまう。僕にあるのは、まだ誰も見たことがない『明日』の未来の魔力だけ。……だからさ、家族がどんなものかも、お母さんがどんな温かさなのかも、僕には分からないんだ。最初から一人だったから、寂しいという感情すら、僕にはよく分からないんだよ」


ソルは淡々と、まるで他人の事政ことのように語り、寂しそうに微笑んだ。その少年の姿を見た瞬間――。


ドクン!


と、私の胸の奥が、引きちぎれんばかりに激しく痛んだ


。頭の芯が割れるような頭痛が走り、私の視界に、またしても強烈な「ノイズ」が割り込んでくる。


(あ、頭が……割れそう……!)


脳裏に映し出されたのは、眩しい光に満ちた神殿の景色ではなかった。


四角い、白い壁に囲まれた、ひどく消毒液の匂いがする部屋。


そこにあるベッドの上で、今にも消え入りそうなほどに痩せ細った、でも世界で一番優しい目をし女性が、私の小さな手をきつく握りしめている。


『アサヒ、泣かないで……。お母さんは、どんな形になっても、いつでもあなたのすぐ隣にいるからね……』


「お、かあ……さん……」


気がつくと、私の口から、この世界の言葉ではない、前世の言葉がポロポロとこぼれ落ちていた。


その記憶の温かさと、今、目の前で「過去を持たない」と笑うソルの孤独が、私の心の中で激しく衝突した。


「……一人じゃないわ」


「え?」


私は無意識のうちに、ソルの冷たい手を、私の両手でギュッと強く握りしめていた。


公爵令嬢としてのプライドも、上品な作法も、すべて忘れて、ただ目の前の少年を救いたいという一心だった。


「あなたが最初から一人だったなんて、そんなの絶対に違う。記憶が消えてしまうなら、私が毎朝、あなたの元へ行って『おはよう』って言ってあげる。あなたが忘れてしまった昨日を、私が代わりに全部、覚えていてあげるわ。だから……自分をただの道具だなんて、言わないで!」


私の目から、大粒の涙がポロポロと溢れ、ソルの手の甲に落ちた。


ソルは驚いたように黄金色の目を見開いた。


彼の心にかけられていた神々の封印ネジが、私の涙の温もりに触れて、カチリ、と微かに緩んだような音が、静かな神殿の奥で確かに響いた。


「アサヒ……君は、本当に不思議な人だね……」

ソルが何かを言いかけた、その瞬間だった。



地響きと共に、神殿の純白の天井にバリバリと巨大な黒い亀裂が走った。



黄金色だった空が、一瞬にして不気味などす黒い紫色へと変色していく。


「しまってい(大変だ)……! 黄金の結界が、内側から破られた……!?」


ソルが私の手を引き、素早く立ち上がった。


神々の兵たちの追手は、もうすぐそこまで迫っていた。世界の時間が歪み、二つの世界を巻き込む大バトルの嵐が、ついにこの光の王都をも飲み込もうとしていた。(第5話・おわり




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