第2章。錆びゆく歯車と、四つの鍵。第10話。~聖王立魔導アカデミーの門~
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第2章:錆びゆく歯車と、四つの鍵
~第10話。聖王立魔導アカデミーの門~
ルミナス公爵家の紋章である「太陽と時計の歯車」が金糸で刺繍された、格式高い藍色の馬車に揺られること、およそ一刻。
パカパカと小気味よい蹄の音を立てて走っていた馬車が、ゆっくりと速度を落とし、やがて静かに停止した。
「アサヒお嬢様、到着いたしましたわ。さあ、こちらが今日からお嬢様が学ばれる場所でございます」
ミリーが馬車の扉を恭しく開けると、眩しい太陽の光と共に、異世界の華やかな喧騒が車内へと流れ込んできた。
私がミリーの手に支えられながら馬車を一歩下りると、目の前には、息をのむほどに壮大で神秘的な光景が広がっていた。
白大理石で作られた、まるで天をも突き刺さんばかりの巨大なアーチ状の正門。
その門の頂点には、世界の時間を管理するかのように、いくつもの半透明な魔術の歯車が、空中でカチ、カチ、と静かに回転し続けている。
『聖王立魔導アカデミー』
エルドラド王国内のすべての貴族や、優れた魔力を持つ者たちが集う、最高峰の教育機関だ。
今日から始まる、公爵令嬢としてのアサヒ・ルミナスの新しい日常。
門の向こうに広がる広大な敷地には、私と同じように真新しい制服に身を包んだ、たくさんの貴族の少年少女たちが、緊張と期待の入り混じった顔で談笑しながら行き交っていた。
「すごい賑わいね、ミリー……」
私は少し気圧されながら、自分の胸元にそっと手を当てた。
ドレスのインナーの奥には、あの引き出しから見つけた金色の古い懐中時計が、今もひっそりと眠っている。
あの『ひかりの交差点』での神々との激しい大バトルの記憶は、今の私の胸の奥で、まだ確かに熱を持って触れていた。
「お嬢様、緊張されていらっしゃいますか? 大丈夫でございますわ。公爵家のお嬢様としての誇りを持って、堂々と歩んでくださいませ」
ミリーが私の背中を優しくポン、と叩いてくれる。
その温かさに励まされ、私は深く息を吸い込むと、学園のきらびやかなロビーへと向かって、ゆっくりと一歩を踏み出した。
ロビーは、まるで巨大な大聖堂のようになっていた。
天井は一面のクリスタルガラスでできており、そこから差し込む光が、床の魔法陣をキラキラと七色に染め上げている。
大勢の新入生たちの間を通り抜けようとした、その時だった。
ザザッ、ザザザザッ……。
まただ。私の視界に、あの強烈な「灰色のノイズ」が一瞬だけ走った。
きらびやかな学園のロビーの景色が、まるでガラスが割れるように歪む。
(え……っ!?)
ハッと息を呑んで立ち止まる。
一瞬だけ重なり合って視えたのは、ここにあるはずのない、黒いコンクリートの四角い建物。
そこには、背中にランドセルという奇妙な四角いカバンを背負った、小さな子供たちが大勢、元気に笑いながら校門をくぐり抜けていく姿だった。
そしてその子供たちの中に、かつて小さな私の手を引いて歩いていた、あのエプロン姿の優しいお母さんの後ろ姿が、おぼろげに、でも確かに見えた気がした。
「……お母、さん……?」
私が無意識のうちにその「夢の言葉」を呟いた瞬間、ロビーの天井のクリスタルガラスが、パキン!と冷たい音を立てて、微かにひび割れた。
同時に、私のすぐ横を通り過ぎようとした、一人の人物がピタリと足を止めた。
「おや……? 今、君、なんて言ったの?」
かけられたのは、低くて、でもどこか鈴が転がるような、聞き覚えのある不思議な少年の声だった。
驚いて振り返ると、そこには、ルミナス家とは違う名門貴族の制服を着た、一人の少年が立っていた。
サラサラとした眩しい黄金色の髪。
そして、私のすべてを見透かすかのような、深く、透き通った黄金色の瞳。
「ソル……? いいえ、あなたは……」
私の口から、交差点で出会ったあの少年の名前が漏れそうになる。
けれど、目の前にいる少年は、私のことを知っている様子は全くなく、ただ私の不思議な呟きに興味を持ったように、悪戯っぽく首を傾げた。
「僕はアレン。アレン・クロノスだよ。……君、今、この世界には存在しない古い古代語の響きを口にしなかったかい? まるで、失われた時間の向こう側から聞こえるような、不思議な言葉をさ」
少年アレンは、私の目を真っ直ぐに見つめ、どこか神秘的な笑みを浮かべた。
その瞬間、私のポケットの中の懐中時計が、ドクン、と一度だけ熱く脈打った。
学園での新しい日常。そこで出会った、ソルに驚くほどよく似た黄金の瞳の少年。
私が忘れてしまっている「前世の記憶」のすべて、そして世界を救うための『四つのひかりの歯車』をめぐる、新たな運命の歯車が、この学園の門をくぐった瞬間から、再び静かに、でも確実に回り始めようとしていた。
(第10話・おわり)




