新章・時計仕掛けの羅針盤。第61話。光の回廊のハプニングと、おかあさんの悪戯(トラップ)。
第61話。光の回廊のハプニングと、お母さんの悪戯
『時の神殿』の重厚な門が開き、目の前に広がったのは、深海とは思えないほどに温かな茜色と黄金色の光が満ちる回廊だった。
「わあ……、本当に綺麗……」
私が光の眩しさに目を細めながら一歩を踏み出した、まさにその瞬間だった。
フワッ、と身体が宙に浮くような感覚に包まれる。
「――アサヒ!?」
アレン様の鋭い声が響くと同時に、私の足元の光が爆発的に弾けた。
それは敵の攻撃ではなく、まるで誰かが仕掛けた転移の魔法陣のようだった。
「お姉様!!」
「アサヒ様!!」
ソルと夕日ちゃんの叫び声が遠ざかっていく。
光の奔流に流されそうになる私の身体を、凄まじい速度で踏み込んできたアレン様が、その長い腕で思いきり抱きすくめた。
「アサヒ、絶対に離さない……!」
アレン様の黄金色の双眸が目の前で激しくきらめき、彼の白銀の魔導衣が私たちを包み込む。
次の瞬間、視界が真っ白な光に染まり――私たちは静かな空間へと滑り落ちていた。
◇
「……っ、ん……」
ゆっくりと目を開けると、そこは先ほどの広い回廊ではなく、大理石で造られた小さな部屋の中だった。
足元には水もなく、普通の部屋と同じように息ができる。
ソルや夕日ちゃん、カイくんの姿はどこにもない。
どうやら、私とアレン様だけが、別の部屋へと飛ばされてしまったみたいだった。
そして何より――。
「アサヒ、怪我はないか? どこか痛むところは?」
私を床に寝かせるようにして、上から覗き込んでいるアレン様の顔が、信じられないほど近かった。
アレン様は私の両肩をがっしりと掴み、その端正な顔を心配そうに歪めている。
彼の息遣いが肌に直接触れるほどの距離に、私の心臓はドクンドクンと壊れそうなくらい激しく鐘を鳴らし始めた。
「あ、アレン様……。私は、大丈夫です。どこも痛くありません……」
「そうか、良かった……。本当に、良かった……」
アレン様は深く安堵の溜息をつくと、そのまま私の額に、自身の額をこつんと優しく押し当ててきた。
その大きな手のひらが、私の頬を包み込むようにしてそっと触れる。
大人の包容力に満ちたアレン様の温もりが一気に押し寄せてきて、私は恥ずかしさのあまり頭が真っ白になってしまう。
「アレン様、あの、顔が近いです……っ」
「……少しだけ、このままでいさせてくれ。君が光の中に消えかけた瞬間、俺の心臓は本当に止まるかと思ったんだ。神々を倒しても、君を失う恐怖だけは、俺の魔法では消せそうにない」
少し声を低くして、切なそうに囁くアレン様。
いつも冷静沈着な天才魔導士の彼が、私の前でだけ見せる、この狂おしいほどの情熱と独占欲。
そのギャップが、私の胸をきゅんときつく締め付けた。
「アレン様……。私はどこにも行きません。ずっと、ここにいます」
私がアレン様の魔導衣の裾をぎゅっと握りしめてそう言うと、アレン様は驚いたように目を見開き、それから愛おしさを堪えきれないといった風に優しく微笑んだ。
「君は本当に、俺を狂わせるのが上手な令嬢だ。……いつか、この旅が終わったら、俺のプロポーズを本気で受けてもらうからね」
「えっ……!?」
顔から火が出そうになる私を見て、アレン様はクスクスと楽しそうに笑いながら、ようやく身体を起こして私を優しく立ち上がらせてくれた。
「さて、ソルたちと合流する方法を探さなければな。……どうやらこの部屋の転移トラップ、悪意のある攻撃ではないようだ。魔力の波長が、君のお母様に酷似している」
アレン様が杖を構え、部屋の中央を指し示した。
言われて部屋の真ん中を見つめると、そこにはガラスの台座があり、その上にテニスボールほどの大きさの
【虹色にきらめく結晶】
が、宙に浮いて静かに回転していた。
「お母さんの……魔法?」
私が恐る恐るその結晶に近づくと、私の手にある預言書が、再び茜色の光を放ち始めた。
結晶の表面に、地球の文字がさらさらと浮かび上がる。
『アサヒ、アレンさん。二人きりの時間は楽しめたかしら?』
「お母さん……!? また変な悪戯を仕掛けて……!」
私が呆れたように呟くと、アレン様は
「いや、お母様には深く感謝しなければな」
と、どこか満足げに微笑んでいる。
結晶に浮かぶ文字は、すぐに真面目な内容へと変わっていった。
『冗談はここまで。アサヒ、その結晶は【地球の記憶の結晶】。私たちがいたあの灰色の世界(地球)の時間の欠片よ。時間の神々はね、地球とこの世界のバランスを保つために、二つの世界の“歴史”を天秤にかけていたの。神々が滅びかけた今、地球の時空も不安定になっているわ。あなたがその結晶に触れて、二つの世界の絆を完全に繋ぎ止めなさい』
二つの世界の歴史。
地球の時空。
お母さんが遺した時計仕掛けの謎は、私たちが思っていたよりもずっと、スケールが大きいものだった。
私がこの異世界で幸せになるためには、私の故郷である地球の未来も、正しく守らなければいけないのだ。
「アサヒ。君の故郷の記憶が、世界を救う鍵になるんだね」
アレン様が私の隣に並び立ち、その温かい手を私の手の上に重ねてくれた。
「怖がることはない。君の背負う過去も、未来も、俺の魔力ですべて支えてみせる。さあ、一緒に触れよう」
「はい、アレン様!」
私はアレン様と手を繋いだまま、もう片方の手を虹色の結晶へと伸ばした。
指先が結晶に触れた瞬間、部屋全体が眩い光に包まれ――私の頭の中に、地球での懐かしい景色が、そしてこの異世界の『海の国』に隠された、さらなる大いなる真実のヴィジョンが流れ込んできた。
(第61話 完)




