第2章。錆びゆく歯車と、四つの鍵。~第11話。アレンの問いと、時計燈の秘密。~
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第2章。錆びゆく歯車と、四つの鍵
第11話。アレンの問いと、時計塔の秘密
「アレン・クロノス……様」
私がその名を繰り返すと、目の前の黄金の髪の少年は、満足そうに目を細めて深く一礼した。
その優雅な所作は非の打ち所がない名門貴族のそれなのに、漂う雰囲気はどこか、あの時間の交差点で私を守って戦ったソルに似て、ひどく浮世離れしていた。
「ルミナス公爵家のアサヒ様だね。君のことは噂で聞いているよ。三日前の高熱から奇跡の生還を遂げた、美しい令嬢だとね」
アレンの言葉に、隣にいたミリーが小さく私をかばうように前に出た。
「クロノス公爵家のアレン様。いくら初対面とはいえ、我が主をあまりじろじろと見つめられるのは無作法というものですわ」
「おっと、これは失礼。ミリー、君の言う通りだ。ただね、彼女から放たれている魔力が、あまりにも僕の専門とする『時空魔術』の波長と似ていたから、ついね」
アレンは悪びれもせずに笑うと、ロビーの奥にある、高くそびえ立つ螺旋階段を指さした。
「新入生の式典が始まるまで、まだ少し時間がある。アサヒ様、もしよければ、僕たちの学園の象徴である【始まりの時計塔】を案内させてくれないかい? 君になら、あの場所の本当の姿を見せられる気がするんだ」
「時計塔、ですか……?」
その単語を聞いた瞬間、私のインナーの奥に隠された懐中時計が、衣服越しにドクン、と冷たく脈打った。
まるで、「そこへ行きなさい」と時計自身が私を急かしているかのように。
「……ええ、お願いするわ、アレン様。ミリー、私は少しアレン様とお話ししてくるわね」
「お嬢様!? ですが……」
心配そうなミリーをロビーに残し、私はアレンの後に続いて、白い石畳の階段を上り始めた。
学園の最奥にそびえ立つ時計塔の中は、ひんやりとした神聖な空気に満ちていた。
見上げるほどに高い壁には、無数の大小さまざまな真鍮の歯車が、むき出しのまま噛み合って回っている。
カチ、カチ、カチ……
と、数百もの秒針の音が重なり合い、まるで建物全体が巨大な生き物の心臓のようにドクドクと鼓動しているようだった。
「ここはね、ただの時計じゃないんだ」
アレンは階段の途中で足を止め、塔の中央で激しく揺れる、巨大なアメジストでできた振り子を見つめた。
「このエルドラドの時間の進み方を一定に保つための、神聖な魔導具さ。……だけどね、アサヒ様。君は気づいているかい? 最近、この時計の音が、ほんの少しだけ『狂って』きていることに」
「狂って、いる……?」
「そうさ」
アレンは黄金色の瞳を妖しく光らせ、私の目の前に自分の顔を近づけた。
「秒針の音がときどき、二重に重なって聞こえるんだ。まるで、この世界とは全く違う【もう一つの場所の時間】が、この塔の歯車にノイズのように無理やり割り込んできているみたいにね」
ドクン……!
アレンのその言葉が、私の頭の中で強烈な火花を散らした。
ノイズ。
二重に重なる時間。
それは、まさに私が『天球の庭園』や、さっきのロビーで目撃した、あの「地球の灰色の景色」のことではないのか。
「アレン様、あなたには……そのノイズの向こうに、何が見えるの?」
私が震える声で尋ねると、アレンは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
そして、狂おしいほどに切ない、深い微笑みを浮かべて私の胸元を見つめた。
「僕に見えるのは、激しい灰色の雨さ。……そしてね、アサヒ様。君のその服の奥で、今も右と左に同時に回っている『ネジの巻けない時計』には、何が映っているのかな?」
「え……っ!?」
私は思わず後ろに飛び下がった。
インナーの奥に隠しているはずの、懐中時計。
人に見せるはずのないその秘密を、アレンは初対面のはずなのに、まるで最初から知っていたかのように見抜いていたのだ。
(どうして……? この人は一体、何者なの!?)
恐怖と驚きで私の身体が硬直した。
その瞬間だった。
ガガガガガガガッ!!!
突如として、時計塔のすべての歯車が耳を劈くような悲鳴を上げて急停止した。
それと同時に、塔の巨大なガラス窓の外の空が、何の前触れもなく、あの不気味などす黒い紫色へと一転したのだ。
「来ちゃったか。思ったよりも、神様たちの秒針が回るのが早いね」
アレンは焦る様子もなく、むしろ楽しそうに呟くと、私の前に立ちはだかり、その白い手のひらを空間にかざした。
彼の手の中から、見たこともないほど濃密な、黄金色の時空魔法の陣が展開される。
学園の日常の裏で、早くも始まりを告げる時空の乱れ。
目の前にいるアレン・クロノスという少年の正体は、本当にあの時間の神クロノスと関係があるのか。
はるか先の神の領域へと繋がる時計塔の中で、私の新しい異世界の運命が、暴風を伴って、再び激しく軋み始めようとしていた。
(第11話・おわり)




