第1章。星巡る庭と、灰色のノイズ~第4話。黄金の結界と、光の国の祝祭~
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第1章。星巡る庭と、灰色のノイズ~第4話。黄金の結界と、光の国の祝祭~
「アサヒ、こっちだ! 僕の手を離さないで!」
黄金色の髪を激しくなびかせながら、少年ソルが私の小さな手を強く引き、光のレールの上を疾走していく。
背後からは、交差点を切り裂くような凄まじい雷鳴と、時間の守護精霊たちが放つ光の槍の風切り音が響いていた。
私は公爵令嬢としての長いドレスの裾を片手で必死に抱え、生まれて初めて、息が切れるほどに走り続けていた。
「クレピュスクは!?」
私が走りながら叫ぶと、先頭を走るソルが振り返らずに答えた。
「彼女は【夕日の国】の防衛線を死守するために残った! 大丈夫、彼女はあれで頑丈な精霊だからね。それより、まずは僕たちの世界へ避難するよ!」
光のトンネルの出口が、目の前にパッと大きく開かれた。
まばゆい、目が眩むほどの白い閃光が視界を埋め尽くし、次の瞬間、私の足の下に柔らかな、でも大理石のように磨き上げられた純白の石畳の感触が戻ってきた。
「はぁ、はぁ……。ここは……?」
私が荒い息を吐きながら顔を上げると、そこには、ルミナス公爵領のどの街とも違う、息をのむほどに神秘的で近未来的な大都市が広がっていた。
空は、見たこともないほどに澄み切った黄金色の光に満ちている。
地平線に向かってそびえ立つのは、まるでクリスタルで編まれたかのような、透明に透き通った巨大な尖塔の群れだった。
それらの建物の表面を、生まれたての眩しい朝日の魔力が、まるで生き物の血流のように絶え間なく脈打って流れている。
「ようこそ、僕の故郷――【朝日の国】の王都・オーロルへ」
ソルがふっと肩の力を抜き、眩しい笑みを浮かべた。
街を見渡すと、ちょうど広場にはたくさんの人々が集まり、賑やかな音楽が響き渡っていた。
空からは光の粉のような紙吹雪がハラハラと舞い散っている。
「賑やかね……。何かのお祭りかしら?」
「うん。ちょうど一年に一度、太陽の神々から新しい『明日』の時間を授かる、神秘的な【ひかりの祝祭】の真っ最中なんだ。このお祭りの間は、街全体に強力な黄金の結界が張られるから、さっきの神々の兵たちも簡単には入ってこられないよ」
ソルに案内され、私は白い石畳の広場をゆっくりと歩いた。
露店からは、見たこともない不思議な香辛料の香りが漂い、クリスタルで作られた楽器が、風に乗ってオルゴールのような美しいメロディを奏でている。
「アサヒ、これ、食べてごらん。美味しいよ」
ソルが、近くの屋台で買ってきたばかりの、黄金色のパウダーがたっぷりとかかった細長い揚げ菓子を私に手渡してくれた。
前世の人間が「チュロス」と呼ぶものに、実によく似たお菓子だった。
「ありがとう、ソル」
私はそれを受け取り、小さく口を開けて、サクッと一口かじった。
口の中に、上品な蜂蜜のような甘さと、シナモンに似たスパイスの香りが広がる。
(あ、美味しい……)
そう思った、まさにその瞬間だった。
ドクン……!
私の胸の奥が、何の前触れもなく激しく波打った。
頭の芯がジリジリと熱くなり、私の視界全体が、一瞬だけパッと「別の景色」に切り替わったのだ。
そこは、異世界の眩しい朝日の国ではなかった。
日はすっかり沈み、辺りは薄暗い。
けれど、目の前には、無数の電球でギラギラとライトアップされた、信じられないほど巨大な鉄の輪っか(観覧車)が、夜空に向かってゆっくりと回っている。
私の隣には、やはりあのエプロン姿の優しい女性が立っていて、私と手を繋ぎながら、同じこの甘いお菓子を食べて、笑い合っている。
『アサヒ、美味しいね。また来ようね……』
「あ……」
ハッと気がつくと、私は朝日の国の白い広場に立ち尽くしていた。
手には、一口かじったお菓子が握られたままだ。
「アサヒ? どうしたの? 口に合わなかった?」
ソルが心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
私は、自分の頬を冷たい涙が伝っていくのに気づき、慌ててそれを袖で拭った。
「ううん、違うの。とっても美味しい。……美味しいのに、なぜかしら。これを食べたら、急に胸が苦しくなって……。頭の中に、見たこともない、光る巨大な車輪の夢が視えたの」
「巨大な、車輪……?」
ソルは不思議そうに小首を傾げた。
私は自分のドレスの胸元を強く理(握り)しめた。
ルミナス公爵令嬢として生きてきた私の中に、確実に「私ではない、誰かの大切な思い出」が眠っている。
日常のふとした出来事の中で、ゆっくりと、でも確実に、失われた記憶のパズルが動き出そうとしていた。(第4話・おわり)




