第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋。第32話。神殿の放課後と、交わす視線。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋
第32話。神殿の放課後と、交わす視線
聖王立魔導アカデミーの放課後を告げる、夕暮れのブロンズの鐘の音が、白大理石の校舎に厳かに響き渡っていた。
神々とのあの壮絶な大バトルを終え、世界の世界線が完璧に繋ぎ直されたあとの学園は、何事もなかったかのようにのどかで、美しい日常を刻んでいる。
しかし、私の胸のポケットにある金色の懐中時計は、静かに現在の時間を刻みながらも、時折、衣服越しにトントン……と、かすかな熱を伴って脈打っていた。
あの『始まりの部屋』で至高神から告げられた、お母様ユウコの本当の愛の真実。
そして、私の頭の奥にまだノイズとして残っている、あの激しい雨に打たれて水没していく『灰色の異界(地球)』の光景。
世界は救われた。
けれど、私の失われた記憶のパズルには、まだ何か、決定的な『最後のピース』が欠けているような気がしてならなかった。
「――アサヒ様。そんなところで立ち尽くして、また上の空かい?」
ロビーの螺旋階段の上から、低くて、でも鈴が転がるような心地よい声が降ってきた。
見上げると、名門貴族の制服の裾を優しく揺らしながら、アレン・クロノス様がゆっくりと階段を下りてくるところだった。
彼の黄金色の瞳は、窓から差し込む夕日の茜色を浴びて、どこか悪戯っぽく、でも奥深い神秘性を湛えて輝いている。
「アレン様……」
「顔色が少し優れないね。神様たちの秒針は一度落ち着いたけれど、君の心の中のネジは、まだうまく噛み合っていないみたいだ」
アレン様は私の目の前まで来ると、安心させるようにふっと目を細めた。
彼は、私が自分の前世の記憶や、お母様が遺してくれたあの部屋の秘密について、一人で深く悩んでいるのを、誰よりも早く、言葉にせずとも察してくれていた。
過去の神クロノスの血を引く彼だからこそ、私の背負っている「時間の重み」に、そっと目線だけで寄り添ってくれる。
その静かな優しさに、私は胸の奥が少しだけ、暖かくなるのを感じていた。
「おい、アレン。アサヒをあんまり困らせるなよ」
背後の大きな正門の方から、少しぶっきらぼうな、でも聞き馴染みのある声が響いた。
振り返ると、そこには黄金色の髪を夕風になびかせたソルが、腕を組んでこちらを睨みつけていた。
ソルの黄金色の瞳には、私を守りたいという強い『魂のぬくもり』が宿っている。
「やれやれ、相変わらず過保護だね、ソル」
アレン様が、肩をすくめてくすくすと笑う。
「当たり前だろ。アサヒは僕の大切な……その、仲間だからね」
ソルは少し耳を赤くしながら、私の方へと歩み寄り、さりげなく私とアレン様の間に割って入るようにして立った。
ソルは、今日の朝も、昨日私と交わした約束のすべてを忘れて目覚めたはずだった。
毎朝、彼の頭の記憶は神々のプログラムによって完全にリセットされてしまう。
なのに、ソルは学園で私の姿を見つけると、一番に私の元へと駆けつけてくれるのだ。
頭の記憶はなくても、彼の魂が、本能で「アサヒの隣にいたい」と叫んでいるのが、その真っ直ぐな視線から痛いほどに伝わってくる。
アサヒを巡って、言葉には出さないけれど、静かに火花を散らすソルとアレン様。
「俺はこいつにだけは負けない」と、お互いの強さを誰よりも認め合っている二人だからこそ、その間に流れるライバル心は、どこかじれったくて、でも心地よい信頼の絆(友情)に満ちていた。
「……ふふっ」
二人のやり取りを見ていたら、私の胸の重荷が少しだけ軽くなり、自然と笑みがこぼれてしまった。
「おや、笑われてしまったね。……まあいいさ。アサヒ様、式典の日に途中で終わってしまった、あの『時計塔の秘密』についてだけどね。明日、僕とソル、そして君の3人で、もう一度あの塔の最上階を調べてみないかい? 初代聖女様が、あの場所に遺した『本当の時間の残影』が、まだ微かに残っているのを感じるんだ」
アレン様が、真剣な目を私とソルに向けた。
「お母様の、残影……?」
私の胸の懐中時計が、その言葉に応えるようにドクン、と一度だけ熱く脈打った。
「分かったわ、アレン様。明日、3人であの塔へ行きましょう」
「うん、アサヒが行くなら、僕もどこへだってついていくよ」
ソルが私の目を真っ直ぐに見つめ、力強くうなずいてくれた。
過去は変えられない。お母様が地球で亡くなってしまったという悲しい過去も、ソルが毎日記憶を失ってしまうという残酷な事実も、変えることはできない。
けれど、私たちが手を取り合って『いま』を生きているこの絆だけは、何があっても絶対に変わらない――。
日常ののどかな風景の裏で、ゆっくりと動き出す、お母様が遺した最後の謎。
そして、アサヒの『いま』を巡る、二人のかっこいい少年たちとの、じれったくて切ない恋と友情の物語。
二つの世界の運命を胸に秘めたまま、私たちの新たなる時計仕掛けの旅が、この夕暮れの学園の門から、さらにハラハラドキドキの深みへと、静かに、でも確実に一歩を踏み出そうとしていた。
(第32話・おわり)




