第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋。第43話。鏡の神の迷宮と、三人の共鳴魔法。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋
第43話。鏡の神の迷宮と、三人の共鳴魔法
ゴォォォォォォ――ッ!!!
中央の時計仕掛けの神殿に、突如として皮膚を切り裂くような激しい嵐が吹き荒れた。
空間を司る【鏡の神】がその巨大な半透明の手をかざすと、私たちの周囲の空気がぐにゃりと万華鏡のように歪み、白金の大理石の床や天井の真鍮の歯車たちが、上下左右へと狂ったように反転し始めたのだ。
「うっ、きゃあぁぁっ!?」
重力のルールが目まぐるしく書き換わり、私の身体がフワリと宙に浮き上がって、逆さまになった天井の歯車へ向かって吸い込まれそうになる。
「アサヒ、僕の手を絶対に離さないで!」
その絶望の虚空から、ソルが猛スピードで手を伸ばして飛び込んできた。
ソルは私の右手をきつきつ(強く)掴み取ると、空中で身を翻し、私を自分の胸の中へと強く引き寄せた。
私はソルから貰ったあの黄金色のお菓子を落とさないよう、左手で大切に胸へと抱きしめながら、彼の白銀の魔導衣をぎゅっと握りしめた。
「時空反転――『刻の錨』!!」
アレン様が叫び、手にした杖を空間に向けて強く突きたてた。
彼が放った黄金色の時空魔法の波が、私たちの足元に巨大な臨時の魔法陣を展開し、狂った重力の嵐を無理やり固定してくれた。おかげで私たちは、宙に浮いた巨大な歯車の側面へと、なんとか着地することができた。
「やれやれ。空間そのものを反転させて、僕たちの感覚を狂わせるつもりかい。神様にしては、少し悪趣味な迷宮だね」
アレン様が前髪を夕風に揺らしながら、不敵に微笑んで杖を構える。
彼の黄金色の瞳は、私とソルがしっかりと抱き合っている姿を一瞬だけ切なそうに見つめたけれど、すぐに戦いのための鋭い番人の目へと切り替わった。
「因果のバグたちよ、鏡の向こう側の冷たい静寂へ還るがよい」
鏡の神が冷酷に告げると同時に、周囲に浮かび上がる無数の『時空の逆さ鏡』の表面から、私たちの放つ光を完全にコピーした、紫色の不気味な光の槍が何千と一斉に放たれた!
空間を削り取りながら襲いかかる、逃げ場のない全方位からの猛攻。
「ソル、アレン様、危ない!!」
私の叫び声と同時に、アレン様の展開した黄金の障壁がピキピキと音を立てて粉砕されていく。
「くっ……! 自分の攻撃がそのまま倍になって跳ね返ってくるのか……! これじゃあ、僕の未来の魔力もまともに使えない……!」
空中でソルが激しく息を乱し、魔導剣の輝きが冷たい嵐に遮られていく。
(いやだ……。ソルが、アレン様が、せっかく心が通じ合えたみんなが、こんな冷たい鏡の世界に閉じ込められるなんて絶対にいや!)
胸に抱いたお菓子から、ソルが不器用に向けてくれたあの温かい『魂の温度』が、私の手のひらを通じて胸の奥へと真っ直ぐに伝わってきた。
守られるだけの令嬢の時間は、もう終わりだ。
二人の男の子を、そして必死に魔力を放ってくれている夕日ちゃんを、いま、私が絶対に守り抜く!
「神様……! 私たちの『いま』の温もりは、あなたの冷たい鏡なんかじゃ、絶対に映しきれないわ!!」
私は恐怖を完全にかなぐり捨て、胸のポケットの懐中時計を強く強く握りしめながら、天の鏡の神に向かって両手を真っ直ぐに突き出した。
私の魂の底からあふれ出したのは、過去と未来のレールをガチリと噛み合わせる、世界で一番温かい『朝焼けのオレンジ色』の魔力のすべてだった。
その瞬間、私の手の中から放たれたオレンジ色の光の波動が、これまでにない眩しい火花を散らして爆発した。
アサヒの成長した強い想いに呼応して、新しい共鳴魔法――
『刻限の輝石』が発動したのだ!
私のオレンジ色の熱が世界全体へと波打って広がると、鏡の神が創り出していた不気味な紫色の逆さ鏡たちが、
ジュワァァァ……
と音を立てて、内側から温かい朝焼けのオレンジ色のガラスへと次々に溶かされ、塗り替えられていった。
敵の放ったコピーの槍が、私の光に触れた瞬間に温かい光の粉となって掻き消されていく。
「な、に……!? 私の時空の鏡が、人間の娘の熱によって溶かされていくというのか……!?」
鏡の神が、世界そのものが温かい朝焼けの窓へと作り替えられていく異常事態に、初めて驚愕してその動きを止めた。
「ソル、アレン様、今よ!! 私の光と一緒に、あの神様を打ち破って!」
「オッケー、アサヒ! 行くよ、アレン!」
ソルがオレンジの炎の衣を全身にまとって天空へと高く跳躍した。
「ああ、君にだけは、いいところを持っていかせないさ」
アレン様も不敵に微笑み、杖から放つ黄金の時空魔法でソルのスピードを何倍にも加速させる。
二人の男の子が声を掛け合い、私のオレンジ色の光の道を音速で駆け抜けていく。
ソルが最高にかっこいい一閃を放ち、アレン様の魔法が神の核を捉えた。
ズガガガガガガガガァァァン!!!!
凄まじい光の爆発と共に、鏡の神の幻影はアメジスト色の美しい結晶となって跡形もなく砕け散り、神殿を覆っていた狂った重力の嵐がサラサラと音を立てて元の穏やかな姿へと戻っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
すべての敵を退け、世界に穏やかな夕暮れの茜色が戻ってくる。
ソルが私の元へ着地し、私の右手をその細い手でぎゅっと握りしめてくれた。
アレン様も、私の左隣に静かに寄り添い、黄金色の瞳で私の顔を優しく見つめている。
「アサヒ、お菓子、ちゃんと守ってくれてありがとう」
ソルが少し耳を赤くしながら、私に最高の笑顔を向けた。
過去は変えられないけれど、この二人と手を繋いで生きている『いま』の温もりは、何があっても絶対に変わらない本物の絆だ。
お母様ユウコが遺した壁画の謎、そして胸に秘めたじれったい恋と友情。
二つの世界の未来をその手で掴み取るための、ハラハラドキドキの壮絶なる時計仕掛けのファンタジーは、鏡の神を打ち破ったことで、いよいよお母様の預言の核心が眠る
【神殿の最深部の開かずの扉】
へと、激しくその運命のネジを巻き直していこうとしていた。
(第43話・おわり)




