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新章・時計仕掛けの羅針盤。第62話。時間の天秤と、二つの世界のハイタッチ。

第62話。時間の天秤と、二つの世界のハイタッチ


「――あぁ、お母さん……っ!」


虹色の【地球の記憶の結晶】に指先が触れた瞬間、私の視界は眩い虹色の奔流に飲み込まれ、頭の中に膨大なヴィジョンが濁流のように流れ込んできた。


そこに見えたのは、一面が灰色に染まった私の故郷――地球の、今まさに静止しようとしている不気味な景色だった。


交差点を行き交う車も、空を飛ぶ鳥も、雨粒さえもが空中でピタリと止まり、色を失いかけている。


『アサヒ、驚かないで聞いてね』


結晶の奥から、お母さんの優しく、けれど世界の理(ことわり)そのもののような重々しい声が響く。


『この世界と地球はね、目に見えない時間の鎖で結ばれた「双子の世界」なの。私たちが時間の神々を倒したことで、この世界の歪みは正された。けれどね、二つの世界の間でバランスを取っていた【時間の天秤】が傾き、今度は地球の時間がゆっくりと消滅しかけているのよ』


「地球の時間が……消えちゃう……?」


『そう。地球の時間が完全に止まれば、あの世界の歴史も、そこに生きる人たちも、すべてが無(む)に還ってしまうわ。……でも、絶望することはないの。貴女がこの異世界でソルや夕陽ちゃんと出会い、アレンさんに愛されて紡いできた「今」の輝きなら、その天秤をもう一度、完璧に水平に戻すことができる』


ヴィジョンの中で、お母さんの幻影が私に向かって優しく両手を広げた。


『この神殿の最奥にある【時間の源流】。そこが、地球とこの世界の時間が交差する唯一の場所。アサヒ、大好きな人たちと一緒にそこへ来なさい。二つの世界がもう一度ハイタッチをして、新しい明日を始めるために――』


「お母さん――!!」


私の叫び声と共に、虹色の光がパリンと音を立てて弾け飛んだ。


気づけば、私は大理石の部屋の中で、アレン様の腕の中にしっかりと抱きしめられていた。


額にじっとりと冷や汗が浮かび、身体が小刻みに震えている。


お母さんから託されたあまりにも壮大な世界の真実に、頭がクラクラと眩暈(めまい)を起こしそうだった。


「アサヒ、大丈夫かい!? いったい何が見えたんだ」


アレン様が黄金色の双眸に深い心配の色を宿し、私の顔を覗き込んできた。


その大きくて温かい手のひらが私の背中を優しくさすってくれる。


その大人の包容力に触れて、私はようやく深く息を吐き出すことができた。


「アレン様……私、分かりました。お母さんは、この世界の時間の源流で、私たちの故郷である『地球』を救うために待っているんです」


「地球を……。やはり、君のいたあの灰色の異界か。……フッ、いいだろう」


アレン様は少しだけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐにいつもの不敵で頼もしい笑みを浮かべ、私の手をぎゅっと握りしめてくれた。


「世界が二つになろうが、神々の理がどうあろうが、関係ない。俺の全魔力は君のものだ、アサヒ。君が救いたいと願うすべての未来へ、俺がどこまでもエスコートしよう」


「アレン様……!」


そのあまりにも過保護で情熱的な言葉に、私の胸がきゅんとして頬がカッと熱くなった、まさにその瞬間だった。


ドガァァァァァン!!!


部屋の壁が、凄まじい黄金の光と夕闇の爆風によって内側から派手に吹き飛ばされた。


「お姉様ァァァァッ! 今すぐ助けに行くからねッ!!」


「アサヒ様! 変なアレン様にいかがわしいことをされていませんかッ!?」


砂煙を巻き上げながら猛スピードで飛び込んできたのは、黄金の髪を振り乱したソルと、ツインテールを逆立てて激怒している夕日ちゃんだった。


二人は部屋に入るなり、アレン様が私の肩を抱きしめているのを目撃し、その瞳に一瞬で嫉妬と怒りの炎をメラメラと燃え上がらせた。


「ちょっとアレン! どさくさに紛れてお姉様に密着して何をやってるんだよ!」


「そうだよアレン様! 私たちが必死に転移トラップを解除して追いかけてきたっていうのに、抜け駆けなんて最低!」


「フッ、何を言うかと思えば。俺は取り乱したアサヒを優しく落ち着かせていただけだよ。君たちこそ、レディの部屋の壁を爆破して入ってくるとは、精霊としてのマナーがなっていないな」


アレン様は何の悪びれもない様子で、クスクスと大人の余裕の笑みを浮かべて二人を受け流している。


「あはは……二人とも、アレン様、喧嘩はやめて。私は本当に大丈夫だから」


私が苦笑しながら二人の元へと歩み寄ると、ソルは


「本当!? 怪我はない!?」


と私の両手をギュッと握りしめ、夕日ちゃんも私のもう片方の腕にきゅっと抱きついてきた。


二人のストレートな愛と、懐かしいぬくもりに、私の心の中の不安は一瞬で消え去ってしまう。


「アサヒお姉ちゃん、よかったぁ……!」


三人の後ろから、水色の髪を揺らした海の精霊カイくんが、トビウオの羽をパタパタさせながら嬉しそうに私の胸元へと飛び込んできた。


私はカイくんの小さな身体を優しく抱きとめる。


「みんな、本当にありがとう。……ソル、夕日ちゃん。私ね、お母さんの本当のメッセージを受け取ったの。この神殿の奥にある【時間の源流】へ行って、私たちの故郷の地球を、今度こそみんなで救わなくちゃいけないわ」


私の言葉に、ソルと夕日ちゃんは顔を見合わせ、それから前世の「朝日くん」と「夕陽ちゃん」の記憶を共有する幼馴染として、力強く頷いた。


「もちろん。ボクたちの光と闇は、お母さんの絵本みたいに世界を繋ぐためにあるんだからね。どこまでもついて行くよ、お姉様」


「うん、アサヒ様の望む未来なら、どんなに深い闇の先だって、私が一緒に歩いてあげる!」


アレン様が私たちの後ろから歩み寄り、その大きな手で私の頭をポンと優しく撫でた。


「全員の意思は決まったな。カイ、案内を頼めるかい?」


「うん! 任せて! 【時間の源流】はこの回廊のまっすぐ奥だよ!」


カイくんが元気よく尾ひれを振って、再び先頭をスイスイと泳ぎ始める。


私は手にある『白紙の預言書』を胸に強く抱きしめ、アレン様、ソル、夕日ちゃんと視線を交わし合った。


お母さん、待っていてね。


私たちは今、この最強の4人の絆と、新しい仲間のカイくんと一緒に、二つの世界の運命をひっくり返すために歩き出す。


時計仕掛けの神話の第二章、その本当の決戦に向けて、私たちは光に満ちた回廊の奥へと迷いなく突き進んでいった――!


(第62話 完)


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