第1章。星巡る庭と灰色のノイズ~第3話。~境界線のふたりと、軋むふたつの国。
『ルミナス令げて失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第1章:星巡る庭と、灰色のノイズ第3話:境界線のふたりと、軋むふたつの国。
「もう一つの、世界……?」
私の口からこぼれ落ちたその言葉は、足元のクリスタルガラスの床を微かに震わせた。
目の前に立つ、黄金の髪の少年ソルと、茜色の服を着た精霊の少女クレピュスク。
二人は、私が「アサヒ・ルミナス」という名を口にした瞬間から、まるで時が止まったかのように私を凝視している。
「驚いたな……」
ソルが、その黄金色の瞳を眩しそうに細めながら、私の手の中で右と左に同時に回り続ける懐中時計を見つめた。
「その『時空のネジ』を動かせる人間が、この時代に本当に現れるなんて。ルミナス公爵家のお嬢様、君は自分が今、どこに立っているか分かっているかい?」
「いいえ……。ミリーの言う通り、私は神々の禁忌に触れてしまったの?」
私が不安に駆られて周囲を見渡すと、クレピュスクが優しく首を振った。
彼女の茜色のスカートが揺れるたび、夕暮れの終わりのような、どこか懐かしい香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「ここは【ひかりの交差点】。すべての時間が交わる、世界の真ん中よ。アサヒ、怖がらないで。あなたの左手側を見てごらん」
クレピュスクに促され、私は十字に交差する透明な道の、左の地平線へと目を向けた。
「わあ……っ」
思わず、感嘆の声が漏れた。
そこには、私の知るルミナス公爵領の景色とは全く違う、圧倒的な美しさを持つ国――
【夕日の国】
が広がっていた。
空は一日中、燃えるようなオレンジ色と、深い夜の青が溶け合う、濃厚な紫色に染まっている。
そこには、古代の神話に出てくるような大理石の神殿や、精巧な時計塔がどこまでも連なり、街全体が優しく穏やかな茜色のベールに包まれていた。
世界中の「過ぎ去った美しい思い出」が、あの街の空気を作っているのだと、なぜか本能で理解できた。
「そして、右手側が僕の故郷さ」
今度はソルが、誇らしげに右の地平線を指さした。
右側に広がっていたのは、目が眩むほどに白い光に満ちた
【朝日の国】
だった。
そこは、まだ誰も見たことがない「明日」の時間が工場のように組み立てられている国。
クリスタルでできた近未来的な尖塔が天を突き刺し、生まれたての黄金色の光が、まるで生き物のように絶え間なく脈打っている。
二つの国は、この交差点を中心にして、完璧なバランスで寄り添い合っているはずだった。
しかし、私が目を凝らすと、その美しい景色の中に、おぞましい「異変」が混ざり合っているのが見えた。
【朝日の国】の白い尖塔のあちこちに、バリバリとガラスが割れるような黒い亀裂が走り、黄金色の光が淀んだ灰色に変色し始めている。
一方の
【夕日の国】でも、美しい紫色の空に、まるでインクを落としたような、どす黒い闇のモヤがじわじわと広がり、大理石の神殿がサラサラと砂のように崩れ落ちていた。
「世界の時間が……軋んでいる……」
私が呟くと、ソルの表情が引き締まった。
「そうだよ。何者かが世界の根本にある『太陽の歯車』を無理やり歪めたんだ。そのせいで、僕たちの二つの国は、今にも崩壊しかけている」
「それだけじゃないわ、ソル」
クレピュスクが、私の胸元を指さした。
私の持つ懐中時計が、カチカチと狂ったような不協和音を立てて熱を持っている。
「アサヒがこの交差点に迷い込んだのは、偶然じゃない。この子が記憶の底に眠らせている『もう一つの世界』――地球の時間が、このエルドラドの歪みと完全にシンクロして、あっちの世界でも地球規模の天変地異が始まっているのよ。アサヒが記憶を取り戻そうとするたびに、二つの世界をつなぐ時空の嵐が激しくなっていく……」
「私の、せいで……?」
私がショックで一歩後ろに下がった、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……!
交差線の底から、世界の終わりを告げるような、凄まじい地鳴りが響き渡った。
足元の透明な床が激しく波打ち、遙か奈落の底で回っていた巨大な時の歯車が、悲鳴を上げるようにガチガチと音を立てて停止する。
「来るわ! 世界の歪みを正すために、神々が遣わした『時間の守護精霊』たちよ!」
クレピュスクが叫ぶと同時に、紫色のひび割れた空から、光の翼を持つ巨大な異形の神の兵たちが、凄まじいプレッシャーと共に次々と舞い降りてきた。
彼らの手には、時空を切り裂くための鋭い光の槍が握られている。
「アサヒ、僕の後ろに隠れていて!」
ソルが叫び、腰からまばゆい黄金色の光を放つ魔導剣を引き抜いた。
異世界の崩壊の足音と、地球規模の終末の予兆。
二つの世界をかけた、神々との壮絶なバトルの幕が、この美しい時間の境界線で、今まさに上がろうとしていた。(第3話・おわり)




