第6章。神話 of 古代領域と、紡がれる因果 第51話。眩き拒絶と、刻の回廊への決断。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』第6章:神話 of 古代領域と、紡がれる因果
第51話:眩き拒絶と、刻の回廊への決断
「……どうして、止めるのよ」
アルカディア公爵令嬢《・ ・ ・ ・ ・ ・》
として生きる私の口から、前世の――地球で『アサヒ、(旭)』として生きていた頃の荒々しい感情が、一瞬だけ漏れ出していた。
あと少しだった。
あと少しで、私がなぜこの世界に生まれ、なぜ母――ユウコが世界の時間の源流と同化しなければならなかったのか、すべてのピースが繋がるところだったのに…、
私は、悔しさに唇を噛み、込み上げる涙に堪えながら目の前に立つ漆黒のコートの青年を見上た。
彼の持つ「黒い歯車」によって、私の銀の懐中時計の針は、ピタリと静止している。
私の銀の懐中時計に「黒い歯車」を押し当て、強制的に針を止めた漆黒のコートの青年は、荒い息を吐きながら琥珀色の瞳で、冷徹に私を射抜いた。
「言ったはずだ、アサヒ《旭》。君がすべてを思い出せば、因果の辻褄が崩壊する。君の母ユウコが遺した『時空を超える完璧な伏線』は、君が『忘却』という安全弁を持っているからこそ機能しているんだ。思い出すことは、世界の終わりを意味する!」
青年の口から飛び出した、前世の私の名前。
そして、世界の時間の源流と同化した母の名前。
なぜ彼がそれを知っているのか、問い詰めようとしたそのとき…。
パリイィィン!!!
「――そこまでにしてもらおうか」
凍りつくような冷徹な声が、交差する二つの空を切り裂いた。
私の前に毅然と立ちはだかったのは、アレンだった。
天才魔導士である彼の周囲に、常夜の闇を凝縮したような魔力障壁が展開される。
アレンは私を背中に隠すようにして、大人の包容力に満ちた、けれど狂気的なまでに鋭い視線を青年へ向けた。
「我が愛しきアサヒを怯えさせ、その魂を弄ぶ者は、たとえ世界の守護者であろうと容赦はしない。アサヒ、大丈夫かい? 怖い思いをさせてごめんね」
アレンは私を振り返ると、とろけるような甘い微笑みを浮かべ、私の震える手をそっと包み込んだ。
その過保護なまでの溺愛に、私の心臓がトクンと跳ねる。
「アサヒから離れろ、この偽物め!!」
地響きのような叫びと共に、黄金の閃光が青年に襲いかかった。
ソルだ。
地球での幼馴染「朝日くん」の転生体である彼は、黄金の髪を振り乱し、太陽の瞳に激しい独占欲と本能の愛を滾らせていた。
「アサヒの過去も、未来も、全部僕のものだ! お前がアサヒの記憶に触れていいわけがないだろうッ!」
ソルの放った神聖なる魔力が空間を爆砕する。
青年は舌打ちをしながら、間一髪で後方へと転移した。
「そうよ……アサヒちゃんを苦しめる奴は、夕日がいっぱい切り刻んであげる……!」
ソルの影から滑り出すように現れたのは、夕闇の髪を持つ少女、夕日だった。
地球での幼馴染「夕陽ちゃん」である彼女の瞳は完全にハイライトを失っており、私への異常なまでの執着と愛を乗せた漆黒の双剣が、青年の首筋へと肉薄する。
「待って、みんな! 争っている時間はないわ!」
私は叫んだ。
見上げる空――現代の青空と、古代の歯車の空。
その境界線から、ガラスが割れるような不気味な音が響き渡っていた。
足元の地面が、光の粒子となってボロボロと崩落を始めている。
母ユウコが、自らの命と存在を賭して世界の時間の源流と同化し、私を生かすために遺してくれたこの世界。
それが、今まさに限界を迎えようとしていた。
「青年……あなたの言う通り、私が記憶を取り戻すことが引き金なら、私はここで立ち止まるべきなのかもしれない」
私は胸元の、静止した銀の時計(懐中時計)を強く握りしめた。
「でも、お母さまが遺した伏線は、世界を滅ぼすためのものじゃないわ。私を――視界を遮ってまで私を愛してくれたみんなを救うためのもののはずよ!」
私の言葉に、アレンが、ソルが、夕日が、一斉に私を見た。
彼らの瞳にあるのは、世界への未練ではない。ただ一途に、私を失いたくないという烈情だ。
「私は逃げない。二つの世界の中心部――『刻の回廊』へ行くわ。そこで全ての因果を紡ぎ直し、お母さまの伏線を完璧に回収してみせる!」
覚悟を決めた私の足元から、眩い光の渦が噴出した。
時空の崩壊が、本格的に始まったのだ。
「フッ……やはり、君はそう言うと思ったよ」
漆黒のコートの青年は、夕日の刃を躱しながら、諦めたように自嘲気味に笑った。
「いいだろう。世界が虚無に還るのが先か、君が神話を書き換えるのが先か……見せてみろ、アサヒ」
底知れぬ光の濁流が、私たちの視界を完全に呑み込んでいく。
アレンの強い腕が私を抱き寄せ、ソルの手が私の指を絡めとり、夕日の細い指先が私の服を固く掴んでいた。
果てしない時空の嵐の先。
私たちはついに、世界の心臓部である『刻の回廊』へと足を踏み入れる――。
(第52話へ続く)




