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第5章。時計仕掛けの神と、始まりの部屋。第42話。神殿の約束と、ソルの弱音。

『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』


第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋


第42話。神殿の約束と、ソルの弱音。


神の巨大な三本の槍を、私たちの合体魔法が見事に打ち破ったあと、中央の時計仕掛けの神殿には、パチパチと弾ける光の残響だけが、夕暮れの風に乗って静かに流れていた。


天井の歯車たちは、元の滑らかな「チクタク、チクタク」という穏やかな音色を刻み、神殿内には平穏な茜色の光が取り戻されていく。


「ふぅ……。なんとか、一歩前へ進めたみたいだね、アサヒ様」


アレン様が白銀の魔導衣の裾を優しく払いながら、私を見て穏やかに微笑んだ。


彼の黄金色の瞳は、私が先ほどの戦いでお母様たちの過去の映像を見て、ひどく胸を締め付けられているのを、言葉にせずとも静かに察してくれていた。


「アサヒ、顔色が真っ白だよ。……はい、これ」


私の右隣に歩み寄ってきたソルが、ぶっきらぼうに、でも優しく私の前に右手を差し出した。


彼の手のひらに載っていたのは、あの光の国の祝祭の屋台で売っていた、黄金色のパウダーがたっぷりとかかった細長い揚げ菓子だった。


私が一口かじった瞬間に、あの『夜の遊園地』の景色を思い出して涙を流した、あの思い出のお菓子だ。


「これ、あのお祭りの……。ソル、わざわざ買ってきてくれたの?」


「うん。アサヒ、あの日これをつまらなそうに(寂しそうに)食べて泣いていただろ? だから、これを食べたら少しは元気になるかなって……」


ソルは恥ずかしそうに黄金色の瞳を泳がせながら、そのお菓子を私の手の中にそっと握らせてくれた。


そして、私の冷たくなった手を、自分のその細い手のひらでギュッと包み込むようにして一緒に温めてくれたのだ。


ソルの手のひらは、いつだって私の知っている、世界で一番愛おしい【魂の温度】を宿している。


「クレピュスク、あなたも無事で本当によかったわ」


私がソルの胸に抱えられた茜色の精霊へと微笑みかけると、クレピュスクは少し照れくさそうに笑った。


「アサヒのオレンジ色の光が、私の過去の悲しみを全部溶かしてくれたの。ソル、アレン、これから先も、アサヒの『いま』は私たちが絶対に守り抜くわよ!」


「ああ、もちろんさ」


とソルがうなずく。


私たちは神殿のさらに奥、すべての時間の記憶が眠るとされる『刻限の壁画』の前へと歩みを進めた。


アレン様が魔法のランタンで壁を照らすと、そこには、何百年も前にお母様ユウコと先祖たちが神々と戦った姿が、色鮮やかな茜色の魔力で描かれていた。


アレン様が壁画の古代文字を読み解くために少し離れた、その一瞬の静寂の中だった。


「……ねえ、アサヒ」


私の手を握るソルの手に、きゅっと、かすかに強い力が込められた。


不思議に思ってソルの顔を見上げると、いつもは前を向いて強がっている彼の黄金色の瞳が、夕日の影に隠れるようにして、ひどく寂しげに揺れていた。


「僕の頭のネジは、やっぱり明日の朝が来れば、今日アサヒと一緒に戦ったことも、このお菓子のことも、全部忘れちゃうんだ……。神様の呪縛だから、どうしようもないって分かっています。……でもね、最近、すごく怖いんだ。明日になって目が覚めたとき、僕の心が君の笑顔を完全に失くしてしまっていたら、どうしようって……」


ソルが私の前で、生まれて初めて、消え入りそうな声で小さな弱音(本音)をこぼした。


毎朝、自分が誰かも分からない冷たい道具として目覚める恐怖。


その孤独の闇を、ソルはたった一人でずっと背負ってきたのだ。


(ソル……。そんなに悲しい顔をしないで。あなたが忘れちゃうなら、私が何度だって覚えているから!)


「ソル、私の目を真っ直ぐ見て」


私は恐怖を打ち消すように、ソルから貰ったお菓子を胸に抱きながら、ソルの両手を私の両手でギュッと、痛いほどに強く握り返した。


「明日、あなたの記憶が全部消えてしまっても、私の『いま』の温もりは、あなたの魂の中にちゃんと残っているわ。昨日を忘れたって、明日が怖くたって関係ない。私が毎朝、あなたの隣に行って『おはよう、ソル。私たちは家族だよ』って教えてあげる。だから、自分を道具だなんて言わないで、ソル!」


私の魂の底からの言葉が、ソルの耳に届いた、まさにその瞬間だった。


ソルの胸の奥から、カチリ……と、神々がかけた強固な封印のネジが、内側から熱く溶けて緩むような音が響いた。


彼の黄金色の瞳に、じわりと温かい熱い涙が浮かぶ。


「……うん。アサヒがそう言ってくれるなら、僕、どこまでだって強くなれるよ」


ソルが、最高に愛おしそうな笑顔を私に向けた。


そんな二人のじれったくて切ない距離感。


離れた場所からそれを見つめていたアレン様は、少し切なそうに瞳を伏せながらも、


「ソルには君の昨日を覚えることはできない。だけど、僕なら君の過去のすべてを覚えていてあげられるよ」


と、心の中でそっと誓うようにして、大人の寂しげな微笑みを私に向けていた。


お互いを意識し合う、最高にかっこいい男たちのじれったい恋の火花。


しかし、私たちのそんな温かい日常の時間を引きちぎるように、神殿の空間がぐにゃりと歪み、目の前に巨大な『時空の逆さ鏡』の幻影がいくつも姿を現した。


「――そこまでにせよ、時間の迷子たちよ。理を狂わせる魂に、さらなる絶望を与えん」


現れたのは、空間と天候を操る【鏡の神】。


彼が手をかざすと、神殿の中に凄まじい嵐が巻き起こり、重力が上下左右へと狂ったように反転し始めた!


「アサヒ、僕の後ろへ!!」


ソルが瞬時に私の前に飛び出し、再び黄金色の魔導剣を引き抜いて黄金の烈風を巻き起こす!


「僕だって、君との未来を神様なんかに渡さないさ」


アレン様も杖を構え、巨大な時空の魔法陣を展開して戦いの態勢をとった。


お母様たちが遺した壁画の謎、ソルの切ない弱音と深まる魂の絆、そして、じれったい三角関係を胸に秘めたまま立ち向かう、鏡の神との新たなるド派手な空中魔法バトル。


二つの世界の未来を救うための、ハラハラドキドキの壮れたる時計仕掛けのファンタジーは、この中央の神殿を舞台に、さらに大迫力の映像美を伴って、激しくその運命のネジを巻き直していこうとしていた。



(第42話・おわり)

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