第6章。神話 of 古代領域と、紡がれる因果。第50話。交差する二つの空と、静止する銀の針。
青く燃える「始まりの暖炉」から現れた巨大な時計型ゲート、「時空のゲート」の扉が開かれました。ルミナス令嬢は懐中時計の導きで、古代領域の眠りを覚ます「目覚めの鐘」と共に、現代と古代の天空都市が交差する未知の世界へと足を踏み入れます。
『ルミナス令嬢の失われた記憶』第50話では、二つの空と太陽が交差する時空の狭間で、ルミナスが持つ懐中時計が古代の鐘の音に共鳴し、彼女の失われた過去の記憶が呼び覚まされます。しかし、突然現れた謎の青年がその懐中時計の針を止めるよう警告し、緊迫した状況の中で物語は展開します。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第6章。神話 of 古代領域と、紡がれる因果
第50話。交差する二つの空と、静止する銀の針
「始まりの暖炉」が放つ、青き劫火をくぐり抜けた先――。
ルミナスの視界に飛び込んできたのは、世界の理そのものが融解したかのような、圧倒的なる神話の光景だった。
見上げる天空には、本来決して交わるはずのない「二つの空」が、歪なモザイク画のように重なり合っている。
片方は、彼女が生まれ育った、どこまでも優しく、どこか儚い現代の青空。
そしてもう片方は、天の川の代わりに無数の巨大な歯車が噛み合い、轟音を立てて巡る、黄金色の古代の空。
二つの異なる世界に属する太陽が、天頂で狂おしく重なり合い、陽炎のように揺らめく。
その異形なる双生の光は、世界の境界線を曖昧に溶かし、ルミナスの肌を刺すような緊張感で包み込んでいた。
「ここが……約束の地。二つの時空が交差する、狭間の世界……」
ルミナスが呆然と声を漏らした、その瞬間だった。
彼女の胸元で、冷たい金属の擦れる
「コトリ」
という異音が、不気味に響く。
肌身離さず持っていた銀色の懐中時計が、まるで独自の意志を得たかのように、激しく脈打ち始めたのだ。
ゴーーーーン……。ゴーーーーン……。
空間の奥底から、大地を揺るがすような、重厚で厳かな鐘の音が響き渡る。
古代領域の永き眠りを覚ます、因果の変革者――「目覚めの鐘」だ。
その音波が空間を震わせるたび、ルミナスの中で何かが弾けた。
懐中時計の文字盤の中で、銀の針が狂ったように回転を始める。
それと完全に同調するように、彼女の脳裏へ、凄まじい衝撃とともに激痛が走った。
『――思い出しなさい、ルミナス。あなたが何のために、あの幸福な時間を止めたのかを――』
鼓膜を揺らすのではない。
魂に直接響くような、懐かしくも切ない「誰か」の声。
視界が真っ白な閃光に染まり、彼女が失っていた「記憶の断片」が、濁流となって脳内へ流れ込んでくる。
天を突く白亜の神殿。
泣きじゃくりながら、血の滲む指先で時計の部品を組み立てる、幼き日の自分。
そして――すべてを呑み込み、世界を崩壊させていく、あまりにも美しい黄金の光。
「あ、頭が……裂ける……! 私は、あの時……世界を……っ!」
ルミナスが記憶の奔流に呑まれ、その場に膝を突き、意識を失いかけたその刹那。
「だめだ! すぐにその時計の針を止めろ!!」
時空の歪みを引き裂くような、鋭い叫び声が響いた
。突風と共に現れたのは、一人の青年。彼の纏う漆黒のコートには、古代の失われた言語である「光の紋様」が脈動するように刻まれている。
青年は、ルミナスの手元へ向かって、躊躇なくその手を伸ばした。
彼の瞳は、迫り来る世界の危機を映すかのように、燃える琥珀色に輝いている。
「だれ……? あなたは……」
「説明は後だ! 鐘の音と時計が完全に共鳴すれば、因果の辻褄が合わなくなる! 二つの世界が互いを喰らい合い、君の記憶ごと、すべてが虚無へ還るぞ!」
青年は叫びながら、自身の懐から鈍く光る「黒い歯車」を取り出した。
それを、ルミナスの銀の時計へと力任せに押し当てる。
――ジジジ、ジジジジッ!!!
空間を焼き切るような激しい火花が散り、キィィィンと耳を劈く金属音が響く。
狂ったように回り続けていた銀の針が、青年の執念に押されるようにして、狂おしい音を立ててピタリと静止した。
それと同時に、ルミナスを襲っていた凄まじい頭痛も、嘘のように引き潮となって消え去る。
しかし、あと一歩で手が届きそうだった、世界の真実を握る大切な記憶もまた、再び深い霧の向こうへと急速に隠れていってしまった。
「あ……あと、少しで……思い出せたのに……」
ルミナスは悔しさに唇を噛み、込み上げる涙を堪えながら、目の前に立つ謎の青年を見上げた。
青年は大きく肩で息をしながら、冷や汗を拭い、射抜くような真剣な眼差しで彼女を見つめ返している。
静まり返った緊迫の空気の中、頭上の二つの太陽だけが、不気味に、そして静かに揺らめいていた。
(第51話へ続く)




