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新章・時計仕掛けの羅針盤。64話。時間の源流と、天秤の上の母。

第64話。時間の源流と、天秤の上の母


光の回廊の最奥へ辿り着いた瞬間、私たちの視界は目も眩むような神聖な輝きに包まれた。


そこは、世界のすべての「始まり」と「終わり」が同居するような、果てしなく広々としたドーム状の空間だった。


周囲の壁はなく、ただ無限の宇宙のような深い群青色の闇が広がり、そこを茜色と黄金色の【時間の奔流】が、まるで天の川のように美しく激しく流れている。


そして、その空間の中央に、それは鎮座していた。


大理石で造られた巨大な【時計仕掛けの天秤(てんびん)】。


精緻な歯車が静かに噛み合い、チク、タク、と正確な音を立てながら、天秤はわずかに左右へと揺れている。


その天秤の左側の皿には、私たちが今生きている美しい異世界のヴィジョンが、そして右側の皿には、今まさに時間が停止しかけて灰色に染まりつつある私の故郷――地球の街並みが、幻影となって浮かび上がっていた。


これがお母さんの言っていた、二つの世界の歴史を司る『時間の天秤』なのだ。


「――よくここまで来てくれたわね、アサヒ」


空間全体に響き渡る、優しくて、暖かで、世界で一番大好きな声。


「お母さん……っ!」


私が声を上げて天秤を見上げると、その巨大な装置の中央、光り輝く主軸の前に、一人の女性の姿がゆらりと浮かび上がった。


まぎれもない、私の地球での母親であり、この世界を創り上げてくれた『ユウコ』の本当の姿。


彼女の身体は、茜色の光の粒子となって天秤の装置そのものと美しく、けれど切なく融合していた。


「おばさん……!」


「ユウコお母様……!」


ソルと夕日ちゃんが、前世の記憶のままに声を上げて一歩前へ踏み出す。


カイくんも


「ユウコ、あえたぁ!」


と嬉しそうにトビウオの羽をパタパタとさせた。


「朝日くん、夕陽ちゃん、カイ。アサヒをここまで支えてくれて、本当にありがとう」


お母さんの幻影は、愛おしそうにみんなを見つめ、それから私のすぐ隣に立つアレン様へと視線を向けた。


「そして、アレンさん。私の大事な娘を、命がけで愛して、守ってくれて感謝します」


「……頭をお下げください、ユウコ様」


アレン様は白銀の魔導衣の裾を正し、その黄金色の双眸を真摯に輝かせながら、お母さんに向けて深く一礼した。


「アサヒは俺のすべてです。たとえ神々の理(ことわり)が立ち塞がろうとも、彼女の笑顔と未来を守ることは、俺の魂に刻まれた絶対の誓いですから」


大人の包容力に満ちたアレン様のその揺るぎない言葉に、私の胸は熱くなり、お母さんも本当に嬉しそうに目を細めて微笑んだ。


「ええ、アレンさんなら、安心してアサヒを任せられるわね。……でも、残された時間はあとわずかなの」


お母さんが表情を引き締め、巨大な天秤の右側――灰色に変色していく地球の皿を指差した。


「時間の神々が倒れたことで、二つの世界を繋ぐ鎖の強度が限界を迎えている。このまま天秤が完全に傾けば、地球の時間は止まり、アサヒの故郷の歴史はすべて消滅してしまうわ」


「そんな……! お母さん、どうすれば地球を救えるの? 私はもう、過去を後悔して泣いたりしない。今の私にできることなら、何だってするわ!」


私は手にある預言書を胸に抱きしめ、お母さんを真っ直ぐに見つめた。


もうあの雨の日のトラウマに怯える私ではない。


大切なみんなと一緒に、未来を掴み取ると決めたのだ。


お母さんは優しく頷き、その茜色の両手を天秤の皿へと向けて広げた。


『方法なら、最初から貴女の手の中にあるのよ、アサヒ。私が手作りの絵本に遺した、あの最高の伏線を覚えているかしら?』


「絵本の……伏線?」


私の頭の中に、あの優しい物語の一節が鮮やかに蘇る。


【朝日くんと夕陽ちゃんが、トンネルですれ違いざまにハイタッチをする。すると、魔法の時間が始まって、新しい明日がやってくる――】


『そう。交わることのないはずの「始まりの光(朝日)」と「終わりの闇(夕日)」が、この時間の源流で完全に一つに重なり合うとき、世界を隔てる壁は消え去る。そして、アサヒ――貴女の持つ「今を生きる虹色のクロニクル光」で、天秤の軸を完璧に固定するのよ。それが、二つの世界を救うための【最終調整】の魔法』


お母さんの言葉に、ソルと夕日ちゃんが力強く一歩前に出て、私の両脇へと並び立った。


「ボクの朝日の光、全部お姉様に捧げるよ! 地球のボクたちが果たせなかった約束を、今ここで叶えるんだ!」


ソルの瞳に、世界を照らす太陽の輝きが灯る。


「私の夕日の闇も、アサヒ様のために使い果たすよ。二つの世界がちゃんと笑顔でハイタッチできるように!」


夕日ちゃんのツインテールが、濃密な紫色のオーラを纏って美しくきらめく。


「二人の精霊の力を束ねるための『新しい一秒』は、俺が創り出そう」


アレン様が杖を掲げ、不敵で頼もしい笑みを浮かべた。


「アサヒ、君の紡ぐ神話のクライマックスだ。俺たちの愛と魔力で、すべての運命を上書きしてごらん」


アレン様の圧倒的な包容力、ソルの一途な太陽の光、夕日ちゃんの気高い闇、そしてカイくんの海の祈り。


すべての因果が、お母さんが命がけで遺してくれたこの天秤の前で、美しく、完璧に揃い踏みした。


「みんな……ありがとう! ――ルミナス・クロニクル! 二つの世界に、最高の今日をもたらしなさい!!」


私が叫ぶと同時に、私の胸の奥から、まばゆい虹色の光が解き放たれ、巨大な天秤の主軸へと吸い込まれていった。


ソルと夕日ちゃんが手を取り合い、光と闇が完全に融合した茜色の巨大な奔流が、灰色の地球の皿へと流れ込んでいく。


アレン様の時空魔法がその光の軌道を完璧に固定し、世界がかつてないほどの輝きで満たされていく。


ガガガガガ、カチ、カチ、カチカチカチ!!


逆回転を始めようとしていた天秤の歯車が、私たちの絆の光に灼かれて正しく回り始める。


灰色の地球の皿に、ゆっくりと鮮やかな色彩が戻っていくのが見えた。


時間が動き出し、そこに生きる人々の未来が、私たちの手によって救われていく。


「お母さん、見て……! 私たち、今を変えられたよ……!」


涙を流しながら微笑む私を、お母さんの幻影は、まるで世界で一番幸せな母親の顔をして、茜色の光の中で優しく抱きしめてくれた。


(第64話 完)

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